現在公開中の映画『犬部!』。犬猫を「1匹も殺したくない」と強い信念を持ち、動物愛護と殺処分の問題に取り組む獣医師の主人公には、実在のモデルがいる。青森の保健所から引き取った、かけがえのない存在となった愛犬・花子の名前を冠した「ハナ動物病院」を営む太田快作さんである。

全力で、人生をかけて動物と向き合い続ける太田さんに密着したドキュメンタリー『ザ・ノンフィクション』「花子と先生の18年~人生を変えた犬~」(フジテレビ・2020年5月放送)のディレクターであり、映画『犬部!』の脚本家でもあるテレビディレクターで作家の山田あかね氏が、太田さんをより深く取材したノンフィクション本『犬は愛情を食べて生きている』(光文社)が発売中だ。

太田さんが、大学時代に外科実習(獣医科大学の実習のひとつ。2000年代初頭は保健所から殺処分予定の犬を引き取り、使用している大学が多かった。最後は基本的に安楽死となる)に異議を唱え、「動物実験代替法」を広めるために全国の大学を回った話をはじめ、現在の“獣医師・太田快作”を作り上げたといってもいい、大きな影響を与えてきた人々と実際に会って取材を重ねたことで分かった驚嘆のエピソードが続く本書。書き上げた山田氏に話を聞いた。

  • 山田あかね氏と愛犬たち (C)スモールホープベイプロダクション

■大学に異議申し立てをして敢行した「動物実験代替法」全国ツアー

――ノンフィクション本と聞くと、手に取りづらいと感じる人もいると思いますが、山田さん自身が驚いたことへのリアクションを素直に書かれていたりすることも手伝って、とても読みやすいです。

実際、驚くことが多かったんです。太田さんの話だけではよく実態が掴めなかったので、色んな人に会いに行って、真相を探っていきました。私としては、太田さんが今こんなに動物のために頑張っているナゾを解いていく、いわばミステリーのようなつもりで取材しました。「なぜそこまでやるのか?」というくらい頑張っているので。それなのに、太田さんはいつも「自分は全然やれてない」と言うんです。「十二分にやってるじゃないですか!」と思ってたんですが、彼が大学時代にやってきたこと、大学を敵に回して闘っていた時代に比べれば、今はそこまで闘っていないと本人は感じるのかなと。

  • フジテレビ『ザ・ノンフィクション』(毎週日曜14:00~ ※関東ローカル) 「花子と先生の18年」より

――大学を敵に回して闘ったことのひとつが、仲間とともに、全国の獣医科大学に動物実験代替法を広めて回ったツアーですね。

今回、太田さんの恩師の星信彦教授(神戸大学)に当時のツアーの資料を見せてもらい、代替法全国ツアーについて詳しく振り返っていきました。動物実験代替法とは、動物の命を犠牲にせずに実習を行う方法のことです。学生が全国の獣医科大学(当時は16)すべてを回って、日本の獣医学教育を変えようとしたんです。日本にも昔の学生運動のように、若い人が社会を変えようとした時代もありましたが、ここ何十年の間は、あまりそうした動きをする学生は少なかったと思います。そんなときに、大学に異議申し立てをして、ほぼ自腹で全国を回った。本当にすごい。

――実際、今はかつてのような外科実習は行われていないんですよね。

太田さんの出身の北里大学では、2018年以降、行っていないそうです。太田さんたちの行動だけで変わったわけではないですけど、日本の獣医学教育を変えたきっかけにはなっている。私は、この取材を通して社会は変えることができるということを知りました。この本で書いたのは獣医科大学の学生の話で、犬猫の話だけれど、広く社会というか、私たち普通の人間も、地道に変えようとすれば、10年かかったとしても変えることができると実感しました。

  • フジテレビ『ザ・ノンフィクション』(毎週日曜14:00~ ※関東ローカル) 「花子と先生の18年」より

■大学入学当初は、動物実験もやむなしと考える理系少年だった

――実は思い込みで、太田先生は孤高の獣医師だと思っていました。それが本書を読んだことで、当然なんですけれど、太田先生も決してひとりでここまで来たわけではなく、学生のころから、色々な人に出会って、影響を受けて来たのだと知ることができました。

