マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、ジャクソンホール会議とパウエルFRB議長の講演について解説していただきます。


ジャクソンホール会議とは

8月27日、ジャクソンホール会議が開催されました。ジャクソンホール会議はカンザスシティ連銀(※1)が主催する年次シンポジウムで、世界中から中央銀行関係者が集まり、経済情勢や金融政策の課題、新たな政策手段などについて様々な討論が行われます。米国やその他の国の金融政策に関連して重要なメッセージが発信されることがあるので、金融市場は大いに注目します。今年のテーマは「不均等な世界経済におけるマクロ経済政策」でした。

(※1)米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)が傘下に抱える12の地区連銀(連邦準備銀行)のうちの一つ。

当初はワイオミング州ジャクソンホールで3日間にわたって行われる予定でしたが、デルタ変異株の感染拡大によって、昨年に続きオンラインでの1日開催となりました。最初にFRBのパウエル議長が基調講演を行い、それ以外のプログラムは参加者のみを対象とする非公開でした。

パウエルFRB議長の講演

パウエル議長は「コロナ禍における金融政策」と題する講演を行い、「年内にテーパリング(量的緩和の段階的縮小)を開始することが適切になりうる」と述べました。そうした見解はこれまでにもFRB関係者から表明されていましたが、議長自身が語ったのは初めてでした。

パウエル議長は、「雇用と物価の目標に向けての一段の顕著な前進」というテーパリング開始の条件に関して、物価についてはすでに満たしたとし、雇用については前進しているものの、まだ余地があるとの評価を示しました。

講演では現状の雇用情勢に対する評価は短く、一方で物価の評価がその5倍近い長さだった点が注目されました。物価の基準は満たしたものの、足もとで2%目標から上振れしているのは一時的だという点を強調したかったのでしょう。インフレを抑制するために利上げを急ぐべきとのFRB内部の声をけん制したのかもしれません。

「利上げは急がない」

パウエル議長は、雇用の改善が続けば年内のテーパリング開始が適切との見解を示す一方で、利上げを急がないことを明言しました。利上げの条件として「最大雇用に達するとともに、物価が2%に達して、かつ一定期間2%をわずかに上回ること」が既に明示されており、それはテーパリング開始の条件より遙かに厳しいと議長は指摘しました。

議長はテーパリングのタイミングやペースについては明言せず、それらが利上げ開始の直接的なヒントにはならないとだけ述べました。仮にテーパリングを開始するとしても、その先にある利上げ(=ゼロ金利解除)を急ぐつもりはないという意味でしょう。

今後の注目点

雇用の堅調が続けばテーパリングの年内開始はほぼ既定路線となるため、デルタ変異株の影響などで雇用が急速に悪化しないか注視する必要があるでしょう。議長は7月まで3カ月のNFPが平均83.2万人だと具体的な数字を挙げており、それが1つの目安になりそうです。9月3日発表の8月雇用統計が強いものとなれば(本稿執筆時点では未発表)、金融政策を決定する9月21-22日のFOMC(連邦公開市場委員会)でテーパリング開始が決定されるかもしれません。少なくとも金融市場ではそうした観測が高まりそうです。

9月のFOMCでテーパリングの開始が決定されないとしても、FOMC後に発表される「ドット・プロット」(※2)は非常に注目されます。前回6月の「ドット・プロット」の中央値に基づけば、利上げは23年のどこかで開始され、年内2回実施との予想でした。ただし、参加者18人中7人は22年中の利上げ開始を予想していました。9月のFOMCでさらに3人以上が22年中の利上げ開始を予想すれば、市場の利上げ観測も前倒しになりそうです。

(※2)FOMC参加者(パウエル議長を含め現在18人)の政策金利見通しを一人一つの点(ドット)として示したもの。各個人の見解にすぎませんが、市場はその中央値をFOMCの総意と受け取る傾向があります。

テーパリングの開始が決定されるとすれば、それがどんなペースで行われるかが次に重要になります。前回のテーパリングを決定した13年12月のFOMCでは毎月の資産購入額850億ドルを750億ドルに減額することだけが決定されました(結果的にはその後FOMCごとに100億ドルずつ減額し、さらに10月に残り150億ドルをゼロにしました)。パウエル議長は否定しているものの、テーパリングのタイミングやペースは金融市場が利上げ開始時期を予想するうえのでの重要な材料になるからです。