「少なからず」や「少なからぬ」は新聞やニュース、文学作品などで見聞きする機会の多い言葉です。芥川龍之介の『羅生門』の冒頭部分で使われていることを覚えている人も多いかもしれません。
「少なからず」は「少なくない」、つまり「多い」という意味なのですが、「少ない」という意味だと誤解されているケースもあります。
本記事では「少なからず」の正確な意味や使い方、類語や対義語、英語表現などを説明します。間違った意味でとらえていると、思わぬところで意見の食い違いが起きることもあるので、この機会に正しく理解しておきましょう。
「少なからず」の意味
「少(すく)なからず」の意味について、辞書では以下のように説明されています。
すくなからず(少なからず)
―数量・程度などが軽少でないさま。たくさん。かなり。
――デジタル大辞泉
ここから、「少なからず」とは以下の2つの特徴を持つ言葉であることがわかります。
- 「軽少でない」から「たくさん」「かなり」まで、ある程度の幅のある言葉であること
- 「多い―少ない」の二分法でいくと、「多い」に属する言葉であること
「少なからず」の漢字表記
「少なからず」を漢字で書くと、「不少」となります。これは漢文由来の「不ㇾ少」が元になっています。今日では漢字表記を目にする機会はほとんどありませんが、明治時代の文章では一般的に使われていました。
非合理のことにて文学的には面白きこと不少(すくなからず)候。
――正岡子規『五たび歌よみに与ふる書』
この例の中で歌人の正岡子規は、文学というものは合理的・非合理的で見るものではなく、非合理的なものも文学作品としてはおもしろいものが「少なからず」ある、と言っています。
「少なからず」と「少なからぬ」の関係
「少なからず」とよく似た言葉として「少なからぬ」があります。「少なからず」と「少なからぬ」は同じ言葉なのですが、使い方が異なるため、注意が必要です。
「少なからず」の語源となったのは、古語の「少なし」という言葉でした。「少なし」の未然形「少なから」に打消しの助動詞「ず」がついて「少なからず」になりました。『竹取物語』にもこの表現が出てきます。
五穀たちて、千余日に力を尽くしたること少なからず
――「竹取物語」
玉の枝を依頼された職人が、五穀も断って千日あまりも作業を続けて払った労力は「少なからず(=大変なもの)」だった、という意味を表しています。
現代文では「少なからず」は連用形または終止形で、「少なからずいる」のように後ろに動詞が続くか、切れる時に使います。一方「少なからぬ」は連体形で「少なからぬ人出」のように後には名詞が来る場合に使う言葉です。
後ろに名詞がきたら「少なからぬ」、後ろに句読点を入れることができる場合は「少なからず」と覚えておきましょう。
・雨量に危険を感じた人が少なからず集まっていた。
・少なからぬ人が雨量に危険を感じて集まってきた。
「少なからず」の使い方
「少なからず」を使った例文を、量と程度に分けて紹介します。
数量が多いことを示す「少なからず」
「少なからず」を使って、かなりの数や量であることを表現した例文は以下の通りです。
・その説に賛成する人は少なからずいる。
・河原に積み上げられていた土砂が少なからず流されてしまった。
程度が多いことを示す「少なからず」
『羅生門』の中では、下人の心情に、雨が降っていることもかなり影響を及ぼしていたことを「少なからず」を使って表現されています。「少なからず」をかなりの程度であることを表現している記述は以下の通りです。
今日の空模様も少からず、この平安朝の下人の Sentimentalisme に影響した。
――芥川龍之介『羅生門』
「少なからず」の、かなりの程度であることを意味する表現は、以下のように応用することができます。
・ 部下が辞めたことが、私の仕事に対する熱意にも少なからず影響していた。
「少なからず」で言いにくいことも表現できる
「少なからず」は「少なくない」という意味であることから、二重否定と考えることができますが、文化庁は「新しい「公用文作成の要領」に向けて(報告)」の中で、分かりにくくなることがあるので、二重否定は使わないとしています。
しかし、二重否定は直接肯定せず、婉曲に表現する方法として使うことは可能です。「少なからず」という言葉を使うことで、直接的過ぎず、含みを持たせて意味を伝えることができます。