太田さんもすごい人ですけれど、要所要所で彼を助けてくれる特別な人と出会っているんですよね。その人たちが手を差し伸べたから、ここまで来られた部分はあると思う。彼がたったひとりで全てを成し遂げたということではない。人を惹きつける人ではありますけれど、そうした人たちに支えられてきたし、今もそうだと思います。

――意外だったのが、「1匹も殺したくない」という太田先生の信念が、子どもの頃からの思いではなかったことです。てっきり小さなころから大の動物好きで、「1匹も殺したくない」という考えのもとで獣医学生になったのかと。

研究者を目指していた理系少年だったんですね。ところが、大学1年の夏休みに北海道での牧場実習に行き、ある出会いで変わる。それまでは、実験で動物を解剖することに燃えていたくらい。解剖すると、「身体のなかはこんな風になっているんだ」と科学者としての喜びを感じてしまうであろう自分がいる。太田さんは、科学者としての自分と、動物が好きだという自分との間で揺れて、ある種、文学的な迷いがあって、すごく葛藤したんです。そこも面白かったです。

――医学のためには生体実験もやむなしと思っていた青年が、北海道の牧場での出会いによって変化していった。

牧場で「獣医学科ということは、外科実習があるよね。外科実習できるの? 実習で動物を殺せるの?」と問われた。そのときの太田さんは「大丈夫です」と答えていた。でもそこで、“動物実験代替法”があると知って衝撃を受けることになる。なぜ牧場の人がそんなことを学生に言ったのか。太田さんは「分からない」と言うので、じゃあ、会うしかないなと北海道へ取材に行きました。その方にお会いすると、乳牛の牧場というのは、牛を飼ってミルクを搾って、消費者に届けるのが仕事ですが、そんなに単純なものではないと知りました。確固とした覚悟があり、葛藤を抱えた人でした。その方に始まり、色々な人にお会いしましたが、出会う人、出会う人ユニークで、強烈な個性を持っている方ばかりなんです。

――現在の太田先生を作ったと言える方々ですね。谷澤動物病院の谷澤院長も、強烈な個性の持ち主です。

あの人はすごいです。私も愛犬がお世話になっていますが、とにかく言葉がキツイ。いつも叱られています。70歳くらいで今も現役ですが、病院に行くと診察室から怒鳴り声が聞こえてきます。まずはびっくりします。めちゃくちゃ元気で強い信念の持ち主です。太田先生のことも「不器用なやつだった」のひと言しか答えてくれなくて、それじゃ、取材にならないんですがと食い下がっても「ひとのことをとやかく言ってる暇はない」と言われて(笑)。

――でもかつて太田先生が動物病院を転々とした後に、フリーで働いていた時期に、谷澤先生は「フラフラしてるなら、うちの病院に来て働け」と受け入れてくれたんですよね。読んでいると、すごくツンデレな先生だなと感じます。

本当にそういう人なんです。今時いない人ですね。ドラマのキャラクターのような人。「太田先生は、谷澤先生のことを尊敬してると言ってますよ」と伝えると「そんなおべっか言わなくていいよ!」とか言うんですけど、『犬部!』の映画チケットを差し上げたら、「こんなもん、観てる暇ねえよ」と言いながら「しょうがねえなあ~」と嬉しそうに受け取ってくれました(笑)。

■愛犬・花子と太田さんとの最後の1週間

(C)スモールホープベイプロダクション

――太田先生と、相棒の花子ちゃんの別れについても書かれています。『ザ・ノンフィクション』でも観ていたのですが、本書でより詳しく知ってさらに泣きました。

花子が倒れてから亡くなるまでの1週間というのは、ものすごくかけがえのない時間でした。最初に倒れたと聞いたのは、夜の11時くらいでしたが、「花子が今夜危ないかもしれない」と聞いて、カメラを持って太田さんの自宅へ行きました。普通、そんな取材は、絶対に邪魔だし、失礼ですよね。でもどうしても撮りたかったんです。そのときは夜中の2時くらいまで太田さんの家にいてカメラを回しました。そこからの数日間、太田さんと、「ハナ動物病院」の看護師さんたちの花子に対する姿勢は、動物が命を亡くすときに敬意を持って接することの美しさを教えてくれました。経験したことのない、とてもとても貴重で美しい時間でした。

