「雑談」とは、一般的に「とくにテーマを決めずに気楽に会話をすること」を意味します。「気楽に」というだけに難しいことではないように感じますが、コミュニケーションに関する著書も多い心理カウンセラーの五百田達成さんは、「雑談は難しく、しかも雑談力は仕事力に直結する」と語ります。
若手ビジネスパーソンが雑談力を向上させるための秘訣を教えてもらいました。
■雑談力を向上させれば、周囲に差をつけられる
「会話」とひとことでいっても、それにはいくつかの種類があります。ビジネスパーソンならまず思いつくのが、「仕事の場できちんと話す、大人としての会話」ではないでしょうか。また、それとは対照的な「友人や家族との気を遣わない楽しい会話」もあります。
多くの人は、この2種類くらいしか会話のバリエーションを認識していません。でもじつは、会話にはもうひとつのかたちがあります。それこそが、第3の会話ともいえる「雑談」です。雑談とは、「微妙な関係性の人と適当に話をしながらなんとなく仲良くなる」という、とても繊細で難しい会話の形式です。
ところが、雑談の「雑」という文字の印象によるのか、多くの人は、「だって雑談でしょ?」「それこそ雑にやってもできるよ」と、かなり軽く見ているようです。
一方、雑談をテーマに扱った書籍も世の中には数多く出回っています。そこから見えてくるのは、雑談の重要性を認識している人が一定程度いるという事実です。
企業に勤めるすべてのビジネスパーソンは、社内外問わず多くの他人とかかわりながら仕事をします。そのことからも、よりよい人間関係の構築こそ仕事の成果を左右する大きな要素といえるでしょう。そして、そのよりよい人間関係の構築に雑談が威力を発揮します。雑談力向上のメリットをいくつか挙げると、下記のようなものになるでしょうか。
【雑談力向上のメリット】
・人づき合いが楽になり、疲れにくくなる
・気楽に話を続けられ、スムーズに仲良くなれる
・上司や取引先から気に入られ、信頼される
・チャンスを生み、成果を挙げられる
仕事力向上に直結するものばかりですよね。それなのに、雑談を軽く見て雑談力が低いままという人も多いわけですから、雑談力を向上させるだけで周囲に差をつけることができます。誰もが身につけているようなスキルを磨いてもそう簡単には周囲に差をつけることはできませんが、雑談力の向上でつけることができる差は大きなものだと思うのです。
■褒めて、教わって、御礼をいう「HOO」
ここからは、雑談力向上に取り組んでいきましょう。とくに若手ビジネスパーソンにとって本当に大事なことだとわたしが考えるものを紹介します。
それは、わたしが「HOO」と呼んでいる方法で、「褒めて、教わって、御礼をいう」の頭文字を取ったものです。
若手社員の場合、周囲の人のほとんどが目上の人になります。目上の人とエレベーターホールで出くわした場合などに、「どんな会話をすればいいのだろう…」と思う人も多いはずです。そんなときこそ、HOOの出番です。
たとえば、「部長がしている今日のネクタイ、とても素敵ですね」と褒め、「いつもどこで買われているのですか?」と教わり、「勉強になりました。ありがとうございます」と御礼をいうといった流れです。
HOOのいい部分は、相手も落ち着いて話ができるということにあります。わたしは、「コミュニケーションとはサービス」だと常々考えています。若手が「どんな会話をすればいいのだろう…」と悩んでいるときには、目上の人だって同じように「年下の相手とどんな会話をすればいいのやら…」と同じように悩んでいるものです。
そこで、「いつもどこで買われているのですか?」と聞かれたなら、「聞かれたことを教える」という役割が明確に決まります。それによって相手も精神的に落ち着くことができ、会話がスムーズになるというわけです。これはまさに、若手社員から目上の人へのサービスそのものですよね。
雑談のポイントは、その内容にあるわけではありません。内容は大したことではなくても構わないのです。ちょっとした会話を交わしたという事実が、ふたりのあいだにある「心理的距離」が縮まったという実感を生み、先に挙げた雑談が持つ多くのメリットにつながっていきます。
■コロナ禍で遠ざかる「心理的距離」に要注意
コロナ禍のいま注意してほしいのは、まさにこの「心理的距離」についてです。コロナ禍以前なら、雑談によって上司や先輩、同僚らとの心理的距離を縮めるチャンスがいくらでも転がっていました。
ところが、テレワーク中となると話は変わってきます。その日の天気やランチのこと、近況報告といった雑談をするチャンスがほとんど皆無です。出社して雑談をする機会が激減していることで、チームのメンバー同士の心理的距離がどんどん遠ざかり、それと比例してチーム力が下がっていると見ています。
そのことを危惧し、新たな取り組みをはじめる企業も出始めました。大手電機メーカーであるパナソニックは、オンライン会議の冒頭2分間を雑談にあてることにしたそうです。それにより、「自分の考えや感情を安心して発言できる」という、いわゆる心理的安全性が担保され、結果的にチームの生産性が向上していくとパナソニックは分析しています。他にも、オンラインでチームのメンバー同士が一緒にランチをとるという取り組みをしている企業もあります。
少し雑談のことから話はそれますが、テレワークの浸透によって、心理的距離が遠ざかることとは別の問題も起きています。それは、同僚が置かれている状況がわかりにくくなっているということです。
社員全員がオフィスに出社していたときには、隣で同僚がかけている電話の話しぶりなどによってなんらかのトラブルに巻き込まれているといったことも周囲にすぐわかりました。そのことに気づけば、「大丈夫?」「どんなトラブル?」というふうに周囲がフォローすることができたのです。
ところが、テレワークではそういったフォローができません。そこで、雑談の時間を設けると同時に、これまで以上に現状を報告し合う時間も必要だとわたしは考えます。
「雑談する機会がなくなっな」と感じている人は、これまでに紹介したような、他社の取り組みなの例などを上司に提案することはできるでしょう。でも、その提案が採用されるとは限りません。上司が雑談の重要性を感じていなければ、それは仕方のないことです。
とはいえ、オンラインで同期会を開くことくらいはできますよね? 所属部署のちがいを超えた同期とのつながり、心理的距離の近さというものも、仕事に対するモチベーションやその先にある成果につながるものです。雑談をしづらくなっているいま、せめて同期のような近い存在との心理的距離を遠ざけることのないよう、雑談の機会をつくってほしいと思います。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人