コロナ禍を経て、コミュニケーションのあり方が大きく変わろうとしている。さまざまなソリューションが登場するなか、これらをどのように使い、どういったマインドで運用すべきなのか。IT全盛の時代に求められるコミュニケーションについて、有識者に伺っていきたい。
今回は、2018年よりJリーグ 栃木サッカークラブ(栃木SC)のマーケティング戦略部長として活躍する、江藤美帆氏に話を伺った。
デジタルマーケの知識で栃木SCの力になりたい
江藤氏の経歴は波瀾万丈だ。日本の大学を中退後渡米し、大学卒業後1年間現地のIT企業に勤務。帰国後はフリーランスのテクニカルライターとして活躍するも、働きすぎのため20代後半でうつ病に。数年の療養ののち、イギリスのコンテンツライセンス管理会社を日本で設立するが、30代後半でこの会社を譲渡し、再び無職に。
それから専業主婦を経て再び働き始め、パートタイムで外資IT企業でインターネットサービスを作る仕事に携わり、メガベンチャー企業でウェブメディアの立ち上げを行う。その後、社内起業家としてアプリの企画開発、そのアプリを開発する会社の代表取締役を勤め、2018年に退任。
現在は、栃木サッカークラブ(以下、栃木SC)の取締役マーケティング戦略部長として活躍しつつも、複数の企業で社外取締役や外部アドバイザーとして辣腕を振るっている。そんな江藤氏だが、栃木SCで働くきっかけは"たまたま求人があったから"だそうだ。
「どうやったらサッカー業界で働けるかなんてまるで知りませんでした。私は20代のころからずっとJリーグのサポーターをしています。シーズンパスを買って応援を続けるなかで、ずっと『こうしたらもっとお客さんが増えるんじゃないか?』『ビジネスサイドからチームを強くできるのでは?』と考えていました。偶然、求人を見かけ、『自分がいま持っているデジタルマーケティングの知識がサッカークラブの役に立つかもしれない』と思い応募したんです」
コロナ禍でDX化が進んだサッカークラブ
こうして2018年に栃木SCの一員となった江藤氏。入社当初、社内のコミュニケーションは対面もしくは電話が主だったという。江藤氏はこの状況を変えるべくビジネスチャットの導入などDXを進めたが、これが功を奏したのが、2020年の新型コロナウイルス感染症の流行だ。
「コロナ禍後はリーグ戦の中断期間があり、社員は全員在宅勤務になりました。スムーズに移行できたのは、コロナ禍前にビジネスチャットやクラウドサービスを導入できていたからでしょう。ただデジタル化を進めても、顔を見て話す機会は大切です。Slackのビデオチャットなどを使って、短い時間でも互いの顔が見合える状況を意識的に作るようにしています」
チームによって規模こそ異なるが、コロナ禍の影響を受けてサッカー業界全体のDXもかなり進んだという。栃木SCでも、DXパートナーというDXに特化した協力会社のサポートを受け、ファンクラブの申し込みやアンケートなどをオンラインに移行しただけでなく、選手との契約を電子サインで行うなど、これまでアナログが中心だった選手周りの手続きなどのデジタル化も推進している。
「DX化だけでなく、勤務の体制も変わりました。サッカークラブは試合の運営を行っているので、全員が濃厚接触者になることは避けなければなりません。そのため現在は輪番勤務で出勤しています。この働き方は、多くの社員が肯定的に捉えていますね」
変化するサッカークラブのマーケティング
江藤氏は、栃木SCで行ったDXのなかでも影響が強かったものとして、デジタルマーケティングを挙げる。その軸は大きく2つあるという。
ひとつ目は、性別・年齢・居住地などの来場者データを取得できるようになったことだ。
「栃木SCでは来場者のデータを取ってマーケティングに活用する、いわゆるCRM(Customer Relationship Management / 顧客関係管理)に力を入れています。チケッティングもQRコードを利用しているので、どこのどんな人が何回くらいスタジアムに来ているのかといったこともわかるようになりました。この情報が取れるようになったことは本当に大きくて、以前はなんとなくしかわからなかった来場者が可視化され、自分たちがいま何をするべきか、はっきりわかるようになったのです」
ふたつ目は、インターネットでのプロモーション活動。現在の20代以下はマスメディアの視聴率が低く、テレビも観ないしラジオも聴かない、新聞も読まない。そういった世代に栃木SCを知ってもらうためにインターネットでのプロモーションを増やし、YouTubeやSNS、そしてインフルエンサーの活用を進めているそうだ。
「インターネットでの活動はずっと検討していましたが、コロナ禍前はまだ時期尚早と考えていました。なぜなら、栃木SCサポーターの平均年齢は43歳くらいで、QRチケットもなかなか普及しませんでしたし、ライブ配信などをやってもあまり人が集まらなかったからです。ですがコロナ禍を経て、ファン・サポーターがデジタルの活用に抵抗がなくなってきて、利用率は急激に向上しました。そこでようやく、昨年からネットを使った活動を増やすことができたのです」
栃木SCに所属する西谷優希選手、池庭諒耶選手、そしてゲストとしてVtuberのばあちゃるさんを招いて行ったYouTube Live「栃木SC 2020年末 ライブ配信スペシャル 〜おうち時間を楽しく過ごそう!〜」は、実際に確かな手応えを感じたという。
「Vtuberを使ったプロモーションは、やはり10〜20代の男性への影響力が非常に高いですね。『サッカー好きなVtuber』という自分の"推し"が楽しそうにしていることに対してVtuberのファンの皆さんが幸福を感じているというのが、我々のような世代からすると非常に新鮮でした。栃木SCではTikTokのアカウントも運営しているのですが、TikTokerとのコラボもとても評判がよかったですね。短尺動画はInstagramやYouTubeも推していて勢いを感じます。」
@tochigiscofficial 右:<a title="森俊貴" target="blank" href="https://www.tiktok.com/tag/%E6%A3%AE%E4%BF%8A%E8%B2%B4">#森俊貴 左:#山本廉 #イケメン #栃木SC
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SNSによって変化するファンとクラブの関わり
一方で、江藤氏は「スポーツチームは公共性の強いサービス」と述べる。地方のJリーグのサッカークラブのファンはスマホを持たない高齢者や子どもも多く、そういったファンを取り残してはいけない。どうしても注目度の高いトガった施策ばかりをやりたくなるが、アナログなポスター掲出や地道なホームタウン活動なども疎かにはできないという。
それでもデジタルマーケティングの幅は確実に広がっている。栃木SCでは、SNSでもハッシュタグ「#栃木SC」を付けて意見をもらえれば、可能な範囲でクラブ運営に反映する取り組みを行っているそうだ。
「以前よりもファン・サポーターの声はクラブに届きやすくなっていますね。一方で、スポーツチームや選手にとってSNSは難しいツールでもあります。問い合わせ窓口のように使われてしまうこともありますし、選手やスタッフに対する誹謗中傷が届き、パフォーマンスに影響を与えることもあります。それでもファンに自分たちの存在を知ってもらうためには、もはや避けては通れないものです。選手やサポーターに最低限のデジタルリテラシーを授けるのは、クラブとしてやっていかなければならないことなのかなとは思っています」
前編では、サッカークラブのデジタルマーケティングの"いま"について語っていただいた。後編では、さまざまな業界に関わってきた江藤氏に、コミュニケーションに悩む企業や社会人へのアドバイスを聞いてみたい。