台湾に本社をおくサイバーリンク社は、再生ソフト「PowerDVD」や動画編集ソフト「PowerDirector」などで有名である。そのサイバーリンク社から「FaceMe」という顔認証システムが開発・提供されている。今回、サイバーリンク社のセールスデパートメント バイスプレジデントの萩原英知氏に、FaceMeや最近の顔認証についてお話をうかがった。
FaceMeとは
サイバーリンク社は、もともとBtoCのマルチメディアソフトを開発・販売していた。しかし、PCソフトがこれから大きく伸びるのは、難しい状況にある。そこで数年前より今までに培った技術を活かして、BtoBの分野に進出することとなった。具体的には、Web会議のツール、ウェビナーができるツールなどがある。そして、顔認証のFaceMeにも着手した。サイバーリンク社では、長く映像系ソフトを扱い、今後のツールも映像を扱うといった共通点がある。このあたりも、背景として存在している。
萩原氏によれば「ディープラーニングという新しい技術が登場してきたことも、非常に大きいです。すでに顔認証を手がけているベンダーが存在する中で、そこに同じ技術で挑戦しても意味がありません。しかし、新しい技術が登場したことで、まったく別物になりました。ゲームチェンジが起きたわけです。そのタイミングで参入することができました」と語る。
販売形態であるが、基本的にはSDK(開発キット)として販売されている。
この点について、萩原氏は「弊社ではこれまで、マルチメディアソフトをOEMとしてハードウェアメーカーに供給することもありました。その場合、ハードウェアメーカーから多様なカスタマイズを求められることがあり、その対応には、かなりのリソースが必要で、メンテナンスも大変でした。そこで、BtoBの顔認証の市場に参入するにあたり、パッケージソリューション化してしまうと、環境も使い道も千差万別ですので、1つにまとめることは非常に難しく、逆にパッケージ化しないで、あくまでもSDKによるエンジン供給とすることで、開発リソースをよりハイレベルな顔認証エンジンとするために、集中してつぎこむことにしました」とのこと。
実際にSDKで提供することにより、プラスの相乗効果もあったとのことだ。「SDKでの販売では、我々が気が付かなかったような使い方があったことです。そして、お客様から要望や用途を聞き、新しい機能や使い方を知ることもできました。それらを他の用途でも応用が可能ならば、積極的に取り込んでいきたいです」と萩原氏。
認証精度の高さもウリ
FaceMeの特徴をあげるとすれば、その認証精度の高さであろう。図2は、2021年1月のNIST(アメリカ国立標準技術研究所)の1:1の結果である。
世界的には、海外、特に中国のメーカーがトップレベルとなっている。図2によれば、中国を除くと4位まで上がってきている。サイバーリンクが顔認証のベンダーとして、世界でもトップクラスの実績を持っているといえるだろう。
顔認証にはいくつかのパターンがある。1つは空港やイベントなどで使われるもので、カメラに顔を正対させて認証するものだが、これは技術的にはそれほど難しくはないとのことだ。FaceMeのもう1つの特徴として、角度に非常に強い点がある(角度については、後述)。この使い方は、ウォークスルーでカメラの前を通過する人の顔を検出してドアを開閉したり、セキュリティ向けのカメラを使って監視したいといったケースだ。これらの環境では、対象者はカメラを意識的は見てくれないので、どうしても認証時に角度がついてしまう。したがって、角度に強くないと認証ができない。多くのベンダーでは、45度くらいが最大となるが、FaceMeは横が60度まで可能となり、この違いが大きな性能差となっている。
さらにエッジ(タブレットなどのIoTデバイス)でも使えるように最適化している。多様なプラットフォームに対応していることも、他のベンダーと異なる点である。
FaceMeの機能であるが、図3のとおりである。
単なる顔認証にとどまらず、高度な属性情報を求めるユーザーも多い。年齢、性別、感情などである。現在のネットビジネスにおいて、ECで商品の販売しようとする場合、顧客のほとんどの行動が情報として取得することが可能である。どこから来たか、どのページを見たか、どのくらい滞在したか、どの商品をクリックしたか、これらのユーザーの属性情報がさらなる分析やマーケッティングに繋がる。
リアルな世界ではどうか、来店した顧客の性別、年齢、どんな商品を手にし、その時の表情、動き、それらがフィジカルな世界でも属性情報として見えるようになる。萩原氏は「今まで見えていなかった部分が見えてくる、需要としては高いと思います」とのことだ。 現時点では、マスクをしていると、取得できない情報(感情)もある。
FaceMeの応用事例
実際の応用事例であるが、最近の具体的な事例や注目点を萩原氏にうかがった。
最近、オフィスの出退勤管理とドアの開閉を顔認証で行うというケースが増えている。
緊急事態宣言が解除され徐々に出社する人が増えてきているが、ウィズコロナ時代の基本的な感染防止対策として、非接触による認証はひとつの重要なテーマであり、顔認証はそれをサポートすることができる。
このような理由もあって、最近では医療機関での導入・問い合わせが増加している。医療現場では、元々マスクをしているうえに手袋、場合によっては保護ゴーグルなども装備している。コロナ以前には静脈や光彩を使っていたのだが、手袋やゴーグルを外す手間に加えて感染リスクがある。そこで、非接触かつ短時間で認証可能な顔認証を使用したいという需要が増えてきている。
また工場では、資格が必要な器材の使用や、検査などのオペレーション上で本当に当人がやっているかというチェックが必需になってきている。
