ホンダがフラッグシップスーパースポーツ「NSX」のラストモデルとなる「Type S」を発表した。その生産は2022年12月まで続くとのことだが、後継モデルの発表はない。つまりホンダの、そして日本のスーパーカーの歴史が今、途絶えようとしている。日本産スーパーカーの未来はどうなるのか。Type Sの開発責任者である水上聡LPL(ラージプロジェクトリーダー)とデザイン担当の原大アシスタントチーフデザイナーに話を聞いた。

  • ホンダ「NSX Type S」

    ホンダ「NSX」は「Type S」で歴史に幕を閉じる。これで日本産スーパーカーは終わってしまうのか?(本稿の写真は撮影:原アキラ)

次のスーパーカーは検討中?

――「NSX」は「Type S」で最後とのことですが、スーパーカーの今後については何か計画がありますか?

水上LPL:「次」については今、議論している最中なので、会社的には何も決まっているわけではないのですが、私(=日本で唯一のスーパーカーを作っている人)個人の思いとしてお話します。

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    最後の「NSX」を開発した水上LPL(写真)は、スーパーカーの未来について何を思うのか

水上LPL:スーパースポーツ、そしてNSXをどう考えるか、というのが最も重要だと思います。初代があって、期間があいて2代目が出ましたが、スーパーカーやスポーツカーというものは、どうしても時代に左右されやすいものなんです。そんな中で、今回の決断に至りました。理由としては、排ガスの規制など、やはり環境規制がどんどん厳しくなっていること、あとは、2020年度中に生産しなければならないといったような、見えない決まりもあります。

グローバルでやっていく中でも、たとえばアメリカでは大統領が変わると法規も変わったりして、かなり左右されてしまいます。先行きが見えないんです。「だったら、そこまで考えて開発しろ」といわれるかもしれませんが、その時のベストで作っているので、法規の変更は本当に辛いものがあります。

――具体的には。

水上LPL:今回のフロントバンパーの変更についても、歩行者保護の関係でやり直しがありました。あとはポップアップフードのチューニングのやり直しとか、バンパーの形状については、足払いが起きた時に頭が当たらないようにする(事故の際に歩行者へのダメージを軽減する)など、結構ありました。本来のスポーツカーの役目として必要な部分以外で、作業量として結構なボリュームが発生しました。

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    スーパーカーといえども、環境や安全に関する規制はしっかりとクリアする必要がある

――次のスーパーカーについては。

水上LPL:そんな環境の中にあっても「やっぱりスーパーカー、スポーツカーには魅力があるよね」という考えはありますが、どんなカタチがいいのか。さまざまな選択肢がある中で、NSXはいち早く、他社に先駆けて電動化を果たしました。初代NSXはオールアルミを使った日本らしいスーパーカーとして作りました。そんなことができたのはホンダ製スーパーカーのすばらしいところだったんですが、今の時点で次のスーパーカーはこれがいい、というのは、なかなかいえないと思います。

ましてやマーケットを見ると、エンジンを搭載した高性能なクルマを買っているユーザーの気持ちとして、本当にフル電動のスーパーカーがあったら買うのか? というところも、 まだわかりません。例えば、「F1」好きな人が「フォーミュラE」のレースも観ているかというと、そうでもないですよね(全員うなづく)。

なぜかと考えると、F1のあの突き抜ける音には感動があって、それに走っている姿がすごくリンクするんですね。テレビで観ていてもそうですが、サーキットで観ると本当に興奮します。フォーミュラEは「ヒューン」という音が発生していますが、「ラジコンカーにしか見えないので、あんまり応援する気になれない」といわれてしまうんです。

誰に向かってメッセージを伝えるのか。それを考えないと、スーパーカーはプロダクトにならないと思っています。今は過渡期なので、逆にNSXの役目をきっちりと果たして、一回閉じる、というのはありだと考えています。

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    「NSX」は役目を果たし、いったんは幕を閉じる

――「Type S」は、今のホンダが考える究極のスーパーカーといえますか?