――ハナちゃんを不安にさせないように、みなさん笑顔で接していたんですよね。

治療とかじゃないんです。ただ「一緒だよ」という空気を作り上げている。生き物が死ぬときに、こうして送ってもらえたら幸せだろうなと思いました。それは、私が以前飼っていた愛犬を亡くしたときの後悔もあります。とにかく救おうと、あらゆる手段を使って病院を回ってぼろぼろの姿で死なせてしまったので……。太田さんたちは医療でぎりぎり命を伸ばすのではなく、最後の時間を本当に大事にしていた。そこは病院なのに、です。

――なかなか簡単にできることではないですよね。自分は笑顔で見送る自信がありません。

太田さんも陰でこっそり泣いていたそうです。あとで看護師さんに聞きました。それを花子の前では見せないようにしていた。花子が亡くなったのが9月で、次の取材は12月に伺いました。すぐには会いに行けなかったんです。太田さんの気持ちを思うと。3カ月経って、太田さんは、「花子、行っちゃった。でも近くに感じるから寂しくないです」と言ってましたが、顔がげっそりして、寂しそうでした。とにかく、最後の1週間は本当に美しい時間で、私自身の看取りに対する考え方が大きく変わりました。

■ちょっとずつの積み重ねで、社会は変わっていく

ノンフィクション本『犬は愛情を食べて生きている』(光文社)

――本当にたくさんの取材をされていて、太田先生について、日本の動物愛護問題についてなどを考えることができましたし、何より出会いと行動の大切さを感じる本でした。最後にメッセージをお願いします。

ひとりで考えていると世の中って変わっていかないと思って諦めがちですし、実際、そんなに簡単なことではないですよね。でも、ずっと続けていると社会は変えられるんです。私は2010年に愛犬を亡くしたことをきっかけに、動物ものの取材を始めました。2010年度は、年間約20万匹以上の犬と猫が殺処分されていたんですが、今では約3.3万匹(令和1年度)に減っています。

――大きな変化ですね。

そうです。この10年の間に、色々な人たちが少しずつ、少しずつやってきたことの結果だと思います。自分がちょっと動いたくらいでは世の中は変わらないなんてことはなくて、そのちょっとずつの積み重ねで、社会は変わっていくんだと思います。そういった事実を伝えられるのが、ノンフィクションの魅力です。太田さんが獣医学生だったころ、「命を犠牲にする実習をやりたくない」と言ってから、今実際に世の中は変わっている。だからこの本を読んでくださる方には、「もしかしたら自分も何かを変えられるかもしれない」と思って欲しいです。動物愛護に限った話ではなく。私はそう信じています。

■山田あかね
東京都生まれ。テレビディレクター、作家。映画『犬に名前をつける日』、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』の「生きがい 千匹の猫と寝る女」「犬と猫の向こう側」「花子と先生の18年~人生を変えた犬~」、著書『犬に名前をつける日』『犬と猫の向こう側』など、犬と猫をテーマにした映像作品・書籍を数多く手掛ける。本書の太田快作氏が、主人公のモデルとなった映画『犬部!』では脚本を担当し、『映画小説版 犬部!』も発売中。

■太田快作
東京都出身。北里大学獣医学部獣医学科に入学後、当時は今ほど盛んでなかった動物愛護のためのサークル「犬部」を立ち上げる。大学卒業後は、いくつかの動物病院勤務を経て、2011年に愛犬・花子から名前を取った「ハナ動物病院」を開業した。『ザ・ノンフィクション』「花子と先生の18年~人生を変えた犬~」は太田快作氏を追ったドキュメンタリーで、大きな話題を集めた。