紙ベースの業務が多い日本では、いまだに多くの企業が作業の効率化を果たせずにいる。日本人特有ともいうべき紙資料への強い執着は、ビジネス業界のみならず官公庁にも当てはまる。
山梨県の富士川町役場では、業務効率化の大きな足かせとなっている紙ベースの業務をAI-OCRとRPAによる一連のシステムで改善、今後へ向けたさらなる適用範囲拡大へ向けて動き始めている。担当者に直接話を伺うことができたので紹介しよう。
住民サービスの品質向上を目指してICTを活用
富士川町は、甲府盆地の南西部を流れる富士川に沿う形で発展してきた町だ。ここでは約1万5,000人の町民が南アルプスを望む肥沃な大地のもとで暮らしている。
「富士川町役場はICTの活用にも積極的で、業務改善のアイデアがあれば若手の意見でも汲み上げる文化があります」と語るのは、富士川町役場 政策秘書課 政策推進担当リーダーの秋山博之氏(以下、博之氏)だ。博之氏は5年前に一度、現部署に担当として配属されており、異動を経てリーダーとなった今、当時の経験を活かしつつ、ICTを活用した業務改善を続けているのだと言う。
「ICTを活用していくにはさまざまな方法がありますが、入り口として生産性が少ない業務を減らすことが第一歩になると考えました」
その観点から、まずは自動化すれば業務効率が良くなる作業を洗い出すところから開始。例えば、用紙を配布して返信してもらった内容をそのまま転記するだけ、といった単純な内容にもかかわらず、時間も手間もかかる作業などが見つかったそうだ。
「保育所の保護者の方にご記入をお願いする個人情報を含む各種書類は、専任担当1名が数日かけて決まった書式へ書き写すという作業です。『間に合いそうもなければ残業もやむなし』ということで、作業が終わってからの再チェックなどを含めるとかなりの労力になっていました」
このほか、ふるさと納税の申し込み内容なども同様に転記するだけの作業だったため、まずはこの2点から業務改善を始めてみようとプロジェクトが動き始めた。
一歩ずつの積み重ねでICT文化を醸成
ちょうどそのタイミングで富士川町役場から相談を受けたのがNTT東日本だ。幾つかのソリューションが浮かんだが、中でも一番相性が良さそうで要件を満たせるシステムが、AIによる自動判別が可能な文書読み取り機能を提供する「AI-OCR」だった。
「ここで読み取ったデータをCSVへ変換し、繰り返しの作業を正確に自動化するRPAによって自動処理を行います。このふたつのシステムで書類の転記を大幅に改善できる見込みが出てきたのです」と博之氏は語る。
AI-OCRを選んだ理由として、機能はもちろんだが、外部との接続に「LGWAN」回線が使えることが大前提となったのだという。
「一般的にはインターネット回線ということになりますが、個人情報を取り扱うシステムだけにセキュリティには万全を期す必要があります。その点官公庁でしか使われないLGWANでしたらセキュアに運用できるので、大きな安心材料となります」
一方、RPAに関しては甲府で事業をおこなっているアドバンステクノロジー株式会社が担当することになった。
「こちらに関しては、導入後の運用支援も視野に入れた契約が可能な点や、富士川町の規模感にあっていた点などを考慮して決めました」と当時を振り返る。
同役場では今回のシステムについて、構想から選定を経て製品が決定してからもすぐに導入というステージには進まなかった。これには幾つかの理由があったのだと言う。
「2020年の夏ぐらいから構想を練り始め、NTT東日本さんとアドバンステクノロジーさんに相談して製品選びを進めましたが、即導入はしませんでした。大きな理由として、きちんとした結果が出るのか、実際の繁忙期にテストをして具体的な数字として可視化したかったからです」
確かに良い製品だからきっと効果が出るだろうと、憶測や簡易テストのみで本格導入してしまうと、実は使いづらいなど、現場の職員に負担ばかりを強いる結果になりがちだ。そこで富士川町役場が選んだ方法は、あえて繁忙期をテスト期間に充てたPoC(概念実証)だった。