水上LPL:そうです。最高の答えがこれです。

一般のユーザーは、「これがなくなるとホンダは寂しいよね」とおっしゃるかもしません。プロダクトがなくなると、誰も振り向いてくれないという側面はあります。なので、コンセプトカーでもなんでも、煽るわけではないですが、「すごいな」「カッコいいな」「あんなクルマを作っている会社のクルマに乗りたいな」と思ってもらえるようなやり方をしなければいけないと思います。

本当は、Type Sをアナウンスするときに「次に期待してください」というのをほんの少しでも入れられればカッコいいかな、と思っていたんですが、次に何が出てくるのかは、残念ながら決まっていないんです。

  • ホンダ「NSX Type S」

    次の(電動?)スーパーカーについては、計画が動いているけど秘密にしているというよりも、本当にどんな姿がいいか模索しているという雰囲気だった

――NSXというクルマを振り返ってみていかがですか?

水上LPL:初代を開発していたころは、運転が難しいスーパーカーが多かったんです。会社に入って間もないころ、テストでフェラーリ「328」に乗りましたが、座ったらペダルが遠いし、ハンドルもシフトギアの位置もチグハグで、どうやって扱うのかわからなかったくらいでした。ポルシェ「930ターボ」は加速がすごすぎて、後ろ向きのGでシフトに手が届かないといった感じだったことを覚えています。そのため、「フェラーリ使い」「ポルシェ使い」といった人がすごいとされていた時代でした。

そんな中、初代「NSX」は「人間中心のスーパースポーツ」として開発しました。「なんでそんなの(運転しやすくて誰でも乗れるスーパーカー)出したの」とか、いろいろいわれましたけどね(笑)。ただ、最近のフェラーリはすごく乗りやすいですし、もともとポルシェは毎日乗れるクルマとして開発されています。誰でも乗れるので安っぽい、という人もいますが、私はそうは思いません。運転しやすくて、きっちりと集中できる。それを味わうのがクルマの楽しさだ、という世界を提案していければいいと思っています。

――NSXの開発で培った技術は、ほかのホンダ車にも活用できるでしょうか?

水上LPL:開発メンバーはそれぞれの部門から出ているので、難しかった技術を今はまとめているところです。具体的には、電気とエンジンの融合による駆動力の出し方というところがあって、それは“超秘密”なんですが(笑)。遺産としてそれを使うかどうかというのは、時代の流れも関係してくるでしょうね。ただ、時間軸のなかで駆動力をどうやって出していけばいい体感が得られるのかというのは、計算式を入れてできるというものではないですし、それではクルマになりません。そこは、いろいろやった結果のノウハウしかないんです。今回のType Sは、デザインも含めてトータルでやったので、そこが「味」になったのかなと思っています。時代に逆行したやり方だったのかもしれませんが。

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    「NSX」の開発で蓄積できたノウハウはホンダ全体の財産になるはず

一方、「普通ではできないような攻めたデザインになった」と語るのは、原大アシスタントチーフデザイナーだ。

――攻めたデザイン、具体的には?

原さん:例えばカーボンパーツは、普通の樹脂では成形できないような薄い形状にしたり、空気の取り入れについては量だけでなく、どう制御できるか、風の速さとか流れる角度とか、そういったところまで作り込んで最適化しています。ほかのクルマだったら「そこまでやる必要があるのか」というところまで突き詰めました。

その結果としてできた形(フロントエアインテークやリアデフューザーなど)というのはすごく説得力があって、何かオーラのようなものを持っています。それが積み重なったのがType Sのデザインなんだと思います。

機能だけで速くなるパーツをガチャガチャつけただけだと、そこだけが悪目立ちしてしまってイビツになってしまうので、違和感のないクルマのシルエットを作るのがデザイナーの仕事です。今回はハイブリッドスポーツというよりも、純粋にパフォーマンス、速く走るためにというところを強調するデザインになっています。

  • ホンダ「NSX Type S」

    パフォーマンス最優先でデザインがなされた「NSX type S」。各部のパーツからはオーラのようなものが発生している

――次のスーパーカーついてはどうお考えですか?

原さん:今回のType Sは最高到達点というか、集大成のようなものです。「こんなスーパーカーがあったら」というのは常に考えていますが、ただ、それが商品になるかといわれるとそこは違うでしょうし、会社の方針もありますので(笑)。

もともとはモータースポーツ、F1のレースを見て憧れてホンダに入ったので、こういうクルマがなくなるのは寂しいです。どんな形であれ、軽でも、300万円のクルマでも、3,000万円でもいいんですが、「スポーツDNA」みたいなものは残って欲しいですね。スポーツカーの“スポーツ”という概念自体や価値観は変わっていくと思いますが、そこを新しい発想でやれたらいいと思うし、ホンダだったらそういうことができると期待しています。会社も「スポーツカーは一生やらない」とはいっていませんしね。