やるべきことがあるのに面倒くさいと感じてしまう。どうにも「やる気」が出ない……。これはもう、どんな人にでも起こることです。どうしてわたしたちは物事を面倒くさいと感じ、やる気を出すことが難しいのでしょうか。
精神科医の西多昌規先生は、「そもそも『やる気』なんてものはないのかもしれない」と語ります。しかしながら、社会人にやる気は欠かせません。いったいどうすればいいのでしょうか。
■「やる気」なんてものは存在しない?
人間は、うつ病になるとすべてのやる気を失います。うつ病になる前には好きだったこともやりたくなくなり、果ては食欲・性欲・睡眠欲という、人間にとっての根源的な欲求をも失ってしまいます。
もちろん、うつ病でなければそこまでではありませんが、人間は積極的になにかをしたいとつねに思っている生き物ではありません。基本的にゴロゴロしていたいと考えるなまけものなのです。なにもしなくても生きていくために十分な収入や安全な家が確保されていたとしたらどうですか? 自分が好きなことだけをして、ゴロゴロしているだけでいいですよね。
ところが、多くの人はそういう立場にありません。時代を遡って大むかしの人類なら、それこそゴロゴロしているような場合ではありませんでした。生きていくために食べ物を入手したり快適で安全なすみかを確保したり、危険な動物から身を守ったりしなければなりません。生存のために「仕方なく行動を起こす」というのが、人間の本来の姿なのだとわたしは考えます。
そういう意味では、ここでは便宜上「やる気」というものが存在するという前提でお話しますが、もしかしたらやる気なんてものはないのかもしれません。しかも、大むかしの人と比べると、現代人がやる気を出す対象というのは、仕事や勉強といった生存することに直接的にかかわるものではありません。だからこそ、ないものねだりのようなものであり、やる気を出すことが難しいと感じるのでしょう。
■やる気が出すことが難しい日本社会
しかも、いまの日本の社会はやる気を出すことがとても難しい状況にあります。かつての高度経済成長期であれば、働ければ働いただけ収入がどんどん増えていきました。ボーナスが月給の16カ月分支給された企業もあったという話もあります。それこそ仕事に対するやる気も自然と湧いてくるというものです。
しかし、いまではそんなことはなくなりました。日本人の所得はもう何十年も停滞しており、そういう状況においてはなかなか勤労意欲、つまり、やる気は湧いてこないでしょう。むしろ、なるべくストレスがない生活だとか、休みが多い生活をしたいといった方向に意欲が向かっているように思います。
とはいえ、そんな社会においてもやる気を出すことが求められるのが社会人です。先の大むかしの人類ではありませんが、仕事に対してまったくやる気を出さずに解雇されてしまえば収入が途絶えてしまうのですから、生きていくためにやる気を出さなければなりません。
では、どうすればやる気が出るのでしょうか? その方法はふたつしかありません。「ポジティブの方法」と「ネガティブの方法」です。
■やる気を出すには「とにかくはじめる」
ポジティブの方法としては、「とにかくはじめる」ことに尽きます。みなさんにも、たとえば部屋の片づけなどはじめる前には面倒だと思っていたことも、いざはじめてみると気分が乗ってきてはかどったといった経験はありませんか?
これは、専門的には「作業興奮」といいます。わたしたちは、やる気が出たから作業に集中できるのではありません。作業をしているうちに、「やる気のもと」ともいわれる神経伝達物質・ドーパミンが分泌され、やる気が出てくるのです。
ですから、この作業興奮に至るまでのファーストステップのハードルをいかに下げるかということがポイントとなります。ランニングを習慣にしたい人が、ランニングウェアをクローゼットにしまいっぱなしにしていたらどうでしょう? クローゼットからランニングウェアを出して着るという手順を面倒に感じてランニングをしないということも考えられます。そうではなく、いつでも着られるようにつねにランニングウェアを出しておくというようなことが必要なのです。
わたしの場合は書類仕事がほとんどですから、全然やる気になっていないときにも、執筆の仕事ならWord、講演の資料づくりならPowerPointのファイルをまずつくり、デスクトップに置いておきます。そうすると、パソコンを立ち上げるたびにそのファイルが目につきますから、多少なりとも作業をすることになり、そのうち作業興奮の状態に入ることができるのです。
■締め切りがないものにも、締め切りを設定する
ネガティブの方法としては、「締め切りを意識する」ことがいちばんです。社会人にとってやる気を出さなければならない対象は、多くが仕事にまつわることでしょう。「○日の会議に使う資料を作成する」など、そのほとんどに締め切りがあると思います。
そうであるならば、当然ながら「△日頃までには競合他社の調査を終えておかなければならない」というふうに、締め切りから逆算してやるべきことをリストアップできるはずです。この、「いつまでにこれができていないとまずい状況になる」「深刻な事態におちいる」という危機感が、やる気につながります。
もちろん、なかには締め切りがないものもあるでしょう。たとえばそれは、会社から求められているものではなく、自己成長のためにする勉強などです。ただ、それらにも自ら締め切りを設定することが大切。そうでなければ、人間の本来の姿であるなまけものが頭をもたげ、いつまでたっても勉強しないままです。
資格の勉強をするのなら、「いつの試験に合格して、その資格を活かしていつ頃には仕事でこんな成果を挙げる」といった目標と締め切りを設定し、そこから「だとするなら、いつまでにこのテキストを終えていなければならない」というふうに逆算するのです。
ポジティブな意味でのやる気とはちがうものかもしれませんが、こういった「やらなければならない」という感情も、自分を前進させてくれる大きな力となります。
■「ポモドーロ・テクニック」でやる気と集中力を維持
また、やる気を維持するためには「適度に休む」ことも欠かせないことです。疲れてしまうと脳の働きは鈍りますから、やる気を出すためのファーストステップのハードルをきちんと下げていたとしても、作業興奮の状態に入りづらくなります。
とくに、仕事や勉強など座って行う作業の場合には注意が必要。本来、人間の身体は長く座れるようにできていないという話もありますが、椅子に長時間座り続けると腰に大きな負担がかかるからです。身体を痛めてしまってはやる気を出すどころではありません。
そこで、1980年代に考案された有名な時間管理術である「ポモドーロ・テクニック」を使ってみましょう。これは、25分の作業と5分の休息を繰り返すことで、集中力を最大化し維持できるというメソッドです。
長引く会議中に勝手に席を立つことはできないかもしれませんが、自分が個人で行う仕事や勉強であれば、このメソッドを使うことは可能です。作業を25分行ったら立ち上がって5分ほど周囲を歩きまわるなどしましょう。
もちろん、作業内容やその日の体調にもよりますから、作業時間と休憩時間を変更しながらやる気と集中力を維持できる時間を見つけてみてください。いずれにせよ、「無理しない」ことが大切です。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人