コロナ禍を経て、コミュニケーションのあり方が大きく変わろうとしている。さまざまなソリューションが登場する中、これらをどのように使い、どういったマインドで運用すべきなのか。IT全盛の時代に求められるコミュニケーションについて、有識者に伺っていきたい。
今回は、2018年よりJリーグ 栃木サッカークラブ(栃木SC)のマーケティング戦略部長として活躍する、江藤美帆氏に話を伺った。豊富なITやSNSの知識を活かしてプロサッカークラブのマーケティングを担当する同氏に、社内とSNSにおけるビジネスコミュニケーションの考え方を聞いてみたい。
■前編「コロナ禍で変わったサッカークラブのマーケティング」はこちら
良い内容は他人の話、悪い内容は自分の話
外資系IT企業やフリーランスのライター、ソーシャルメディアコンサルティング、オウンドメディアの編集長、アプリの企画開発など、さまざまな立場から多角的な活躍を続けている江藤氏。
そんな同氏がコミュニケーションを行う上で重視しているのは「表裏を作らないこと」だそうだ。SNSでの発信などでも「ネットだから」「匿名だから」「人が見ていない場所だから」ということで基本的な姿勢を変えることなく、常に一貫した態度で発言する。表向きのきれいな部分だけを見せようとしない。その上で、自身で行っている具体的なコミュニケーション方法について話してくれた。
「私自身もSNSでいろいろな発信をしていますが、例えば仕事に関する話をツイートするときには、同じ話をチームメンバーにもすることが多いです。メンバーに予想外の誤解されるのを防ぐためです。何かで読んだ話なのですが、多くの人は、SNSのような場所で誰かを褒める話を読んでも『これは自分のことだ』とは思わないけれども、悪口を読むと『これは自分のことだ』と思ってしまうらしいのです」
このインナーコミュニケーション重視の考え方は、自身の失敗の反省から生まれたものだそうだ。まだSNSを始めてまもない頃、江藤氏の何気ないSNSでの発言を受けて、まったく意図していなかったメンバーが「自分が非難されている」と感じてしまったことがあったという。
「文字ベースのやりとりでは、相手の考えがわからなくなることがありますよね。とくに世代が異なると、なおさら本音が見えにくくなります。チームのメンバーとはフランクにコミュニケーションをとっているつもりの上司は多いですが、それはあくまで上司の側の思い込みで、相手はたいてい気を遣ってますからね(笑)」
江藤氏も「若いころはあまり年上に心を開けなかったかも」と自身を振り返る。そこには遠慮や警戒があるのかもしれない。だがそれでも「困っていることはどんどん相談した方が良いと思う」と話す。
「私もこれくらいの歳になって気づいたのですが、年下に相談してもらえると年上はうれしいんです。頼られることは年長者にとって喜びなんですよ。若いときは『迷惑かけられないな』とか『足手まといになりたくない』なんて考えるかもしれません。しかし、わからないことは素直に『教えてください』、悩んでいたら『困っているんです』と言った方が関係は良くなると思います」
コミュニケーションが苦手な人こそネットで発信しよう
コロナ禍を経て、デジタルコミュニケーションの重要性はより増している。しかし、これまでの対面とは違う距離感に、まだまだ戸惑っている方は多いはずだ。特にチャット、SNSのような文字を中心としたコミュニケーションは、世代によってその認識が大きく異なる。江藤氏は実際にデジタルツールを活用する中で、どのような感想を抱いているだろうか。
「チャットやSNSに慣れている若い人たちにとって、コロナ禍でのコミュニケーションの変化は大きなものでは無いかもしれません。ですが、年上の人たちがデジタルツールを使うようになって、世代の異なる人たちがデジタル上で交流するようになりました。これが大きな変化だと思います」
年齢を重ねた上司世代は、SNSでの情報発信を苦手とする人が多いという。これに対し、江藤氏は「でも、思い切って発信すると、意外とコミュニケーションが取れるんです」と話す。Twitterやnoteに自分の考えを書き、それが読まれることでコミュニケーションも円滑になるそうだ。
「コミュニケーションが苦手な、いわゆる"コミュ障"な人ほど、積極的にネットで発信していった方が良いと私は思います。内容は旅行でも趣味でも食べ物でもなんでもかまいません。読んだ人が、その人に話しかけるきっかけを得られるからです」
その一方で、SNS上では分断も起こっている。SNSは、フォローやシェア、"いいね"を重ねることで、自分の好きな人や興味がある分野、賛同できる意見だけを集められる仕組みを備えている。それ故に、考えの異なる人との交わりが減ってきているという。
「例えばSNS広告の話題ひとつとっても、弊社の20代男性社員とはまったく話が合いません。同じプラットフォーム上にいても、表示される広告が全然違うからです。広告だけではなく、SNSのタイムラインから見える世界は人によってまったく違うんですよね。コロナ禍で外に出て人に会うことがなかなかできない時代になり、より自分に心地よい世界に閉じこもりやすくなっていると感じます」
自分と同質の人がいない場所ほど成功しやすい
ビジネスコミュニケーションもまた、コロナ禍によって大きく変化した。とくにここ1~2年の新卒社員は、リモートワークの影響で上司や先輩、同僚と直接会う機会がほとんど無い人もいるだろう。
20代の若いビジネスパーソンがこれからキャリアを積み重ねて行く中で、どんなコミュニケーションを心がけるべきだろうか。
「会社の中だけでなく、外の人とも交流したほうが良いと思います。できれば同世代だけでなく、年上や年下とも。若い人は、若い人が多い場所に行きたがります。SNSだと『Twitter』や『TikTok』などですね。『Facebook』なんてやりたがりません。だけど、そういうところにこそチャンスがあると思います」
年上が集まる場所において、年下は"異質"だ。そして年下から見ると、年上が集まる場所は"異質"だらけの場所と言える。そんなところにシュッと飛び込める若者は、だれにでも相談し放題、連絡取り放題になると江藤氏は語る。
「自分と同じ種類の人があまりいない場所を目指した方が良い、と私は思っています。同質の人がいる場所は居心地が良いので群れがちですが、あえてそうしないで、例えば若い方だったら若い人があまりいない場所、女性だったら女性があまりいない場所に飛び込んだ方が、ただそこにいるだけでも目立つので成功しやすいのではないでしょうか」
SNSで上司と繋がりたくないと考える若いビジネスパーソンは多いと思うが、「ビジネスはビジネスでアカウントを作って、オンラインで見られてもかまわない、コミュニケーションを取ってもかまわない環境を作ってみてもいいかもしれませんね」と江藤氏はアドバイスを送る。たとえ直接のやりとりがなくても、自分の考えを発信し続けることで、存在が認識される意義は大きい。
サッカークラブは地域の役に立たなくてはならない
江藤氏は、インターネット、そしてSNSやYouTubeなども活用し、積極的に栃木SCのマーケティングを行っている。そのうえで、「サッカークラブは、地域の方々が『あって良かったね』と感じてもらえる存在にならなければと考えています」とその思いを語る。
「『あって良かったね』と思ってもらうためには、地域の役に立つ必要があります。試合に勝ち、トップカテゴリへの昇格を目指すのはもちろんですが、現在は、宇都宮市とともに市民の課題を解決する取り組みも行っています。ただサッカーという興行を運営するだけの団体ではなく、栃木県に住む方々の感情を豊かにしたり、日常を助けたりできる。栃木SCをそんな存在にできたらと思っています」