数日かけてやっていた作業が実質ゼロに
繁忙期に合わせて、想定している保育所関連とふるさと納税関連の書類をAI-OCR+RPA向けに設定し、準備を進めた関係者一同。最も顕著な繁忙期は12月で、その時期に実際にシステムを稼働させてみると驚くべき結果が得られたという。
「保育所関連の作業に関しては3週間分の書類があったのですが、これについてはベンチマークさえ取る必要がないぐらいあっという間に終わってしまいました」と博之氏は笑顔で語る。
数日間、専任者が掛かりっきりになる必要がある業務が、今回は紙の束をスキャンさせるだけで終わってしまったのだ。ちょうど専任担当者の異動直後で新任となった職員は「忙しいとは聞いていましたが、どの瞬間が忙しいのか分からなかったです」と感想を漏らしたという。
システムの稼働時には前任者にも立ち会ってもらったが「私がやっていた作業はひとつもやらないで済むようになっていた」と驚いていたそうだ。
実際に数値化できたのはふるさと納税の書類で、約500件のベンチマークで1件あたり5分の短縮となり、約40時間の削減効果が得られたそうだ。こちらも数日間必要だったことを考えれば、実働時間換算で5日分以上の時間的な削減につながっている。
「PoC中のベンチマークをみると、町役場全体に波及させたという仮定で概算すると1,200時間、約150日の時間削減が年間で見込めることになります。その分を住民サービスの品質向上に充てられるとすれば、非常に大きな効果が得られるということが実証できました」と博之氏は手応えを感じている。
若手職員に引き継がれるICT活用への道
2021年6月、PoCの結果を受けて本格導入となったAI-OCRとRPAによるシステムは現在、富士川町役場で本格運用へ向けてのトレーニング期間に入っている。
「導入したシステムに効果があることははっきりしましたし、費用対効果もとても優れています。しかし、このシステムを存続させ、さらに業務効率化をしていくのは若手の仕事です」と語る博之氏。
担当リーダーとしての同氏の想いを受け、直属の部下である秋山祐紀氏(以下、祐紀氏)はさっそく動き始めている。
「効率よく今回のシステムを使いこなしていくにはまず仕組みを知らなければ始まりません。まずは、若手職員を集めて今回のシステムの説明会を開いてみました」と祐紀氏は語る。
仕組みが分かれば、どのような作業が自動化できるか、アイデアはどんどん出てくる。そのための知識はなるべく大勢で持っていたほうが適用できる範囲が広がる可能性も大きくなるというわけだ。
「説明会で、実際に私がデモンストレーションをして見せたりしましたが、それを見てさっそくこんな申請書に使えないだろうか、といった相談が来ています」と期待を込めながら話す祐紀氏。
AI-OCRはいわゆる直感型のオペレーションが可能で、読み取る枠内のデータを自分が効率的だと考えるセルへと移動させるのも楽なのだという。
「AI-OCRに関して、操作はとても簡単なので慣れてしまえばイメージ通りの読み込みができるはずです。一方のRPAに関しては専用の知識が必要なので、こちらはアドバンステクノロジー様と一緒にフローを作っていくイメージです」と祐紀氏。
このオペレーションを円滑にするためには、地元事業者の協力は欠かせないことになる。このあたりの先読みの鋭さも経験豊かな博之氏ならではだ。
「あとは、プラスアルファの仕組みがあれば実現できるというアイデアも出てくるでしょう。その時は強い思いをもって相談してくれれば、私を含めて、町長以下上役たちも必ず話を聞いてくれます。もちろん実現性が高いアイデアであれば採用させることもあるでしょう。そういう意味では理解のある組織なので、若手はチャレンジ精神をもってどんどん意見を上げて欲しいですね」と博之氏は目を細める。
「業務効率化が進み、住民と接する時間が長くなるほど良い街になると思っています」と最後に語ってくれた博之氏。
今後もAI-OCRとRPAによる業務効率化はますます進んでいくことだろう。これからも富士川町役場のICT活用を見守っていきたい。