日産自動車は2021年秋に新型車「ノート オーラ NISMO」を発売する。このクルマの作り込みに携わったのが、NISMO CARSの開発ドライバーを務める神山幸雄氏だ。“トップガン”あるいは“匠”と呼ばれる日産トップランクのドライバーに、オーラ NISMOについて話を聞いた。

  • 日産の「ノート オーラ NISMO」

    「ノート オーラ NISMO」の作り込みではドライビングシミュレーターが大活躍? 開発ドライバーに聞く

――「ノート オーラ NISMO」を作り込むためにテスト走行を重ねられたそうですが、中間加速のチューニングは実際のところ、どのように行われたのでしょうか?

神山氏:加速感のセッティングについては話が長くなってしまうのですが、まず、日産のテクニカルセンター(神奈川県厚木市)にあるドライビングシミュレーターを使いました。大きな設備で、長さ45m、幅15mのレール上に移動式のドームが設置してあり、内部で実車をドライブしながら加減速やハンドリングを体感できる、というものです。

乗ると実際に前後や横のGが発生します。使ってみると、実車の開発に適応できると直感しました。正直にいいますと、それまで日産はこれを積極的に使っていなかったと聞いていましたが、私は「使える」と感じたんです。

  • 日産の「ノート オーラ NISMO」

    「GT-R」(R35)をはじめとする数々のスポーツカーに関わってきた神山幸雄氏は、日産の運転ランクトップとなる「AS」の称号を持つ“神ドライバー”だ。ドイツにあるニュルブルクリンク(有名なサーキット)北コースのラップ数は、実に7,000周以上とのこと

――実際、使えましたか?

神山氏:加速感を担当するエンジニアと一緒にテストを始めたんですが、使ってみると実車の8割~8割5分といった感じの模擬体験ができて、とても効果的でした。

ガソリンエンジンと違って、オーラ NISMOのような電動車はシミュレーターを使ったテストにぴったりなんです。一度プログラムして評価したら、10秒後には次の仕様に変えられるからです。ある意味、休む間もなく乗り続けることにはなるのですが、加速の勾配や大きさ、横軸の時間を取りながら、次から次へと仕様を変えていって、加速度を見る。今回は1,000パターン以上を試しました。その中で「一番いいところはこれだ」というのを選び出して、実車につなげるわけです。

この作業を実車で全て行うとすると、1日あたり3パターンくらいしか試すことができません。ドライビングシミュレーターでは、全ての仕様を3日間でやり切ることができました。セッティングを先に絞り込むことができたので、実車でハンドルを握ったのは2日半くらいです。オーラ NISMOの「NISMOモード」や「ノーマルモード」が、その結果なんです。

  • 日産の「ノート オーラ NISMO」

    加速度だけで1,000パターン以上を試した「ノート オーラ NISMO」

神山氏:ノーマルモードはガソリン車のトルク感に近く、いざというときにグッと加速する。一方のNISMOモードは積極的に走る場合が多いのでGの勾配が高く、しかもそれが落ちずに伸びのある感じに作り込んでいます。パーシャル域ではとても速いと思います。

今回、シミュレーターによるテストがモーター駆動車に効率よく使えることが分かり、しっかりと勉強もできたので、今後の開発には相当、いかせるはずだと確信しました。

――ドライブシミュレーターの内部は、どんな感じなんですか? 『グランツーリスモ』(ゲーム)のような感覚でしょうか。

神山氏:ドームの中にクルマがあるので、孤独との戦いです。オペレーターとマイクでしゃべりながら、「ハイ次」「ハイ次」というような感じですね。「試されているのでは」と思うほど気を張りつめて、疲れるのも忘れてテストしました。普通の人はこれを長時間続けると、三半規管がやられて体調が悪くなると思いますが、私はそこが強いのか(笑)、長時間でも入っていられました。2時間やっては休んで次の2時間、という具合でした。

グランツーリスモと異なるのは、実際にGがかかるところですね。ただ、グランツーリスモの再現性は、かなり高いですよ。私もやってみたんですが、タイムも結構、実際と近いんです。ニュル(独ニュルブルクリンク北コース)をGT-Rで走ったら、実際の私のタイムは7分30秒で、グランツーリスモだと7分40秒でした。

  • 「GT-R」(R35)のNISMOバージョン

    偶然ではあるが、神山ドライバーからは『グランツーリスモ』の完成度の高さについて証言を得ることもできた。写真は「GT-R」(R35)のNISMOバージョン

――せっかくGT-Rの話が出たのでお聞きしたいんですが、これまで神山さんは、どんなクルマに関わっていらっしゃったんでしょうか?

神山氏:直近では「GT-R」(R35)を2005年から2016年まで専任として担当していました。ご存知かもしれませんが、専任というのはそんなに数がいないんです。しょっちゅうニュルにも行っています。

私がニュルに最初に入ったのは1987年で、日産では間違いなく、そして日本人の中でもおそらく最初だと思います。それから毎年、テストで入りました。R35では1日30~35ラップして、それが1週間から3週間続きます。几帳面ではない方なので正確には数えていませんが、トータルで7,000ラップ以上は走っているでしょうね。

VDC(スリップを軽減するビークルダイナミクスコントロール)を見極めるために高速で車体を横向きにしたりもしました。「R34」もやったし、「R32」と「R33」はもう一人の加藤博義がやりましたが、R32のVスペックは私がやりました。

そのほかでは「S13」や「S14」(いずれもシルビア)、「Z32」(フェアレディ)など、当時のFR系は全部です。懐かしいところでは「セドグロ」(FR高級セダンの「セドリック」と「グロリア」)から「パトロール」(大型SUV)まで、何から何までやっています。過去の話をすると長くなりますね(笑)。

――ニュルの7,000周は、ほとんどがガソリン車での走行だったと思います。これからクルマの電動化が進んでいくと、何が変わりますか。

神山氏:使い方だと思いますが、ニュルだとアップダウンが激しくて路面が荒れています。そこにシャシーやブレーキがついていけば、電気の方がレスポンスがいいので出力を上げても十分に走れます。「テスラ」やジャガー「i-PACE」でも走ったことがありますが、電気のいいところが引き出せるはずだと思いました。

積極的に走っても、より速く、気持ちよく、安定して正確に、そして安心して走ることができる。そこは私の経験値があるかもしれませんが、接地性やフラット感、思い通りに動く感覚、それらをEPS(電動パワーステアリング)のチューニングも含めてバランスを取ったのがオーラ NISMOです。「普通、そんなことはできないよ」といわれるようなわがままを、長谷川CVE(チーフ・ヴィークル・エンジニア)らが頑張って聞いてくれたので、私が「いい」と思っているのに近いクルマが出来あがったんです。

  • 日産の「ノート オーラ NISMO」

    「ノート オーラ NISMO」の走りには神山ドライバーも納得の様子だった

神山氏:ニュルの話をしましたが、やはりいいクルマというのは、不整路を旋回したときに綺麗に通過できて、トラクションが抜けないものなんです。GT-Rもほかのクルマもそうですが、開発では「接地性」を大切に考えています。今回はモノチューブ式になった後輪サスペンションが効いていますが、路面の変化に対してしなやかに足が動き、そしてしっかりと収束させているので、結果的に乗り心地が良くなっているんです。今日の試乗で走っていただいた路面よりもっと荒れたところを走ると、より力を発揮してくれるはずです。

社内テストでも、オーラ NISMOはGT-Rに負けないくらい速かったので、ニュルでも十分に走ってくれると思いますよ。