コロナ禍を経て、コミュニケーションのあり方が大きく変わろうとしている。さまざまなソリューションが登場する中、これらをどのように使い、どういったマインドで運用すべきなのか。IT全盛の時代に求められるコミュニケーションについて、有識者に伺っていきたい。

今回は、ニッポン放送のラジオアナウンサーでありながらも、バーチャルYouTuber「一翔 剣」、「マンガ大賞」の発起人、アニメ・アイドルイベントの企画や司会を年に100本ほど務める吉田尚記氏に話を伺った。「コミュニケーションの苦手な"どオタク"が、偶然アナウンサーになってしまった」と語る同氏に、ラジオの今、そしてITやVRをめぐるコミュニケーションについて聞いていきたい。

  • ニッポン放送 ビジネス開発局 ネクストビジネス部 副部長<吉田ルーム長> 吉田尚記 氏

■後編はこちら「『寛容さがなければコミュニケーションは価値を失う』ニッポン放送 吉田氏に聞くIT×コミュニケーション(後編)」

リモートワークの普及でコミュニケーションはどう変わった?

「コロナ禍でコミュニケーションが楽になった人はいると思うんですよね、嫌いな上司と話さなくていいわけですし。仏教の八苦のひとつ『怨憎会苦』でも言われるように、嫌な人と一緒にいるのはとても苦しいこと。現在の状況は快・不快でいうと『大変だけど心地良い』。好きな人に会うよりも嫌いな人に会わないほうに流される人が多いはずです」

新型コロナウイルス感染症の流行と、それに伴う緊急事態宣言を経た現在のコミュニケーションの状況を、吉田氏はこのように言い表す。

コロナ禍で人と人が直接会う機会は減ったものの、逆にWeb会議やビデオチャットのような新たなデジタル上のコミュニケーションは増えている。仕事もリモートワークに切り替えた方もいるだろう。これらは従来のコミュニケーションとどう違うのだろうか。

「直接話すよりリモートで話す方が好きだ、という人はいないと思います。人間は相手のリアクションで自分のやったことの良し悪しを測っています。Webではどうしてもラグが起きるので、"ちょっとウケてない"と感じるんですね。また現状のビデオ会議システムでは、リアクションも相当大きくやらないと伝わりません。ビビッドな反応を得られず、みんなストレスが溜まっている状況だと感じています」

また「嫌いな上司を見直すことは、対面ではたまにあるかもしれませんが、リモートワークだとまずないんですよね」と述べる。リモートワークでは付き合いを自分でコントロールすることができるからだ。

「リモートワークになって、上司や同僚と揉めることが減った人は多いと思うんですよ。無駄な会議や打ち合わせをやり過ごすことがより簡単になったから。ですが、簡単になったが故に相手を見直すチャンスもなくなっているはずです。コミュニケーションは"問答無用"なところに価値があったりもします。対面だったら絶対に喋らないといけなくても、オンラインでは逃げられるので」

そして吉田氏は、「コミュニケーションは取り返しがつかない勝負をさせられているからこそ嫌なのでしょうし、だからこそ価値がある」と語る。リモートワークはコミュニケーションを"楽"にするとともに、これまで嫌だと感じていたことへの向き合い方を考えるきっかけになっているのかもしれない。

相対的に価値が浮かび上がってきたラジオ

吉田氏によると、近年ラジオは非常に好調なのだという。リモートワークに伴い電波放送自体の聴取率も上向いているが、なによりもポッドキャストが伸びている。ニッポン放送のポッドキャストを例に挙げると、2021年10月現在で月間約1000万のダウンロードがあるそうだ。この数字は、去年比で約1.5倍、コロナ禍の影響がなかった頃と比べると約3倍だという。

「様々なコミュニケーション手段が生まれたが故に『生声でリアルタイムにコミュニケーションすることってすごくない?』と、ラジオの価値が相対的に浮かび上がっています。リモートワークって人の気配がしないじゃないですか。ラジオっていわば"人の気配発生装置"なんです。人間って煩わしいのはイヤなんですけど、さみしいのもイヤなんです。ラジオって丁度いいんですよね」

一人暮らしの部屋で音楽をかけてもさびしさが紛れるわけではないだろう。またテレビはどこか"窓の向こう"感が拭えない。しかしラジオは、気を遣わなくて良い人たちがそこにいる感じが残る。これがラジオというメディアの不思議な魅力だ。

VRはコミュニケーションにどんな変化をもたらすか?

「様々なコミュニケーション手段が生まれた」と語る吉田氏は、最近はVRの世界にも活動の場を広げている。仮想現実とも訳されるバーチャル・リアリティ(VR)は、広告やスポーツ、医療や建築など幅広い分野で活用が進んでいる。コロナ禍においてライブイベントや展示会などの開催が制限を受けるなかで、活路を見出そうとする企業も多い。

エンドユーザーにも普及が進んでおり、近年はVRデバイスと3DCGで描画されたアバターを用いて動画の投稿・配信を行う「バーチャルYouTuber(VTuber)」として活動する方も増えている。吉田氏自身、バーチャルMC「一翔 剣」の顔も持つ。

VRを利用したコミュニケーションの特徴とはなんだろうか。吉田氏はまず「Web会議は現実のコミュニケーションの劣化だが、VRは現実とは別の言語で行うコミュニケーション」と前置きしたうえで、話を始める。

「人同士のコミュニケーションは『本当はお前何考えてんだよ』のぶつけ合いだと思うんです。これがWeb会議だと曇りガラスの向こうに行っちゃうんですよ。逆に、VRではアバターを着た瞬間にその人の持つ思想が表れます」

VTuberの文化には「性癖を晒せ=自分が一番なりたい格好をしないとダサい」というものがあるそうだ。どんなアバターを着るかによって「本当はお前何考えてんだよ」に対する回答の一部が自然に表に出る、これが大きな特徴だと吉田氏は語る。

ここ数年で急速に広がるVRによるコミュニケーションだが、人と人とのやり取りにどのような影響を与えるのだろうか。

「コミュニケーション自体に価値を感じない人はいないと思うんです。人は全員、目の前の人に受け入れられたい。そのうえで、VRだからこそわかってもらえる人、VRじゃなきゃわかってもらえなかった人、というのは居るはずです」

吉田氏は、VRによってコミュニケーション強者とコミュニケーション弱者を隔てる垣根がなくなっていくのではないかと話す。

「例えば『VRChat』というソーシャルVRプラットフォームのサービスには、美少女のアバターを使うおじさんが普通にいるんですよ。いわゆる"バーチャル美少女受肉(バ美肉)"と呼ばれるものですね。そして"バ美肉おじさん"同士の恋愛も発生しているんです。こういった方たちは現実では孤独だった可能性もあるんですが、お互いの存在が現実の属性を越えて支えになっている。本当の意味で自由な世界がそこにはあります」

最後に、VRの現状と今後についても伺ってみた。

「技術的にはまだまだ限定的ですよね。VRヘッドセットをつけてくれる人もまだあまりいません。とはいえ、スマホを使ってない人に『使え』と命令系で話しても意味がないように、VRを『使え』といってもしょうがない。ただ、VRを『楽しい!』と言って使っている人たちが、いまこの世で一番面白い人たちだと思っています。みんな性別も年齢もよくわからない、でもやってること自体は最高に面白いという人たちだらけです」

後編では、吉田氏にコミュニケーションに悩む方へのアドバイスを聞いていきたい。

■後編はこちら「『寛容さがなければコミュニケーションは価値を失う』ニッポン放送 吉田氏に聞くIT×コミュニケーション(後編)」