パナソニック エレクトリックワークス社の「アフォーダンスライティング」という取り組みは、屋外向け照明の分野で研究が進む演出手法のひとつ。光の動きや明暗などによって、人間に「回遊」や「滞留」の心理的効果を働きかけるものです。2021年11月1日から、都市開発や民間施設に向けた提案をスタートします。
人の行動に対する光の心理的影響「アフォーダンスライティング」
暗がりで光が照らされると、自然とそこに目が行くように、光は人間や動物の行動に指向性を持った影響を与えることが知られています。しかし、光の動きや明るさ、光の色などが、具体的にどのような影響をどれほど与えるのか……。実はよく分かっていません。
実証実験を通してそれを検証し、人々の生活や社会インフラに役立つ事業に育てようというのが、パナソニックの「アフォーダントライティング」の目的です。
アフォーダンス(affordance)とは、「与える/提供する」という意味の「アフォード(afford)」を元にする造語。環境が人間や動物に影響し、感情や動作の発露につながっていくことを指す、生態光学や生態心理学の用語です。
パナソニックの照明事業では、道路、街路、公園、スポーツ施設といった屋外空間において、効率的な運用で長寿命を実現する省電力な照明を取り扱っています。しかし、これまでは固定して動かない照明が中心でした。
アフォーダンスライティングの試みは、照明に動きや変化を付け、意味や目的を持たせて新たなビジネスにしようというものです。
パナソニックのアフォーダンスライティングで中心となるのはLED照明。LEDは光を当てる場所と当てない場所の制御や、明暗の段階や色調などがコントロールしやすく、パナソニックの中でも屋外のライトアップ演出が事業として伸長しています。空間全体をプランニングし、それに適した製品を納入。顧客と対話しながら光演出プランを提案し、調整まで行う事業に育っています。
この事業で培ったノウハウを生かし、屋外照明に演出コントロール技術を組み合わせることで、回遊しやすい街作りや、オープンカフェ/オープンテラスなど居心地のよいスポット作りに寄与しようというわけです。
パナソニックは、街の開発計画段階からVR技術・照明設計技術・商品力・運用プランとともに参画し、照明制御事業を発展させる考え。2025年度にはアフォーダンスライティングを、製品販売構成比で街路照明販売の30%以上にまで引き上げたいとしています。
有効性の認められる「回遊」と「滞留」から検証を積み重ねていく
ろうそくや焚き火の揺らめく炎を見ていると、心地よさを感じ、光に意味を持たせたくなる人も多いのではないでしょうか。動きのないろうそくや焚き火の写真ではなかなかそうはいきません。
パナソニックのアフォーダンスライティングは、まず「回遊」と「滞留」の2つに注目。「回遊」は光を一方向に動かし、その方向に歩行者を誘導するもの。一方の「滞留」は、ゆっくりした明滅によって、落ち着きと居心地のよさを感じさせるものです。
最初に「回遊」と「滞留」の検証を進める背景として、屋外における人間の行動を大別すると、「移動する」と「留まる」という2つの起点があることに着目したとのこと。アイデア出しから検証までデザイン部門が参加し、自分たちが心地よいと感じる灯りを探り、検証部門と一緒にチェック。一般的な屋外照明と比較する小規模な実験では、有意な結果を得たそうです。
それによれば、「回遊」実験では「光の動く方向に歩きたい」「楽しい」「飽きない」「興味がある」といった項目で高い評価を得ています。「滞留」の実験では、「とどまりたい」「眺めていたい」「心地よい」「楽しい」「飽きない」「興味がある」といった項目が高い評価となりました。
パナソニックでは、今後「回遊」と「滞留」の効果検証を重ね、活用シーンやコンテンツの追加を図っていきます。公的空間における検証の手始めとして、世界遺産の「元離宮二条城」(京都)で11月5日から実施される、ワントゥーテンと京都市が主催するライトアップイベント「ワントゥーテン 二条城夜会」に、照明演出を試験導入する予定です。
明るい未来を感じたデモンストレーション
メディア向けの発表会&体験会では、アフォーダンスライティングのデモンストレーションが行われました。
「回遊」のデモは、広場の通路脇に3灯ずつのスポットライトを並べ、向かって右から左へと灯りが流れるような演出。その通路を。女性が光と同じ方向や逆の方向から歩く内容でした。
筆者もこの通路を歩いてみました。光の流れと同じ方向に歩くと、灯りを持って歩いているかのように、目の前の明るさに釣られて足が前に出ます。前を歩く人がいる場合、その背中がほぼ常に明るく、光に押されるように歩けました。
一方、光の流れと逆に歩くと、光が前からきて自分を通り抜けていくため、自分が逆向きに歩いていることを意識してしまいます。前を歩く人がいると、前の人の背中が暗くなる時間が長く、距離感をつかみにくくて歩くペースが乱れそうでした。不快感とまではいいませんが、何となく落ち着いて歩けない感覚です。
「滞留」のデモは、広場に椅子を並べ、その前に3灯ずつのスポットライトが並んでいました。灯りはゆっくりと明るさが変化し、明るい場所と暗い場所のコントラストが生まれる内容です。
ぼんやりとたたずんだり、誰かと会話したりといった状況では、風に当たるようなささやかな変化は心地よいのですが、スマホ画面や本を見ていると落ち着かなさそうにも感じました。
パナソニックの横井氏は、「心地よい感覚は人それぞれであり、老若男女の違い、季節や天候の違いにも左右されます。最大公約数の解を見つけるのはなかなか難しく、どう最適化を図っていくかがこれからの課題です」と話します。
デモで使用されたLEDの色温度は、一般的に落ち着きのある色といわれる3,000K(ケルビン)前後。オレンジ色の柔らかな灯りは家庭にも街にも親和性の高い色です。照度はピークで70~80lx(ルクス)。商業空間の歩行面で平均20lxとされているので、ピークとはいえ70~80lxはかなり明るい照明です。
なお、まずは色味(色温度)の変化は考えず、光の動きにフォーカスして効果を見ます。次の段階で色の変化の効果検証となったときには、光の動きと色という2つの要素を見ていくことになり、その組み合わせで人々の反応がどう変化していくのか探っていきたいとのことでした。
光の回遊を実際に体験して感じたことのひとつは、歩く方向だけでなく、歩くペースも光の動きに影響を受けそうということ。光の色や明滅ペースも含めて検証が進むことで、迷子の出ない街や待ち合わせで退屈しない街は、意外と早く実現できるのかもしれません。街に住む人々が照明に促されて安心安全に暮らせる日が少しずつ訪れてくる、そんな明るい未来を感じさせてくれるアフォーダンスライティングでした。