レノボ・ジャパンは11月7日、ThinkPadシリーズなどの開発拠点である大和研究所(神奈川県横浜市)における製品開発やESGへの取り組みに関する記者会見を開いた。世界的なノートPCブランドであるThinkPadを生み出し、送り出し続ける同研究所の取り組みはどのようなものだろうか。
伝説の大和研究所に新サイトリーダーが就任
会見では、10月1日に大和研究所のサイトリーダーに着任したばかりの、同社執行役員の塚本泰通氏が登壇。大和研究所における製品開発などにおける取り組みを紹介した。塚本氏は2002年に日本IBMに入社し、大和研究所がレノボに売却されるに従ってレノボ・ジャパンに入社。2012年からはThinkPadシリーズのシステムデザインマネージャとしてTシリーズ、Xシリーズ、X1シリーズのマネジメントを歴任。現在は大和研究所の執行役員Distinguished Engineer兼、NECレノボジャパングループのリーダーシップチームでR&Dリーダーにも就任している。いわば生粋の「ThinkPadガイ」であり、「大和研究所育ち」だ。
そんな塚本氏が率いる大和研究所だが、日本のPCユーザーにとっては、伝説とも言える場所だ。元はその名の通り、神奈川県大和市に日本IBM大和事業所が開設された際に、当時IBM藤沢工場にあったIBM藤沢開発研究所が大和事業所に移転してできた「IBM大和開発研究所」で、IBMがノートPC事業を立ち上げる際に中心となり、1992年に「ThinkPad」シリーズをリリース。ThinkPadシリーズは、折り畳み式キーボードやプリンター内蔵型、手の上に乗る極小サイズなど、ユニークなバリエーションを増やしながら、ノートPCの世界的スタンダードとして、現在もその地位を揺るがないものにしているのは皆さんご存知の通りだ。ちょっとした豆知識としては、Appleが1997年、日本向けモバイルノートとして発売した「PowerBook 2400c」は、Appleの依頼により、小型化のノウハウを持つ大和研究所が中心となって開発されたとされている(当時IBMとAppleはPowerPCやCHRPなどで関係が深かった)。
2005年にIBMがPC事業をレノボに売却した際に、ThinkPad部門が大和研究所から分離されてレノボ入りすることになった。そして2010年に横浜市・みなとみらい地区に移転し、現在はレノボが世界各地に構えている3つの重要研究拠点「イノベーショントライアングル」の1つとして、ThinkPadを中心とした技術・製品の研究・開発を行なっている。所在地は大和市ではなくなってしまったが、「大和研究所」という名称がThinkPadのシンボルとして残されているのだ(ちなみにIBMに残った大和研究所は、2012年に豊洲のIBMラボラトリーに移転・吸収される形で消滅した)。
ThinkPadシリーズ開発の哲学とは
ThinkPadシリーズは元々、ThinkPadの父と言われる内藤氏が、日本人は会社に拘束されすぎていることを憂慮し、テクノロジーの力で「オフィスから仕事を解放する」という理念の元に開発されたという。いわば「働き方改革」を先んじて取り入れていたわけだ。
塚本氏は、ThinkPadの根本に流れる製品哲学として、エンジニアが「これはお客様のためにこうした」と説明できる「Purposeful Design」(しっかりした目的のあるデザイン)、安心してユーザーが利用できる「Trusted Quality & Security」(信頼できる品質とセキュリティ)、「Relentless Innovation」(絶え間ないイノベーション)を挙げた。同時に、大和研究所としての開発哲学は「その時代に合わせた生産性の向上によってユーザーの成功を支える」というゴールに向けて、技術に偏ることなく、ユーザーの声に耳を傾けて、「信頼される品質」「親しみやすさ」「先進性」という軸をブレることなく追求することだという。
コラボレーションツールとしての「Think」シリーズ
塚本氏は、現在はリモートと実際に顔を合わせての仕事が混ざったハイブリッドワークの時代であるとし、ThinkPadでもこうした時代に合わせた生産性の向上を目指して、コラボレーションツールとしての側面を重視しているという。具体的には、どこでもネットに接続できるよう、業界唯一の5G対応を含んだWWANのサポート。また、オンライン会議で確実に音声を聞き取りやすくするよう、Dolby Atmosや、Dolby Voiceに対応したスピーカー&マイクをノートで初搭載。内蔵Webカメラも1080p対応を含むWebカメラの高画質化などに取り組むとともに、セキュリティを重視し、物理的なプライバシーシャッターを標準搭載していることなどを紹介した。
また、大和研究所ではスマートデバイスの開発・研究についても取り組んでおり、この日も実際に報道陣の一部はスマートオフィスデバイス「ThinkSmart」シリーズを介した中継で発表会に参加していた。
大和研究所が取り組むESGs
大和研究所ではThinkPadのデバイス開発だけでなく、さまざまな分野の研究開発を行なっており、それらがESG(環境、社会、企業統治)に関する取組として紹介された。たとえば低温ハンダ(LTS)は現在90%以上のThinkPadで採用済みだが、これを採用することで、乗用車1,000台以上と同等の二酸化炭素が削減されたという。
このほかにも、大和研究所にはパッケージデザインの専門家がおり、梱包材として木材(パルプ)の代わりに成長が早い竹を使ったエコフレンドリーなパッケージや、テープを使わない「セルフロック」パッケージ、複数台を同時に企業等に納品する際に、数台をまとめて箱詰めできるバルクパッケージなどを開発し、これが世界的に使われているという。
プロトタイプを重視した開発プロセス
PCの製品開発においては、CPUなどのコンポーネント技術から逆算してスペックや形状が決められることも多いが、大和研究所においては「こんな製品が欲しい」というアイデアからスタートし、動作するプロトタイプを作ってから製品化に向けての検証が行われるという。通常ならモックアップで済ませるところだが、大和研究所ではブート可能な状態でプロトタイプを作ってしまうわけだ。早い段階でプロトタイプを作ることはコストもかかるが、実際に作ってみてわかる問題の洗い出しや改善にもつながるため、結果として高い品質を維持するのに役立っているというわけだ
塚本氏は、折り畳み式ディスプレイを搭載する「ThinkPad X1 Fold」を含むThinkPad X1シリーズはマーケティングからの要望ではなく、大和研究所で考え、プロトタイプを作ってから提案することで製品化された、ボトムアップ式に開発されたものであることを紹介し、こうした開発が許されるのも大和研究所の特徴であると紹介した。
来年はアニバーサリーイヤー
さまざまなこだわりが詰め込まれたThinkPadシリーズだが、1992年10月5日に初代ThinkPad 700Cが登場して以来、来年が30周年となる。会見では記念すべき30周年に向けて「仕込み」が行われている最中とのこと。詳細については触れられなかったが、大いに期待したい。ちなみに25周年にあたる2017年10月5日には、記念モデル「ThinkPad 25」が発売された。
塚本氏は「今後も多様なユーザーのニーズに答え、テクノロジーでユーザーの生活や働き方をよくしていくため、大和研究所を進化させていきたい」と締めくくった。
日本のパソコン開発は、大手メーカーが撤退・事業縮小を続けており、最盛期に比べるとなんとも寂しい状況だが、そんな中で(海外メーカーの一事業所という形ではあるが)世界に名だたるブランドの開発拠点として活動を続けている大和研究所には、今後も日本を代表するPC開発の聖地として輝き続けてもらいたい。30周年という記念の年がどのような年になるか、そしてThinkPadがどのように進化していくのか、新たなサイトリーダーである塚本氏の手腕に注目したい。