例えば、ビジネスシーンではあいまいな表現を避けた方がいいですが、先方に伝えにくいことを言わなければいけないときに「少なからず」を使うことで、「こちらの言いたいこと」を婉曲に伝えることができるでしょう。
前略
〇月〇日付でご注文賜りました「〇〇」の件につきまして、ご連絡申し上げます。
本日×日付のメールにて「〇〇」の注文取消しのご連絡をいただきました。
しかしながら、すでにご依頼の通り名入れも完了しております。貴社のご芳名を織り込んだ商品であるため、他のお客様への販売も不可能であり、この段になっての突然のお申し出に少なからず苦慮しております。
貴社のご事情もあろうかと存じますが、何卒ご賢察のうえ、当初契約通り、ご購入いただきますようお願い申し上げます。
草々
上記のメールの例文では、取り消しを受け付けられない具体的な理由もふれつつ、抗議の気持ちがむき出しにならないよう、「少なからず」という含みを持たせた表現を使っています。
「少なからず」の類語
「少なからず」の類語には「相当」「かなり」「著しい(く)」などがあります。例文も紹介するので使い方を確認しておきましょう。
相当(そうとう)
「相当」という言葉を副詞として使うと、普通を超えて「かなり」の量や程度であることを表します。
<例文>
- その案に反対している人も相当いる。
- 深夜にも関わらず、相当人出があった。
かなり
「かなり」も「相当」と近い意味で、「非常に」というほどまではないけれども、量や程度が多いまたは大きいことを指します。
<例文>
- かなりの被害が出た。
- 彼は学生時代、かなりできたらしい。
著しい(く)
「著しい(く)」とは、「はっきりと目立つほど」という意味を持つ形容詞です。
<例文>
- ICTの分野で著しい成長を遂げた企業として、新聞に掲載された。
- 著しい人口の減少が見られた。
「少なからず」の対義語
「少なからず」と反対の意味を持つ言葉には、「多少」や「いくらか」があります。
多少(たしょう)
「多少」は副詞として使うと、「若干」のように数量や程度が少ないことを指します。
<例文>
- 多少の遅れとはいえ、遅れたことには違いない。
- 多少のことでは動じない性格だ。
いくらか
「いくらか」は、全体から見てあまり量が多くない時や、程度が軽い時に使います。
- 天気はいくらか持ち直したが、晴天には程遠い。
- 昨日の入荷量に比べれば、今日はいくらか多い。
「少なからず」の英語表現
英語では「少なからず」に相当する二重否定の表現が多くあります。その一部を紹介します。
not a few/little
日本語の「少なからず」に近い表現なのが"not a few", "not a little"です。
1個、2個と数えられる可算名詞については"not a few"を使い、水やお金など不可算名詞については"not a littele"を使います。
<例文>
- There were not a few people who disagreed with him.(彼の意見に反対する人も少なからずいた)
- There is not a little doubt about his performance.(彼の業績には少なからず疑問がある)
considerably
considerablyは「少なからず」や「かなり」の意味を持つ副詞です。
- This requires considerably more effort.(これには少なからず努力が必要だ)
「少なからず」の意味を理解し、含みのある表現を使いこなそう
「少なからず」は、量や程度が「多い」という意味を持つ表現です。「少ないということではない」という構造を持った言葉なので、「少ない」という意味だと誤解しないように気をつけてください。
「少なからず」は二重否定の一種であるため、正確さが求められる場面では、避けた方が無難です。一方、「少ないということではない」という回りくどい表現は、直接的な表現を避けたいときに、含みを持たせて伝えることができます。
ビジネスシーンなどで、「多い」「程度がはなはだしい」ことを直接伝えにくい際に、「少なからず」を使ってみましょう。