あるテーマについて考えるとき、もやもやと断片的なパーツのような要素がいくつか思い浮かんだとしても、それらを「まとめられない」ということはよくあることです。なぜ考えをまとめることは難しいのでしょうか。また、どうすれば考えをまとめることができるのでしょうか。
大手広告代理店・博報堂で数々のCMを手がけ、現在は博報堂フェローを務めるひきたよしあきさんが、自身の若手時代の経験も交えて「思考の整理術」を解説してくれます。
■思考をまとめる行為は、アウトプットとセット
みなさんにこんな経験はありませんか? 会議の場で他人の意見を聞いたときに、「あ、わたしも同じことを考えていたのに…」と思ったような経験です。ただ、それは本当の意味で「考えていた」とはいえません。
それに近いことをもやもやと考えていたことが本当だったとしても、それらを整理して考えをまとめ、言葉として発することができなかった以上、考えていたとはいえないからです。
つまり、思考をまとめるという行為は、言葉にして話したり書いたりするアウトプットとセットだということです。また、思考には、アウトプットしようとすることでまとめやすくなるという側面もあります。
ただ腕を組んでじっと黙って考えたとしても、なかなか思考はまとまりません。そういったスタイルの思考で思い浮かんだことは、海にふわふわと浮かんでいるたくさんのジグソーパズルのピースのようなもの。
あるとき偶然にもそれらがちょっと集まって、「なにか見えてきた!」と思考したつもりになったとしても、そのようなまとめ切れていない思考は、ちょっとしたことでまたバラバラになって見失ってしまうものなのです。
思考とアウトプットはわけて考えがちですが、アウトプットは、思考をまとめるために非常に重要な行為であり、またアウトプットが思考そのものであるとわたしは考えます。
■一人称を三人称に変えて、「なぜ?」と問う
では、どうすればうまく思考をまとめることができるようになるのでしょう? ここでは、そのための方法のなかで、アウトプットと関連が強いものをいくつか紹介します。先にお伝えしたように、アウトプットが思考をまとめる大きな手助けとなり、アウトプットこそが思考そのものだからです。
まずは「一人称を三人称に変えて考える」というメソッドです。これが有効となるのは、「なぜ?」と問いやすくなるからです。
勉強熱心な人なら、「なぜ?」と5回問う「トヨタ式思考術」のことを知っている人も多いと思います。思考を深め、そしてまとめるためには、「なぜ?」と何度も問うことが鍵のひとつです。
ところが、これがなかなかできない。自分自身の思考について「なぜ?」としっかり問うことは簡単ではありません。たとえば、「わたしはカレーを食べたい」と思ったとします。そのとき、「なぜ?」と問うたとしても、自分から出てくる答えは、「だって、食べたいんだもん!」くらいのものですよね。
なぜなら、「わたしは」と一人称で考えているために、「わたし」の感情が強く出過ぎてしまうからです。
そこで、三人称の出番です。わたしの場合なら、「ひきたはカレーを食べたい」と考えてみるわけです。いわば、一人称ではなく三人称を使った文体の小説を書くようなイメージです。そうすると、自分から少し距離を置いて俯瞰することになるため、感情に揺さぶられることなく前後のつながりのなかで自然と「なぜ?」という言葉が出てくるのです。
ひきたはカレーを食べたい。なぜだろう? ひきたはしばらくカレーを食べていないからだ。昨日は甘いものを食べたために今日は辛いものを食べたい気分だからだ—。といった具合です。このようにして、一人称を三人称に変えるだけで、自然と「なぜ?」と問うことができ、その結果として思考を深めてまとめることができるようになります。
■他人になり切って、「人の頭で」考える
ふたつ目のメソッドは、わたしも博報堂の若手時代に思考のトレーニングとして何度もやらされた「人の頭で考える」というものです。もちろん、これもただ沈思黙考するのではなく、実際に紙に書き出すなどアウトプットすることでより思考を深めてまとめやすくなるでしょう。
たとえば、キャッチコピーを考えるにも、「あのクリエイティブディレクターだったらどう考えるだろう?」と考えてみる。すると、あの人はデザイナー出身だから「コピーが長過ぎる」というだろうとか、あの人はマーケティング志向だから「これではターゲットがあいまいだ」というだろうというふうに思考を広めることができます。
