「普通の人じゃないんですよ、どうやら」

第42回将棋日本シリーズ JTプロ公式戦(協賛:日本たばこ産業株式会社)の準決勝、▲藤井聡太三冠―△永瀬拓矢王座戦が11月3日に愛知県名古屋市の「ポートメッセなごや 第3展示館」で行われました。結果は99手で藤井三冠が勝ち、決勝戦へ進出しました。

JTプロ公式戦はタイトル保持者や賞金獲得上位者から選抜された12名によるトーナメント棋戦が公開対局で行われ、トップ棋士同士の戦いを間近で見ることができる棋戦です。

■永瀬王座が強気に仕掛ける

本局は藤井三冠の先手で角換わりに進みました。両者の対戦はこれまで7局ありますが、意外にも角換わりは1局しかありません。ただし練習対局を幾度となく重ねている間柄の両者ですから、そちらでは数多く指している戦型でしょう。

角換わりの序中盤は、お互いが仕掛けの間合いを計る展開になりやすく、そのために玉や金銀を繰り替えての手待ちがみられることが多いのですが、本局は早い段階で永瀬王座が後手番ながら△6五桂という開戦を告げる桂跳ねを断行しました。▲6八銀と引かせて△8六歩▲同歩△同飛の歩交換が狙いです。▲8七歩の受けに飛車を引けば穏やかでしたが、永瀬王座は△7六飛と横歩を取りました。歩得の実利は大きいとみたものですが、こうなるともうタダではすみません。

■藤井三冠も応戦、大決戦を経て藤井三冠が抜け出す

横歩を取った瞬間の後手の飛車は不安定な位置にあり、先手がうまく指せばこれを捕まえることが出来ます。果たして藤井三冠も歩のタダ取りは許しませんとばかりに、決然と飛車を捕まえに行きました。飛車を捕まえてしまえば先手よし、その前に暴れることが出来れば後手が有利になるという展開です。

丁々発止の見どころある戦いは、先手の藤井三冠に分がありました。後手も先手玉の近くにと金を作ったのですが、やはり飛車という最強の駒を取った実利は大きかったようです。奪った飛車を▲8二飛と敵陣に打ち込んだのが角と金の両取りで、これが厳しい一着になりました。この瞬間、後手玉が囲いに収まっているのに対し、先手玉は敵のと金がそばに居るなど、実に危なっかしい格好なのですが、と金と逆方向に逃げてしまえば捕まりません。そして後手玉は縦と横の双方で飛車ににらまれており、見た目以上に危険な形なのです。永瀬王座は狙われている角を先手陣の金と刺し違えてから、△7一銀と今度はもう1枚狙われている自陣の金を助ける不屈の根性を見せましたが、優勢になってからの藤井三冠は着実です。

■鮮やかな収束

そして収束は鮮やかでした。普通であれば守りの金を取って確実な寄せに向かうところ、取れる金に目もくれずに▲2四飛と最速の寄せに出ます。この手が「普通の人じゃないんですよ、どうやら」と解説の中村修九段に言わしめる決め手になって、永瀬王座の玉をあっという間に捕まえてしまいました。

藤井三冠はJTプロ公式戦で初の決勝進出です。待ち構えているのは豊島将之竜王で、昨年の優勝者でもあります。今年度はここまで13局行われている両者の対戦ですが、11月21日の決勝まであと2局行われる予定ですから、決勝は16局目となります。頂上決戦の行方は果たしてどうなるのでしょうか。

相崎修司(将棋情報局)

強気の応酬を制して初の決勝に進出した藤井三冠(写真は竜王戦第1局のもの。提供:日本将棋連盟)
強気の応酬を制して初の決勝に進出した藤井三冠(写真は竜王戦第1局のもの。提供:日本将棋連盟)