自転車は、風を切って気持ちよく走れる乗り物だとよく言われます。でも風を切る気持ちよさならオートバイだって同じはず。そこで自転車がもたらす、気分の変化について、感性工学の研究者である中京大学の井口先生にお話を伺いました。あの有名な映画のシーンにも似ているという話も飛び出した興味津々の内容。自転車の魅力を改めて感じることができますよ!
●教えていただく先生
中京大学 工学部 機械システム工学科
博士(工学)井口 弘和 教授
1976年東京理科大学卒業。1979年 (株) 豊田中央研究所に入社し、感性工学による快適性、安全性を追究した自動車の開発に従事。1996年名古屋工業大学大学院博士号取得の後、2003年日本人間工学会認定人間工学専門家資格取得。2004年中京大学教授。2013年より工学部部長。
――井口先生は「感性工学」の視点で自動車の研究開発に携わられていたそうですね。
私が研究所にいた頃は自動車業界各社がテクノロジーを競い合い、自動車の性能に差異がつかない状況でした。私はドライバーの快適性をテーマに、脳神経内科の医師と共にストレスの要因や居眠りの研究などに取り組んでいました。公害や事故などによる「人に災いをもたらす乗り物」から「人を助ける乗り物」へとクルマのポジションを変えていきたかったのです。
――速さや価格などから、クルマに乗る人にとっての心地よさという価値に重点を置かれていたのですね。
そうです、技術先行の設計ではなく乗る人の状況を第一に考えた「人間中心設計」ですね。そのためには人間をもっと理解しなければいけないと考え、人が感じる快適性を主に研究対象としていました。
――人が感じる気持ちよさをモノづくりに生かすのが感性工学の狙いなのでしょうか。
感性工学の研究は、視覚を対象としたものが多いんです。たとえば朝の明るい場所で見るリンゴと夕方の薄暗くなった場所にあるリンゴ。人はどちらのリンゴも「赤い」ととらえますが、実は夕方のリンゴは「黒い」のです。これは「色の恒常性」と呼ばれています。人は良く知っているものほど脳のはたらきによって、見ている色を一定に感じる特性があります。このような人間の特性を理解し、モノづくりに生かすことが感性工学の役割です。
――なるほど。先生は今の時代にとっての感性工学の必要性をどのようにお考えですか。
戦後の日本人は三種の神器と言われる白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫を手に入れるために汗をかいて労働し、獲得してきました。しかし現在はあらゆるモノにあふれ、望めば手が届く時代です。そのような時代に必要なのは「もっと人を幸せにする」、「使って幸せになれる」モノづくりだと私は思っています。エコや省エネなどの従来の価値感だけでなく、人の幸せにつながるモノづくりに感性工学をもっと生かしていきたいですね。
――人を幸せにするモノとして自転車もまだまだ進化できるでしょうか。
自転車ってクルマと成り立ちがよく似ているんですよ。クルマはF1カーの技術を大衆車に応用し、燃費を向上させ、よりパワフルに、効率的に走行できるよう進化させてきました。それは自転車も同じでしょう。世界ナンバーワン選手に見合うハイレベルな仕様をベースに一般向けのスポーツバイクを作り、普及させてきています。私はこの競技車ベースからのデザインを、生活者ベースのデザインに転換させる時期にきていると考えています。現代人のライフスタイルや望む生活にフィットさせ、使うことで幸せを生み出す自転車が登場することを期待しています。
――現代人にとって幸せを感じる自転車……。なんだかワクワクしますね。
速さを競わない自転車、好きなファッションで気分が高まるように乗ってワクワクする自転車など、デザインも仕様も機能性先行型の従来の価値観を超えた自転車は、今後実現できる可能性が高いと思います。
――後編ではいよいよ感性工学の視点で自転車がもたらす「気持ちよさ」を井口先生が解剖。必見です!
※この記事は「Cyclingood(サイクリングッド)」掲載「自転車はなぜ「気持ちいい」?(1)」より転載しています。