さらにはメディア関係でもニーズがある。撮影した写真を集約したはいいが、過去のある人の写真を探そうとしても探せないことが少なくない。そこで顔認証を使うことによって、膨大なデータから速やかに対象を探し出すことができるし、記事に掲載した写真が間違っていたというようなミスをなくすことができる。
実際に顔認証を試してみる
実際に顔認証を試してみよう。図4は評価キットに含まれているテストツールである。
右上から見ていこう。この例では、既に2,452人の顔データがデータベースに登録済となっており、このシステムでは43.1ms間隔で顔認証を行っている。感情は顔の表情を分析して通常から驚き・怒り・悲しい・楽しいなどに変化する。次いで年齢は、推定で45~55歳。実際の範囲はプラスマイナス6歳程度の範囲に収まるが、場合によって照明の明るさなどで若く出る場合もある。Face Positionは顔の傾きを数値化するが、一番上が左右の角度(Yaw)であり、左右の顔の向きを数値化される。右(+)45度では、図5のようになる。
カメラの前で少し横を向いたくらいでも、すぐに45度に達する。60度前後では両目がギリギリ写る範囲となり、FaceMeではこの状態でも顔認証による本人認識が可能で、実際の運用においてはこの差がかなり大きいと萩原氏は指摘する。
顔認証による本人認識は正面を向いた1枚の写真を登録するだけで可能となる。実際のシチュエーションにおいて、大きく角度の付いた顔の映像を使用して正しく同一人物と認証するには、高度なAI処理技術が必要となる。
マスク着用でも顔認証
次いでマスクを着用した場合であるが、この状態でもなんの問題もなく本人認証を行っている。
実際のところ、コロナ禍によりマスクの検出やマスク着用時の顔認証へのニーズは非常に高く、もちろんFaceMeでも対応済となっている。
ただしその一方、マスク非着用時と比較してマスク着用中では、属性情報の取得は若干正確さで劣る。マスクを着用すると目元回りの情報しか取得できないため、感情は正確に取得できず、年齢はマイナス10歳くらいになることが多い。
また、萩原氏は「今、要望が多いのは、工場などで、マスクをし、さらにヘルメット、ゴーグルをしたような状態での認証です。FaceMeでももっとも難易度の高い事例になります。そのような事例にもなんとか対応しています」とのことだ。
なりすましを防ぐ
顔認証の技術を使用する上で「なりすまし防止」は非常に大きなトピックである。顔認証中のカメラに向かって、大きく印刷した顔写真を出したらどうなるであろうか。一般的な顔認証の技術では、顔写真が誰かは判別できるが、生きている人間かどうかは判別できない。つまり、なりすましによって顔認証が突破されてしまう問題が発生する。3D深度取得などを持たない、通常の携帯などの2Dカメラにおいては、このように生きている人間であるかどうかを判別するための手段として、ジェスチャーなどを使用して生体であるかどうかの確認を行っている。
このように、リアルタイムの指示に正しく反応できるかを評価してカメラの前の人物が生体であるかを評価を行う。右を向く以外にも、笑う、口の開閉、まばたきなど組み合わせを要求する事も可能である。このような生体+本人認証の機能に関しては、QR決済口座の開設などに広く使われており、金融庁のデジタル本人確認のガイドラインに従った形での本人確認を行うことが可能となっている。
それでは実際にスマホで撮った写真ではどだろうか? この場合は画面の指示に従うことができないので、なりすましであると判定される。
ジャスチャーの判定以外にも「FaceMe独自のアルゴリズムで、人間らしさをスコアリングしてなりすましをしていないかを判定しています(顔のぶれ、表情のゆれ、口の動きなど)。こういった機能を利用することで、銀行や金融サービスなど、高度なセキュリティ保護が求められる分野での本人確認に利用できます」と、萩原氏は語る。
スマホを使った本人認証:eKYC
FaceMeを使用した本人確認の応用事例として、実際のパスポートを利用した本人認証が可能なeKYCを紹介したい。
3つの写真を利用する。
(1)パスポートの内蔵チップからの顔写真
(2)パスポートの本人写真のページをスキャン
(3)スマホで自分の顔を自撮り
(1)の取得にはNFCによる読み出しを使う。(2)(3)は普通にカメラ機能を使う。
最初に、パスポート内のICチップに記録された情報とパスポートの写真ページの記載内容の比較などが行われる。ICチップからデジタル的に読みだしたデータと、写真からOCRを使用して取得した文字と写真によってパスポートが本物であるかどうかデジタル的に確認する事が可能である。最後に、自撮りである。
このように、撮影した自撮り写真とパスポートから取得した顔を比較して同一人物であるかを検証するのである。従来、係官などが目視でやっていたことがすべてスマホ内でデジタル的に行われ、精度も高い。実際にそのデモを見て、すごいと思った。日本でも、いくつかの試みはあるが、まだ普及しているとはいいがたい。DXやデジタル庁といった言葉はよく聞くが、本当のデジタル化はまさにこれからという感じがした。
次の動画は、サイバーリンクがフィンテック向けに提供するサービスを紹介したものである。
IDカードや免許証から、顔写真を読み込み、実際に撮影した写真と比較することで、本人認証を行っている。海外では、すでに使われているものだ。
今後のFaceMeについて
最後に、FaceMeの将来について、萩原氏にお聞きした。
「今、非常に多くのパートナーさんといろいろなことをやらせていただいています。コロナ禍に入り、1年半くらい対面ができていない状態です。最近になり、ようやくビジネスが進み始めました。我々の目標は、3年で200件の契約を取りたいと思っています。その目標には着実に近づきあります。その中で、医療、工場系、オフィスのDX化といった幅広い環境で、FaceMeを使っていただけるような展開を期待しています。また、それを実現するためにいろいろな試みを実践しています」