スコアは差がついたものの、内容は僅差の濃いシリーズだった
将棋のタイトル戦、お~いお茶杯第62期王位戦七番勝負(主催:新聞三社連合)第5局、▲藤井聡太王位-△豊島将之竜王戦が8月24、25日に徳島県「渭水苑」で行われました。結果は77手で藤井王位が勝利。シリーズ成績4勝1敗で王位のタイトルを防衛しました。
王位戦第4局、叡王戦第4局、そして本局と、両者の対戦は3連続で相掛かりの戦型になりました。
1日目は8筋の主導権を争う激しい展開に。それを誘発したのは藤井王位の27手目、▲7六歩という手でした。8筋は後手の飛車の利きが素通しの局面。前例はしっかりと受けておく▲8七歩でしたが、「▲8七歩も普通なんですけど、▲7六歩と突いてみようかなと思っていました」と藤井王位。予定の進行だったようです。
豊島竜王は銀を四段目に進出してから、△8六歩と垂らしていきます。▲8七歩を省略されたのをとがめにいく、最強の手段です。次に△8七歩成でと金を作られると先手はひとたまりもありません。藤井王位は飛車と角を活用して、後手の飛車の利きを止めようとします。
その後は両者長考合戦。藤井王位は41手目の▲7四歩に121分、43手目の▲5八金に60分考えました。一方の豊島竜王も44手目△4四角に113分、封じ手となった46手目△3三桂には40分の考慮。どのような構想で進めていくのかが難しく、構想力の問われる展開です。
この長考の場面を藤井王位は「7筋、8筋のあたりがこちらの厚みになるか、あるいは傷になってしまうか、際どい変化があるかなと思っていました。▲7四歩にすぐに角交換から△3三桂とかで動かれる手もあるので、考えていても分からない変化が多いという感じでした」と振り返ります。
一方の豊島竜王は「▲5八金で王様が相当堅くなってますし、(後の)▲2九飛の味がいいので、△4四角が良くなかったかもしれないような気がしていました。封じ手の局面で自信がなくなってしまっているので。でも△4四角に代わる手も難しいですかね……。△4四角が良くなかったのか、その前が良くなかったのかは分かりませんけど。封じ手の局面はあまり自信がなかったというか、ちょっと悪いかもしれないと思っていました」と苦しい時間帯だったと明かしました。
形勢が一気に動いたのは2日目が始まってすぐのことでした。
封じ手の△3三桂は2五の飛車取り。藤井王位は▲2九飛と飛車を下段に引き揚げます。豊島竜王が語ったように、この手は先の▲5八金と連動した手。金を上がったことで、飛車の横利きが遠く8筋にまで届いています。
豊島竜王は△8五飛と飛車を走り、ようやく飛車の活用を実現させました。藤井王位は△8七歩成を受けるために、▲8八歩と守りを固めます。1日目から繰り広げられていた、8筋での勢力争いは豊島竜王が制しました。
ところがその代償は大きいものでした。△3三桂は飛車取りの気持ちのいい手ではありますが、3三桂・3二金・3一銀の壁形を形成してしまっています。4二にいる後手玉から見て、左辺への逃げ道が完全になくなっているのです。また、どこかで▲3五歩から桂頭を攻められる順もあります。
ゆっくりしていられない豊島竜王は、△7五銀と角取りに出ました。▲4四角△同歩と角交換になれば、手順に歩が伸びるので△4五桂と跳ねられるようになります。しかし、この手が敗着となりました。
このチャンスボールを見逃す藤井王位ではありません。44分の考慮で▲9七桂と跳ねました。これが盤上この一手の好手で、本局の決め手です。
△7五銀は角取りですが、8五の飛車のひもがついているから成立する手です。▲9七桂で飛車取りをかけ、五段目から排除できれば、角で銀を取り返すことができます。
そうかと言って、後手が飛車を見捨てて△6六銀から大駒を取り合う展開になると、後手陣は前述の△3三桂跳ねの弱点である「左辺への逃げ道がなくなる」がクローズアップされてしまいます。例えば▲8二飛と打たれるだけでも、一気に寄り形になってしまいます。「▲9七桂と跳ねて、△6六銀からの取り合いの変化でこちらの玉が寄らなければ、飛車を取れるのが大きいのかなと考えていました」と藤井王位は振り返りました。
豊島竜王は▲9七桂に対して70分考えた末、△8四飛と引いて銀損を甘受。△6六銀から一直線に踏み込む変化では届かないと判断しました。「△7五銀は相当悪い手だったので、△2二銀とかで辛抱するしかなかった気がするんですけど、でもちょっと(形勢が)悪い気がします。(△8四飛と引くようでは)もうダメにしてしまっています。▲9七桂を跳ねられてはっきりダメにしています。△7五銀に代えて△2二銀と上がったとしても、自信が持てない感じなのかなとは思いますが、そうやっていれば形にはなったかなと思います」と豊島竜王は反省の弁を述べました。
また、大盤解説会場では「封じ手の前に▲5八金と上がられた手がいい手だなと感じていて。その後どう指していいか分からないまま進めていて、封じ手の局面は一晩結構考えたんですけど、あまり思わしい順が見当たらないまま……なんというか……ちょっとうっかりをしてしまって、一番ダメな順に入ってしまって。全然見どころのない将棋にしてしまって申し訳ありませんでした」とファンに語った豊島竜王。失着の△7五銀を指してしまい、▲9七桂に対する70分はつらい時間だったでしょう。
銀得を果たした藤井王位は、その後一切の隙を見せない指し回し。角2枚でなんとか手を作ろうとする豊島竜王のチャンスの芽をしっかりと摘む手堅い進行で、77手という短手数で勝利を収めました。
局後のインタビューで語ったように、1日目が終わった段階ですでに豊島竜王は形勢を悲観していたようです。一晩考えても好転の道が見えないまま対局が再開し、そしてまさかのうっかり。本局の直接的な敗着は△7五銀ですが、対局の当事者としての真の敗因は、その前の構想と形勢の悲観にあったのかもしれません。感想戦では△4四角に代えて△9五歩と突くような順が主に検討されていました。「(△9五歩と)端を突き捨ててから△4四角は候補でした。多分それの方が本譜よりも攻め味があったので、現実的には良かったかもしれません」と豊島竜王がまとめを行って、感想戦は終了しました。
本シリーズは藤井王位が4勝1敗で防衛という結果で幕を閉じました。スコアには差がついてしまいましたが、内容的には僅差の将棋が多いシリーズでした。藤井王位も記者会見の場で「王位戦の対局を振り返ると序中盤でリードを奪われてしまうような展開が多かった。特に2日制の長い対局だと、結構その序中盤の差というのが大きく出てしまって。結構こちらにとって課題が多いシリーズだったのかなと思います」と課題があったと振り返っています。
両者による王位戦七番勝負は終了しましたが、まだ叡王戦第5局という大勝負が控えています。勝った方がタイトルを獲得する重要な一局は、9月13日に東京・将棋会館で行われます。