マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、主要中央銀行の金融緩和措置について解説していただきます。


昨年春、新型コロナのまん延が各国経済を急激に落ち込ませたため、主要な中央銀行は景気刺激のため、量的緩和(資産購入)、いわゆるQEを含む大胆な金融緩和措置を打ち出しました。

金融政策正常化の背景

その後も強力な金融緩和が続けられましたが、足もとで金融緩和を縮小して金融政策を正常化する動きが徐々に出てきました。それにはいくつかの背景があります。

第一に、概ね景気回復が続いていること。新型コロナの感染は必ずしも収束に向かっているわけではありません。ただし、ワクチンが普及し、重症化や死亡が抑制されていることで、旅行や移動の制限、レストラン・バーの休業、イベントの中止といった行動制限が徐々に緩和されてきました。その結果、多くの国の経済が回復基調を強めています。

第二に、インフレが高まっていること。サプライチェーンの障害による原材料や部品の不足、健康への懸念を背景とした労働力不足などの一時的な要因が大きいとされています。しかし、家計や企業のインフレ心理が根付けば、インフレが一段と高まったり、長期化したりする可能性があります。中央銀行はそうしたリスクを認識し始めています。

第三に、資産価格の上昇が目立つこと。金融市場に流入した大量の流動性が資産価格を押し上げています。足もとでNYダウが最高値を更新するなど主要株価は好調。供給不足も手伝って住宅価格も高騰しています。「バブル」への警戒が必要になってきたのかもしれません。

米FRBはテーパリングの年内開始を視野に

米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は、QE(量的緩和)として月間800億ドルの国債と400億ドルのMBS(住宅ローン担保証券)を購入しています。そして、QEの段階的縮小、いわゆるテーパリングの年内開始を視野に入れています。8月27日のジャクソンホール会議(オンライン開催)の講演で、パウエルFRB議長は「雇用の改善が続けば、年内にテーパリングを開始することが適切となりうる」と述べました。

デルタ変異株のまん延によって、雇用をはじめ経済にブレーキがかかっている兆候はあります。それでも、その後もFRB関係者は議長と同様の発言を繰り返しています。そして、利上げを開始して現在の「ゼロ金利」を解除するのはまだまだ先だとみられますが、それでも「22年中に利上げ」との見方は根強くあります。

ECBやBOEも正常化ヘの動き

ユーロ圏の中央銀行であるECB(欧州中銀)は9月9日の理事会で、PEPP(パンデミック緊急購入プログラム)による債券購入をペースダウンさせることを決定しました。ただし、ラガルドECB総裁は会見で、PEPPのペースダウンはあくまで微調整であって、テーパリングではないことを強調しました。もっとも、ペースダウンしても1.85兆ユーロの現行枠は、一応の期限とする22年3月末ごろには使い切る計算です。ECBは今年12月にPEPPを包括的に議論するとしており、その時点でテーパリングが決定される可能性はあります。

BOE(英中銀)は8,950億ポンドの債券購入枠を設けていますが、12月末に購入を終了する予定です。また、条件が整えば、22年前半に政策金利(現行0.1%)を引き上げることを示唆しています。ベイリーBOE総裁は9月8日の議会証言で、MPC(金融政策委員会)の8人のメンバーのうち自身を含めて4人が利上げの最低条件が満たされたと判断していると述べました。あくまでも「最低条件」であって、必ずしも「十分」ではないとのことですが、22年前半の利上げがかなり高い確率で行われることの証左かもしれません。

カナダ、豪州、ニュージーランドの中央銀行が先行

BOC(カナダ中央銀行)、RBA(豪中銀)、RBNZ(ニュージーランド中銀)などは金融政策の正常化という点でやや先行しています。

BOCは今年4月と7月にQE(量的緩和)を縮小し、テーパリングを開始しています。9月8日の政策会合では政策金利(現行0.1%)とQE(週20億カナダドル)を維持しました。ただし、10月にもテーパリングが再開され、22年の早い段階でQEが終了する可能性があります。また、BOCは22年後半の利上げを示唆しています。

RBAは7月の政策会合で、週50億豪ドルの債券購入が9月上旬に終わった後、同40億豪ドルの債券購入を11月半ばまで続ける計画を発表。8月の会合ではそれを再確認しました。もっとも、9月の会合では計画通り40億豪ドルの債券購入を開始しましたが、その期限を22年2月半ばまで3カ月延長しました。景気に配慮したかなりソフトなテーパリングと言えるかもしれません。

RBAに比べてRBNZはもっとアグレッシブです。RBNZは7月の政策会合でLSAP(大規模資産購入)プログラムの停止を決定、さらに8月の会合では政策金利(現行0.25%)を年内に引き上げる見通しを発表しました。最近のロックダウン(都市封鎖)など新型コロナの影響は懸念されますが、早ければ次回10月6日の会合での利上げもありえます。

取り残されるBOJ

そうしたなか、BOJ(日本銀行)の金融政策は「いつも通り」の印象です。政策金利はマイナス(日銀当座預金マイナス0.1%)、さらに長期金利(10年物国債利回り)がゼロ%程度で推移するように無制限に長期国債の買入れを行うというものです。

他の主要国と異なり、日本の消費者物価は、食料やエネルギーを除くベースも含めて、昨年後半から前年比マイナスです。9月8日のメディアのインタビューで黒田総裁は、「デフレの影響が人々のマインドセットに残っている。(そのため)新型コロナの感染が治まっていくとしても、緩和的なスタンスを粘り強く続ける」と述べました。

新型コロナを景気に、主要中央銀行はQE(量的緩和)やゼロ金利を含む強力な金融緩和を導入、それ以前から強力な金融緩和を続けるBOJに追いついた感がありました。そして、ここへきて、主要中央銀行が金融政策の正常化を模索するなか、BOJは再び取り残されつつあるのかもしれません。