ソフトの台頭は決して悲観すべきことではない
AIの登場と進化により、将棋界は大きくその姿を変えました。多くのプロ棋士の研究にはAIが必要不可欠となり、将棋ファンはプロ棋戦を観戦する際、AIの評価値を参考にして一喜一憂するようになりました。AIによって将棋の質も楽しみ方も大きく様変わりしたのです。
そんな中プロ棋士はAIとどうやって向き合っていくべきなのか。かつて、第2期電王戦でAIと公の場で対局した経験もある佐藤天彦九段が2時間にわたるインタビューで明かしてくれました。
■バランス型から固さ、そしてバランス型へ
かつて、大山康晴十五世名人や中原誠十六世名人がタイトルを争っていた時代は、バランス型の将棋が当たり前でした。平成に入り、渡辺明名人を代表格とする玉の固さを重視する棋風の棋士がタイトル争いを繰り広げたことや、居飛車穴熊などの玉の固い戦法が流行したことから「固さが正義」という価値観が台頭していきます。
ところが現在はAIによる研究が進んだ結果、再度バランス型の将棋が見直されるという揺り戻しが起こっています。角換わりの▲4八金型や右玉、対振り飛車急戦や中住まいなど、昭和の将棋を換骨奪胎した新たな形がリバイバルされて流行の最先端を担っています。
■権威を疑うことが技術の進化につながった
―― ルネサンスですね。平成の将棋がむしろ異質だったんだと。
佐藤天彦九段:そうですね。渡辺理論の『必然の逆転勝ち』じゃないですけど、人間は間違えるから固めておいたほうがいいんだという。もちろんそれは今でも一理あるんですけど、反面そういう主流の価値観に常に迎合してしまうことは怖いことでもありますよね。
将棋は結果でフィードバックされる世界なので渡辺さんのような強い人が、王様を固めるのが良いという理論を唱えて、それで勝っているとみんなついて行くっていう傾向があって、ある程度フォローするのは全然構わないと思うんですけど、やっぱりこう、『こぼれ落ちていく部分』というのもあると思うので。
以前、ソフトが出てきたときにインタビューで答えたんですけど、強い人が指したからとか、大舞台で指して成功した新手だからとか、ある種権威によって認められた手を割と素直に人間は受け入れてしまうんですよね。そして、その前提の上に建物を積み重ねてきたわけですけど、その基礎の部分がそもそもどうなんですかと、それをソフトに指摘してもらえたことが技術的な進歩につながったという意味では、ソフトの台頭も決して悲観すべきことではないんじゃないかということを話しました。
じゃあこれからどうするかとなったときに、今度はソフトのみを信奉することになると、今まで信じてきたタイトルホルダーという存在が単にソフトに置き換わっただけということになってしまう。ある特定の権威に依拠した指し手の選び方が全てではないということをソフトが示してくれたのに、数年後にはソフトが最高権威になってみんながそれに従っているというのもちょっとおかしいんじゃないか。そういう問題意識を出したいというか、自然に出てしまっているというか、そういうところはありますね。
―― いろんな考え方を相対化するということですね。何も絶対視しないで。
佐藤天彦九段:どうしても現行の主流の価値観に寄るということはあると思います。その中で、ソフトで研究することがすごく自分の体に合っていて、結果が出せるしいい将棋が指せるという人もちゃんといて、そういう人の将棋は面白いと思うし、それはそれでいいと思います。でもそうじゃない人まで影響を受けて、自分の持ち味を出せないまま終わっちゃうのってさみしいじゃないですか。だから自分には合わないなと思ったらそうじゃない将棋を指すという当たり前の考え方があってもいいのかなと。
将棋情報局:島田修二
本記事は、振り飛車の将棋だけをプロの解説付きで350局収録し、藤井猛九段、菅井竜也八段、佐藤天彦九段のインタビューを掲載した『令和3年版 振り飛車年鑑2021』の巻頭特集から一部を抜粋したものです。