劇団ひとりが監督・脚本を務め、ビートたけしの自叙伝を元に映画化した『浅草キッド』。「人類の中でもっとも尊敬する人」とたけしを敬愛してやまない劇団ひとり監督にとっては、「たけしさんに憧れて芸人を目指したあの日から、この作品を撮るための準備期間だったようにも思う」と夢が叶った形だ。
たけしと共演を重ねるようになりつつも、「一緒にいるけれど遠くにいるような人。どんなに近くに座っていても、たけしさんの頭の中がまったくわからないんです(笑)。たけしさんは孤高の存在であり、永遠に越えられない人」という劇団ひとり監督。たけしへの憧れがどのように自身の背中を押し続けてくれているのか――。たけしとの出会い、本作に込めた思いを明かした。
本作の舞台は、昭和40年代の浅草。大学を中退し、“お笑いの殿堂”と呼ばれていた浅草フランス座に飛び込み、伝説の芸人・深見千三郎(大泉洋)に弟子入りしたタケシ(柳楽優弥)。彼が個性と才能に溢れる仲間たちと出会い、芸人・ビートたけしとして開花していくまでを描く青春ドラマだ。
原作の大ファンだった劇団ひとり監督は、7年ほど前から自発的に脚本を書き始め、あちこちに企画を持ち込んでいたという。晴れて映像化の企画が進行することとなり「本当にうれしかった。僕はたけしさんが大好きだから」と目尻を下げるが、もちろん「プレッシャーもあった」そう。「僕らお笑い芸人にとってたけしさんは、神様みたいな人。信者も多いですからね。信者に怒られるようなものにしてはいけない」と覚悟した。
原作『浅草キッド』との出会いは、「15歳くらいの頃に、家の近所の古本屋で手に取って。それで初めて読んだんです」とのこと。本の中に描かれた、お笑いの世界の裏側に一瞬にして魅了されたそうで「テレビでお笑いを見ていただけなので、その裏側なんて全然知らなくて。今みたいにいろいろな情報があるわけではないですからね。お笑い芸人になるためには、浅草に行ってストリップ劇場で修行したりするものなんだって思ったりして。なんだか泥臭くて、かっこいいなと思った」とにっこり。「昭和、浅草の芸人像ってとてもかっこいいけれど、今ああいった生き方ができるかと言えば難しいですから。僕にとってはアメコミのスーパーヒーローに近い存在なのかもしれない」と話す。
芸人たちが人を笑わせている裏ではあらゆる苦労を重ねている点も、劇団ひとり監督の心に刺さった。「本書には、芸人の美学のようなものがつづられていました。特にたけしさんの師匠である深見さんというのは、美学の塊のような人。はたからみれば照れ屋で不器用だったりするんだけれど、“顔で笑って腹で泣いているのが美しい”ということを体現されているような方。芸人のそういった面って、表には見せなくていいとは思っているんです。それが芸人の仕事ですから。でもどうしても僕は、芸人だって本当は腹で泣いているんだよという姿が好きで、そういうのを見せたくなっちゃう。僕はお笑いも好きだけれど、お笑い芸人が大好きだから」と芸人への愛をにじませる。
■たけしと柳楽優弥に共通するのは“さみしげな雰囲気”
タケシを柳楽優弥、彼の師匠であり“幻の浅草芸人”と呼ばれていた深見千三郎さんを大泉洋が演じている。柳楽はまばたきや首の動かし方といったたけしのクセだけではなく、若き日のたけしが持ち合わせていた情熱と危うさ、そして優しさまでを表現した。タケシ役に柳楽を抜てきした理由については、2人に共通する“さみしげな雰囲気”がポイントになったという。
「たけしさんって、すごくさみしげな感じがするんです。天才がゆえに誰ともわかり合えない感じがある。バラエティに出ていてもふと一瞬、さみしげな表情を見せたりする。柳楽さんも、そういった雰囲気を持っていらっしゃると感じました。柳楽さんはどんなに笑っていてもどこかさみしげだし、たけしさんの持っている孤高の感じがぴったりだと思った。そういうものって、その人の生き方でしか表せないものなんだと思います」。
また大泉演じる深見師匠は、芸人としての誇りを持ち続ける姿がかっこよくも切なく、粋で色気のある人物として登場する。劇団ひとり監督は自身の書き下ろし小説を初監督で映画化した『青天の霹靂』(2014)でも大泉を主演に迎えているが、「深見師匠はなかなかのコワモテな方だったようで、大泉さんと深見師匠のパブリックイメージとはかけ離れている。だから最初は候補じゃなかったんです。でも『青天の霹靂』を見返していたら、大泉さんの演じる深見師匠を見たくなってしまった」のだとか。「深見師匠は、原作を読んでからずっと僕の頭の中にいた存在。それよりも大泉さん演じる深見師匠のほうが、はるかにすてきでした。色気があって優しくて。本当に感謝しています」と最高のキャスティングが叶ったことを喜ぶ。