「落ち込む」ことを指す「凹む」という言葉は、若い世代を中心にすっかり浸透しました。精神科医の西多昌規先生によれば、この「凹む」ことが現代社会において増えているのだそうです。
でも、そもそも「凹む」という心理状態にはどんな意味があるのでしょうか。そして、「凹まない人」になるにはどうすればいいのでしょうか。西多先生が詳しく解説してくれます。
■他者評価に対して敏感になっている現代社会
現代社会では、落ち込んで「凹む」ことに悩み苦労している人が増えています。その大きな要因は、他者評価を気にし過ぎる点にあると思います。
その象徴といえるのが、SNSの流行でしょう。近年にはSNSへの攻撃がきっかけで有名人が自殺したという痛ましいニュースもありましたが、現代社会ではSNSを通じてかつてより他者評価が見えやすくなり、多くの人が他者評価に対して非常に敏感になっているのです。
SNSが存在しなかったむかしは、他者評価は見えづらいものでした。仮に他者評価が見えるとしたら、せいぜい学校や会社で叱られるとか、そんな程度のことだったはずです。
ところがSNSの登場で、ちょっとしたことがきっかけで他者から攻撃されるようなことも増えました。直接の知り合いにはいわないようなことも、見ず知らずの相手だからこそより乱暴な言葉で攻撃するということもあります。そうして、攻撃された側はイライラしたり怒りを感じたりするだけでなく、落ち込んで凹むようなことも増えているのです。
■「凹む」という心理状態が持つ大切な働き
もちろん、凹むようなことはほとんどの人が避けたいと考えるでしょう。しかし、この「凹む」という心理状態を人間が持っている以上、凹むことも必要だからこそ、わたしたちに備わっているのです。
凹むとは、単に気分が落ちるというものではなく、ある他人の発言やある出来事によって「自己評価が下がる」ことだとわたしは認識しています。
それを前提に考えると、「絶対に凹まない人」という人がいたら、「いつでも自己評価が高いままの人」といえます。これは言い換えれば、いつでもどんなことに対しても自分だけの単純な価値観で楽観視し、現実を見ることができない人です。そんな人にみなさんはなりたいですか?
現実は、ただ楽観視していればいいものではありません。シリアスで複雑で深刻なことも多く、ときには心身に対する危険を伴うのが、現実であり人生だからです。それらをしっかり見てよりよい方向に人生を導ける人こそ、「凹む人」なのです。そう考えると、「凹むことができる人」という表現のほうが適しているかもしれません。
また、凹むことができる人は、他人の感情や言動、あるいは世の中の動きに対する反応性や共感性が高い人ともいえます。この他人への共感は、わたしたちにとって非常に重要なものです。なぜなら、他人への共感こそコミュニケーションの基礎だからです。
社会生活を営む生き物である人間には、コミュニケーション能力が欠かせません。その重要な力を、凹むことができる人は備えているというわけです。
一方の凹まない人は、他人に共感する力に欠けています。そのため、たびたび失言をしてしまうなど、いわゆる空気を読めない人になってしまう。多くの人とかかわりながら仕事をしなければならない社会人にとって、これは致命的なことだといえるでしょう。
■リアルのコミュニケーションが育む「レジリエンス」
ただ、凹むことも大事な能力とはいえ、いつまでも凹んでしまったままではメンタルヘルスの観点からいいことではありません。
一度はぺこっと凹んだとしても、それを跳ね返す力、いわゆる「レジリエンス」を育むことも大切です。その理由は、現実の人生はシリアスで複雑で深刻なことも多く、ときには苦しい逆境も訪れるものだからです。その逆境を跳ね返すことが求められます。
そのレジリエンスを育むには、「適度なストレス」を感じて適度に凹み、そして跳ね返すという経験を繰り返す必要があります。想像してもらえればわかると思いますが、一度も凹んだ経験がない人が凹みを跳ね返すことなどできませんよね。
リアルのコミュニケーションも、適度なストレスのひとつです。とくによく知らない相手と直接会うという場面に対しては、わたしたちはストレスを感じます。しかし、そのストレスを避けてばかりいてはストレスに対する耐性を下げてしまい、レジリエンスも同時に低下していくと考えられます。リモートワークが広まり、人とのかかわりが減っているいま、注意すべきことのひとつといえるでしょう。
■凹みを跳ね返すために身につけるべき「メタ認知」
また、少し意外に感じる人もいるかもしれませんが、バランスのいい食事や適度な運動もレジリエンスを下支えする基軸習慣といえるものです。偏食をしているとセロトニンという神経伝達物質の分泌が抑制されることがわかっています。セロトニンは「幸せホルモン」という呼び名で知られており、幸福感と関連が深く、心のバランスを整えてくれる神経伝達物質です。その分泌が抑制されるということは、メンタルヘルスを乱れさせることにつながり、レジリエンスをはじめとした重要な心の働きも低下させてしまいます。
また、運動には脳の抗抑うつ効果があります。そういった知識がない人であっても、運動してすっきりしたという経験はほとんどすべての人にあると思います。それこそが抗抑うつ効果であり、心が正常に働いてレジリエンスを発揮するために運動が重要である理由がここにあります。
ただ、人とのコミュニケーションや適切な食事、運動といったことでどんなにレジリエンスを育んでいたとしても、やはり凹むこともあるのが人生です。凹むことにも重要な意味があるとしても、できれば早く跳ね返したいですよね? そういうときは、いわゆる「メタ認知」を意識しましょう。メタ認知とは、自分が認知していることを客観的に把握することを指します。
誰かに叱られるなど自分にとってよくないことがあったときは、自己評価が下がるものです。そのことを、「こういうときはこんな気持ちになるものだ」と自分で客観視するのです。加えて、「この凹みは一時的なもので、時間が経てば必ず跳ね返せるものだ」と自分に言い聞かせます。そうすれば、跳ね返すまでの時間は短縮されるでしょう。
わたしの場合も、1カ月くらいかけて研究費の申請書類を作成したにもかかわらず、にべもなく却下されたようなときはいまだに凹むものです。それこそ、自分のすべてを否定されたような気分になるほどです…(苦笑)。
でも、これまでにも何度も同じような経験がありますから、「こういうときはこんな気持ちになるものだ」というふうに思えますし、「明日になれば大丈夫」というふうに考えるようにしています。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人