日本母乳バンク協会が、ピジョン本社に「日本橋 母乳バンク」を開設してから、1年が経った。「母乳バンク」とは、寄付された母乳を処理した「ドナーミルク」を、低体重で生まれた赤ちゃんに無償で提供する施設のこと。施設ではコロナ禍でも感染防止策を講じながら運営が続けられ、多くの低体重の赤ちゃんとその家族が救われている。1周年の記念イベントを取材した。

  • 「日本橋 母乳バンク」開設1周年(左からピジョン株式会社 代表取締役社長 北澤憲政氏、一般社団法人 日本母乳バンク協会 代表理事 水野克己氏)

母乳バンクの存在意義

  • ピジョン本社内に設置されている「日本橋 母乳バンク」

母乳バンクは、出生体重が1500グラム未満の赤ちゃんに、寄付された母乳を処理した「ドナーミルク」を提供するための施設のこと。2013年に日本で初めて開設された「昭和大学江東豊洲病院 母乳バンク」が2021年3月に閉鎖されたため、「日本橋 母乳バンク」が国内で唯一の「母乳バンク」として稼働している。

母乳バンクでは、全国のドナーから届けられた母乳の検査や低温殺菌処理を行ったあと、冷凍庫で「ドナーミルク」として保管する運用を行っている。ドナーミルクは医療機関からの要請に基づいて、赤ちゃんの元に届けられる。

  • パッキングされたドナーミルク(培養検査に合格したもの)

低体重の赤ちゃんに、なぜ人工乳ではなくドナーミルクを与える必要があるのか。日本母乳バンク協会代表理事の水野克己さんは、「母親の母乳は出生体重が1500グラム未満の極低出生体重児にとってはまるで"薬"のようなものなんです。母乳には、必要な栄養素がバランスよく消化しやすい形で含まれていて、さまざまな感染症や病気にかかるリスクを低減する働きがあります」と語る。

例えば、腸の一部が壊死してしまう壊死性腸炎(えしせいちょうえん)にかかるリスクが、母乳を与えることで人工乳の約3分の1に低下したという報告もあるそうだ。それだけ、低体重の赤ちゃんにとっては母乳の栄養が大きな役割を果たしている。

ドナーミルクですくすく育っためいちゃん

実際にドナーミルクを提供されて、元気にすくすく育っている子どもがいる。イベントにオンラインで参加したのは、1歳の女の子・めいちゃんとその父親だ。めいちゃんは、母親が末期がんの治療のために妊娠24週のときに528グラムで出生した。めいちゃんの母親は、めいちゃんが生まれて数滴の母乳を絞って与えることができたが、出産後5日目に容体が急変し、生後6日目に亡くなった。

そのため、めいちゃんはそれ以上母乳をもらうことが難しくなり、ドナーミルクの提供を受けることになった。イベントにはめいちゃんの担当医だった北野病院小児科の水本洋医師もオンラインで参加し、「母乳バンクにメールで相談したところ、迅速にドナーミルクの提供を進めてくださり、わずか4日後には待望のドナーミルクが到着しました。生後9日目にドナーミルクの使用を開始してから順調にミルクの量を増やすことができて、1週間後には点滴の栄養を卒業することができました」と話した。そしてめいちゃんはその後順調な経過をたどり、生後半年のときに退院した。

これについてめいちゃんの父親は、「ドナーミルクを提案してもらえたこと、迅速に対応していただいたことに感謝しています。NICUを退院するときに、担当していた看護師さんから『わずか500gほどで生まれて、今元気にしているのってすごいことなんです。めいちゃんは本当にすごい』と言われました。きっと、生まれて間もないときにドナーミルクを提供していただいたおかげだと思っています」と感謝の思いを述べた。

日本母乳バンク協会の水野さんは「めいちゃんが元気に大きくなってくれて、言葉にならないくらいうれしいです。ドナーになってくれる人の中には、赤ちゃんを亡くして母乳をあげられなかった人もいらっしゃいます。みなさんの協力と思いがあって初めて成り立つ活動なんです。めいちゃんが元気に育ってくださって、『ありがとう』としか言えません」と返した。

  • ドナーミルクで元気に育っためいちゃんとめいちゃんのパパ

母乳バンクの課題は「ドナーミルク」への抵抗感

たくさんの人たちのさまざまな思いが集まって成り立っている母乳バンクの活動。昨年度は、203人の赤ちゃんにドナーミルクが提供された。今年は、8月末の時点ですでに180人に提供されていて、今年度は約500人を超える見込みだという。また、ドナーの登録者数、ドナーミルクの提携病院の数はそれぞれ増加傾向にあり、今後ますます母乳バンクの活動には期待が寄せられている。

しかし、母乳バンクの活動には課題も残されている。ピジョン株式会社がママとプレママに対して実施した意識調査において、「もし自分の赤ちゃんが1500グラム未満で生まれ、ドナーミルクを利用することになった場合、どのように思うか?」という質問に対して「抵抗がある」と回答した人は57.6%だったのだ。いまだに6割近いママとプレママが抵抗感を抱いていることがわかる。

めいちゃんの父親は、自らの経験を振り返って、「自分も初めはドナーミルクに対して抵抗感がありました。なぜ当時抵抗感があったか考えると、ドナーミルクや母乳バンクの存在を全く知らなかったからだと思うんです。また、小さく生まれた赤ちゃんにとって、母乳がどれだけ有効なものかも知りませんでした。自分の知らないこと、未知のことって、構えてしまいますよね。これからドナーミルクの使用を検討しているパパやママには、母乳の有効性について正しく理解してもらって、子どもにとってベストな選択をしてほしいと思います」と話していた。

施設の開設から1年を迎え、ますますその存在価値が高まっている「日本橋 母乳バンク」。その行く末を見守りたい。