永瀬王座ペースで進んだ将棋が一手で急変
永瀬拓矢王座に木村一基九段が挑戦する将棋のタイトル戦、第69期王座戦(主催:日本経済新聞社)第1局が9月1日に宮城県「ホテルメトロポリタン仙台」で行われました。結果は128手で木村九段が勝利。初の王座獲得へ向け好スタートを切りました。
振り駒で先手番になったのは永瀬王座でした。戦型は角換わりになり、凄まじいスピードで進行していきます。
特に早指しが目立ったのが永瀬王座。ほとんど持ち時間を使うことなく、手を進めていきます。木村九段が△3一飛と指した78手目の時点で、両者の消費時間は永瀬王座が25分、木村九段が1時間44分でした。木村九段も十分にハイペースで指していますが、永瀬王座はそれをはるかに上回っています。戦型によっては終局してもおかしくない手数まで、永瀬王座の研究は行き届いているのでしょう。
永瀬王座は79手目にようやく40分程度のまとまった時間を消費して▲7三歩成と着手。この手で昼食休憩に入りました。通常の対局開始時刻である10時よりも早い9時対局開始とは言え、午前中で79手も進行するのは異例のことです。
形勢はわずかに永瀬王座が有利。木村九段の飛車を封じ込めることに成功し、金とと金の協力で着実に木村玉に迫ることができます。
本来なら攻めの軸になるべき飛車が使えなくなってしまった木村九段は、歩を駆使してなんとか攻めの手掛かりを作ります。しかし永瀬王座の丁寧な対応により、なかなか形勢が詰まりません。
それでも木村九段は手段を尽くします。92手目の△9五歩が後の大技につながった、逆転を呼び込む好手でした。すぐに厳しい攻めがある手ではありませんが、その狙いは数手後に明らかになります。
自玉の上部には味方の金・銀・と金がいる永瀬王座。玉を上部に逃げ出し、入玉してしまえば、玉が捕まることはありません。永瀬王座は自玉上部の憂いを消す受けの方針で手を進めていきます。丁寧な受けは永瀬王座の真骨頂ですが、本局は上手の手から水が漏る形になってしまいました。結果論ではありますが、どこかで攻め合いに転じた方が良かったのかもしれません。
端を攻めた効果により、木村九段の眠っていた飛車がついに動き出します。98手目、△9一飛が指のしなる一手。攻めては9筋の突破を見つつ、受けては玉の3一への退路を広げる一石二鳥の手です。
永瀬王座は8五の金の守備力を生かして▲9四歩で飛車の利きを止め、数手後に▲9五金で相手の香を取り除きます。せっかく手数をかけて9筋から攻めていたにも関わらず、飛車の利きはなくなり、香まで取られてしまった木村九段。△9七歩成で香を取り返すことはできますが、局面がスッキリしてしまいます。これで攻めが途切れたか、と思われたその時、逆転の絶妙手が炸裂しました。
それが角をダタで捨てる△9九角!! この手は1分も使わずに指されました。木村九段はかねてから狙っていたのでしょう。これで形勢は一気に木村九段勝勢です。
この角は取るしかありませんが、△9七歩成▲同桂△7七角で王手金取りがかかります。先ほどまでは上部脱出を目指していた永瀬玉ですが、9九に追いやられ、その上9五に馬まで作られては、その望みは絶たれています。
攻め合いに活路を見出すしかなくなった永瀬王座は、と金を寄って木村玉に迫ります。それでも3一に退路があるのが大きく、寄せ合いの速度は明快に木村九段が一手早い情勢です。
ところが、AIが発達した現代ならではのドラマが待ち受けていました。木村九段が勝利するための、言わば手続きを踏んでいるだけに思えた最終盤の120手目、評価値が一瞬永瀬王座優勢になったのです。とは言ってもそれを対局中に認識していたのは、我々観戦者のみ。永瀬王座も木村九段もその手段には気がついていなかったと局後に明かしていました。
結局、幻の逆転手が盤上に現れることなく、128手で木村九段が勝利。苦しい形勢ながらも9筋に活路を見出し、絶妙手△9九角につなげた逆転劇は見事でした。王位に続く、2期目のタイトル獲得へ向け幸先のいいスタートを切りました。
一方、優位に立っている時間が長かったにも関わらず、無念の逆転負けを喫してしまった永瀬王座。本局においては受けの棋風が仇となってしまったようです。
第2局は9月15日に愛知県「西浦温泉 旬景浪漫 銀波荘」で行われます。木村九段が一気の2連勝でタイトル奪取に王手をかけるのか、それとも永瀬王座が逆転負けの悪い流れを断ち切り、タイとするのか。注目です。