コロナ禍を経て、コミュニケーションのあり方が大きく変わろうとしている。さまざまなソリューションが登場する中、これらをどのように使い、どういったマインドで運用すべきなのか。IT全盛の時代に求められるコミュニケーションについて、有識者に伺っていきたい。

今回は、Sansanで取締役/CHRO(Chief Human Resources Officer)/人事部 部長として活躍する、大間祐太氏に話を伺った。人と人とを繋ぎ、イノベーションに繋げるサービスを提供している同社は、コロナ禍でのコミュニケーションにどう対応したのか。そしてSansanはどのようなビジョンを持っているのだろうか。

  • 取締役/CHRO(Chief Human Resources Officer)/人事部 部長 大間祐太氏

人事面からSansanを支える

「出会いからイノベーションを生み出す」をミッションとして掲げ、ビジネスにおける"出会い"を後押しすることで、いまや日本のビジネスシーンに欠かせない存在となったSansan。法人向けクラウド名刺管理サービス「Sansan」はもちろんのこと、名刺アプリ「Eight」、クラウド請求書受領サービス「Bill One」などを国内外で展開しており、印象的なテレビCMを思い出す方もいるだろう。

そんな同社の採用活動全体を統括しているのが大間氏だ。創業間もない2010年にSansanへ入社し、5年間の営業部門勤務を経て、2015年より人事部へ異動。同社の社員数が100名を超えるという重要な時期に、採用担当に抜擢された人物だ。2019年8月には取締役に就任し、現在もCHROとして人事戦略全体を取り仕切っている。

コロナ禍の全社会議で見つめ直したSansanのビジョン 新型コロナウイルスの流行を受けて発令された緊急事態宣言。これによって対面の機会が減少し、社会全体のコミュニケーションが変化していくなか、Sansanもまたコミュニケーションの不足に課題を感じていたという。同社は、全社員のコミュニケーションに対してどのようにアプローチしたのだろうか。

「当社は創業当時から約2年に1回の頻度で、企業理念である『Sansanのカタチ』を全社で議論するという試みを続けています。コロナ禍においては、改めて企業理念や暗黙化された当社のバリュー、強みを掘り起こす全社議論を1年以上かけて行いました」

  • Sansanが掲げるミッションやビジョン「Sansanのカタチ」 Sansan公式サイトより

この全社議論を開始した当時、Sansanの社員数は約700名。当然、全員が一堂に会して議論を行うことは不可能だ。同社はこの全社議論を3段階に分けて実施した。

「フェーズ1」として、社歴や職種、部署を完全にミックスした7人ごとのグループを100チーム作り、Sansanのバリューについての議論を1時間・3回以上行った。社員700人×3時間で、約2100時間かけている。次の「フェーズ2」では、フェーズ1で議論に上がった内容を各自の部門に持ち帰り、部門内で議論する。これも全社の議論になるのでも同じく約2100時間以上をかけたという。

そして「フェーズ3」は、フェーズ2を経て各部門から挙がってきた内容をマネジャー以上で議論し、最終の「フェーズ4」は、経営会議でアウトプットし「Sansanのカタチ」を決める。これにも合計約1000時間をかけたそうだ。

"名刺管理のSansan"から脱却し、コロナ禍以後にどうなっていきたいのか。会社のあり姿を全社で議論することで、コロナ禍におけるコミュニケーションを活性化させるとともに、社員一人一人に対し"自身がSansanにいることの意義"を改めて問うというわけだ。社員たちの時間を合計5000 時間以上かけるこの試み、現場からはどのような声があったのだろうか。

「『この会社をどうしたいのか』を自分と重ねて考える機会はなかなかないと思うのです。全社での議論を通じて『Sansanの方針を決める場に自分が関わっている感覚を得ることができた』という声もありました。また、『最終的なアウトプットに自分たちの意見が反映されている』と感じてもらうため、フェーズごとの総論を出し、さらに月に2回行っている全社会議のコンテンツとしてパネルディスカッション形式で途中経過を共有し、議論するなど、意見が組み込まれていることを社員に認識してもらうような工夫もしています」