先に、「一人称で考えると、『わたし』の感情が強く出過ぎてしまう」と述べました。それと近いことですが、「わたしの頭」だけで考えると、別の思考が浮かんだとしてもただの自己主張同士のぶつかり合いに終わってしまいます。そうして思考のパターンが決まってしまうのです。もちろん、それでは周囲をあっといわせるような新たな発想を生むことは難しくなるでしょう。
とくに若い人の場合は要注意です。若いうちに自分の思考のパターンを固定してしまうとその後に柔軟な思考をすることができなくなり、ビジネスパーソンとしての可能性を自ら狭めてしまうことになるからです。
そして、考えるための「頭の持ち主」は、考えるテーマとまったくかけ離れた分野の人がいいでしょう。そのほうが、自分でも思いもしなかったような斬新な考えが浮かぶ可能性が高まるからです。
仕事にかかわることについて考えるときは、それこそ有名経営者などビジネスにかかわる人を選びがちですが、自分が知っている人で「こんな考えをするんじゃないのかな」となんとなくイメージできる人なら、芸能人やスポーツ選手でも構いません。
タレントのタモリさんの頭で考えるとしましょう。タモリさんというと、出演番組のゲストに対する「髪切った?」という言葉が有名ですよね。そんなタモリさんなら、「人かものかにかかわらず、きっとビジュアル面には敏感だろう」といったことをイメージできます。その頭で、自分が考えるべきテーマについて考えるのです。
そうしていい考えが浮かんだ、しっかり考えをまとめられたということになれば、そのタモリさんというカードはストックしておきましょう。次に別のテーマについて考えるときも、一度うまくいったカードは力を発揮してくれる可能性が高いからです。そのようにしてどんどん増やしていくカードが、自分にとって大きな武器となってくれます。
■徹底的にターゲットを絞り込んで明確にする
最後に紹介するのは、「ターゲットを明確にする」というものです。
ビジネスパーソンであるみなさんが扱うサービスや商品は、当然ながらターゲットを想定しているはずです。でも、多くの場合、わたしからすればそれらはターゲットを絞り切れていないものです。
アイスクリームを売るとしましょう。そのターゲットが「都内在住の20代後半の女性」だとすると、ある程度明確になっていると思うかもしれません。でも、やはりこれではまだ広過ぎます。そのため、ターゲットの行動などを明確にイメージすることが難しく、ターゲットに向けた戦略を練るための思考をまとめることも難しくなります。
そうではなく、「練馬区の大泉学園在住の27歳の○○さんという女性で、大手町の××銀行に勤めるキャリアウーマンで年収は△万円、激務のために趣味の□□をなかなか楽しめないことに悩んでいる」というふうに架空の人物像を詳細に設定してターゲットを絞り込むのです。
そして、「この人にアイスクリームを食べさせるための手紙を書くとしたら、どんな内容にするか」と考えてみると、必ず見えてくるものがあります。この例なら、深夜に残業を終えた帰りにコンビニで自分へのご褒美としてアイスクリームを買うようなシーンが容易にイメージできます。それだけ、販売戦略を考えるための思考をまとめやすくなるわけです。
しかも、こうしてターゲットを絞り込むと、じつはターゲット以外の人にも伝わりやすくなるという点も大きなメリットです。ターゲットを明確にしている分、アウトプットされたものの熱量が高まっているからです。もっとも人に伝わらないものは、「これって誰に向けていっているものなのかな?」と思われるものです。
もちろん、この方法が力を発揮するのは、サービスや商品の販売戦略といったものだけではありません。企画書を書く、プレゼン資料をつくるといったときも、その先には必ずターゲットがいます。その企画書で落としたいのは誰なのか、そのプレゼンでアクションを起こしてもらいたい聴衆はどんな人たちなのか—。
ターゲットを明確にすることで、その後の思考は格段にまとめやすくなり、その企画書やプレゼン資料はきっと相手に伝わるものになるでしょう。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人