メールにチャットなど、どんなにコミュニケーションツールが進化しようとも、絶対に欠かせないものがあります。コミュニケーションツールの原点である「文章」です。人が言葉を使ってコミュニケーションをする以上、多くの人とかかわりながら仕事を進める必要があるビジネスパーソンにとって文章術は必須スキルです。
読み手にとってわかりやすい「伝わる、響く」文章とはどんな文章なのでしょうか。大手広告代理店・博報堂で数多くのCMを手がけてきたひきたよしあきさんは、まさに消費者に「伝わる、響く」言葉を紡いできました。ひきたさんは、「1文を短く」することをその基本に挙げます。
■短い文章は、短いからこそ読み手に伝わる
「短くても読み手に伝わる文章」がある一方で、「どんなに長くても読み手に伝わらない文章」もあります。どうしてそういうことが起きるのかは明白です。前者は短いからこそ読み手に伝わりやすく、後者は長いからこそ伝わりにくいのです。
このことには脳の理解力が関連していると推測します。短い文章のほうが頭のなかにすっと届いて理解しやすいということは簡単に想像できますよね?
内容によってたとえ文章全体が長くなるとしても、まずはそれを構成する1文1文を短くすることが、わかりやすい文章を書くための第一歩といえます。「1文」とは、句点(。)によって区切られる文章の単位のことです。
その1文の文字数の上限は、わたしの考えでは「40字」。原稿用紙でいえば2行分です。広告のキャッチコピーづくりに長く携わってきた経験から、消費者の頭にすっと届いて理解してもらえる文字数の上限が40字だとわたしは考えています。
その40字のなかに自分がいいたいことをまとめる訓練をしていくと、自然と短くて読み手にわかりやすい文章が書けるようになっていきます。もちろん、十数字に及ぶような長い専門用語を使う必要があるときなどは、40字に無理やり収めようとする必要はありません。40字はあくまで目安と考えてください。
また、文章が長くなりがちだという人には、ひとつの特徴があるとわたしは見ています。それは、「話し言葉をそのまま文章にしようとしている」というものです。
とくに若い女性のなかにはこんな感じで話をするような人がいます。「○○なんですけどー、××はー、△△しちゃってー、□□なんですけどー…」というふうに、1文を完結させることがない話し方です。
こういった話し方でも、会話の場合なら、抑揚や表情の変化などノンバーバル(非言語コミュニケーション)の部分の補足によってなんとなく相手にも理解してもらえるかもしれません。でも、これを文章にしてしまうとアウトです。
会話と同じような感覚で1文をずるずると引き伸ばしてしまう癖を持っている人は多いものです。「1文を短く」—これが、相手に伝わる文章を書くための基本中の基本です。
■文字数を半分にして、「要約力」を磨く
しかし、ただ短くすればいいというわけではありません。短くした結果、本当に伝えるべき重要なことが抜け落ちてしまってはなんの意味もないからです。そういう意味では、それら重要なことをしっかり残しつつ、1文や文章全体を短くする「要約力」こそが肝要といえます。
要約力を身につけるための方法として、わたしが博報堂の若手時代に行っていたトレーニングを紹介しましょう。それは、あるテーマについて書いた文章の文字数を半分にしていくというものです。
たとえば、ある風景について最初は800字で文章を書いてみます。そのあと、同じ風景について800字の半分である400字にする。その後も、200字、100字、50字と文字数を減らしていき、最終的には「ひとことでいうとなにか?」と考えます。このトレーニングが、キャッチコピーを考えるための力を養ってくれます。
もちろん、コピーライターではない一般のビジネスパーソンの場合なら、「ひとことでいうとなにか?」というところまでやる必要はないかもしれません。それでも、過去に自分が書いた文章の文字数を半分にしてみるということを試す価値は大いにあります。
「どこを残してどこを削るべきか」という視点で見直すことになり、短い文字数のなかにもぎゅっと内容が詰まった無駄のない文章を書けるようになっていくと思います。
もちろん、「ひとことでいうとなにか?」というところまでやっていくこともおすすめです。たとえコピーライターではない一般のビジネスパーソンにしても、プレゼン資料や企画書のタイトル、キャッチコピーなどを考える際には、このトレーニングが役立ってくれるでしょう。
このトレーニングと近いところでは、文章を書くときはもちろん、ふだんの会話でも「早い話が」と頭につけてはじめることもいいと思います。「早い話が」といった以上、「全然早くないよ」と思われるような長い話はできませんからね。意識的に要約せざるを得ない状態をつくり出し、日常のなかで要約力を高めることができます。
■「相手にメリットがない」文章は、「伝わらない」と同義
最後にわたしからお伝えしたいのは、「読み手を意識する」ことの重要性です。伝えるべき重要なことが抜け落ちるようなことなく要約できた—そのうえで、1文を短くもした。でも、そうしてでき上がった文章でも、読み手の心に響かないということもあります。それがどんな文章かというと、相手がメリットを感じられない文章です。
わたしは、若手コピーライターの時代に「相手の側にまわれ」と先輩や上司からよく指導されました。まさに、「相手にメリットを感じさせろ」というわけです。
「みかん」をこれまでよりたくさんの人に売るためのキャッチコピーを書くとします。ふつうの人なら、「美味しい」といった形容詞など修飾語を使うことを考えるでしょう。美味しい、紀州産、完熟、糖度○%…といった具合です。もちろん、それらの修飾語が響く人もいます。でも、これらの言葉が響くのは、みかんが好きでみかんの美味しさに惹かれる人に限られます。
このケースでは、「みかんをこれまでよりたくさんの人に売る」ことが目的なのですから、キャッチコピーを伝えるべき相手は、「みかんを買わない、みかんに興味がない人」です。そのことを念頭に置けば、別の視点から相手にとってのメリットを考えることができます。
たとえば、「風邪予防にビタミンCをとろう」ならどうでしょうか。この例は、みかんの美味しさにはひとことも触れていません。それでも、「たしかに風邪がはやる季節だな」と考えさせ、みかんの美味しさには興味がない人にとってのメリットとなる可能性があるからこそ、相手に響くメッセージとなり得るのです。
自分だけのために書く日記ならともかく、ビジネスにおいて書く文章には必ず読み手がいます。どんなに読みやすくうまくまとまった企画書でも、読み手がメリットを感じられなければその企画が通るはずもありません。
それは「伝わらない」ことと同義でしょう。ここで紹介したトレーニングなどによって文章力そのものを高めていくことも大切ですが、「文章には必ず読み手がいる」という視点を絶対に忘れないでほしいと思います。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人