オフィスセントリックな働き方がSansanの文化

多くの企業がリモートワークを推奨し、オフィスの縮小を実行していくなか、Sansanは10月4日、オフィスとリモートワークを掛け合わせた新しい働き方制度の開始を発表した。世の中の流れに逆行するようにも見えるが、対面コミュニケーションを重視し、出社にも重点を置いたのはなぜだろうか。

「これまでは状況に応じてフル在宅勤務にしたり、出社を交えたりしてきました。しかし、『今後の働き方の方針はこうである』とピン止めしないと経営・事業戦略は固まりません。このタイミングで新しい働き方を決めたのには、そういった理由があります」

Sansanは、社内外でミッションドリブンな組織だと公表している。Sansanの存在意義とはミッションの遂行、そしてビジョンの実現にあるからだという。この方針に共感したメンバーが集まっているのがSansanであり、それを各自が追いかけていく組織といえる。

「同じミッション・ビジョンを追いかけている仲間がオフラインでひとつの場所に集まったときならではのコミュニケーションもありますよね。そこから感じる雰囲気や、意図せず隣の部門から流れてくる喜びの声やたわいも無い会話……そんな"オフィスに集まることで得られる効果"を大事にしたいと思い、リモートワークのメリットを掛け合わせつつも、オフィスセントリックな働き方を選択しました」

社員が一堂に集まるオフィスを大事にし、オフィスを中心とした働き方をする。これはSansanが一貫して持っている大きな方針のひとつであり、同社の文化でもあるだろう。

「『出会いからイノベーションを生み出す』、そのために社員が集まれる場所を大事にしています。そこで生まれるコミュニケーションこそが事業成長に直結するのです。ただし、職種にもよりますが、どれだけオフィスにいるかは自由です。エンジニアであれば週3日出社や週1日出社というように選ぶこともできます。自身の働き方を自分で選び、自律・自走できる、そんな組織でありたいなと思っています」

採用に特化した新エリアを本社オフィスに開設

11月から、新たな勤務形態への切り替えを開始したSansan。リモートワークから徐々にオフィスに人が戻ってきているだけでなく、同社はコロナ禍においても毎月20~30名の社員を採用してきた。そこで予想されるのが、「会議室が足りない」という問題だ。

「当社はコロナ禍であっても、最終面接は応募者に同意を得た上で対面で行っています。これは新卒であれ中途であれ変わりません。ただ会議室が常に不足しがちで、このままでは採用スピードを保てず事業成長を維持できない。そう考えた結果、採用に特化した新エリアを本社オフィスに開設しました」

会議室は11部屋を用意しており、そのうち9室は4~6人用の小規模な会議室だという。これはまさに、面談で使える個室といえる。Sansanのユーザーコミュニティーが掲げる「We Are Voyagers」の世界観を踏襲し、新たな仲間を迎えるのにふさわしい名称として、それぞれの部屋に惑星の名称を付けているそうだ。

「新入社員は丸5日間、人事部預かりで研修を行うのですが、そのうち4日はミッションやビジョンの成り立ち、Sansanが大事にする価値観やバリューについて議論する場にしています。研修などを実施できるセミナールームも用意しており、採用だけでなく、こういった入社直後のオンボーディングにも対応した作りになっています。僕らはオフィスでのコミュニケーションを大事にしていますし、それを社員にも認識してもらいたいからです」

オフィスの持つ価値を見つめ直し、オフィスセントリックな働き方を貫くSansan。コロナ禍の状況はまだ続きそうだが、これから同社はどのようなビジネスを展開していくのだろうか。

「Sansanは、出会いからイノベーションを生み出すことをビジョンとして掲げている会社です。今では出会いの起点である名刺を軸とする『Sansan』や『Eight』だけでなく、企業同士の繋がりを示す請求書を軸とする『Bill One』、出会いそのものを生み出すビジネスイベントを軸とする『Seminar One』 など名刺以外にも事業領域を広げています。各プロダクトが成長を続けている中で、"名刺管理のSansan"ではなく"ビジネスインフラのSansan"として勝負できる環境がいま整いつつあり、組織や働き方も大きく改編して、フェーズが変わるタイミングにあると感じます。Sansanが"ビジネスを始める前に誰もが訪れる場所"になれば、それはビジネスインフラといえるのではないでしょうか」

後編では、大間氏が社員を採用する上で考えていること、そしてコミュニケーションで気をつけていることを聞いていきたい。