マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国経済の現状と見通しについて解説していただきます。


世界経済は回復基調

昨年春、主要国経済はコロナ・ショックを受けて急激に落ち込みました。ただ、その後は積極的な金融緩和や財政出動によって景気は持ち直し。今年1-3月期には新型コロナの感染拡大やロックダウン(都市封鎖)などを受けて一時的にマイナス成長になる国もありましたが、概ね景気回復基調が続いています。

米国経済はコロナ前水準超え

とりわけ、米国では、昨年6月の大型景気対策を補完する形で、昨年末にトランプ政権が追加景気対策を打ち、今年3月にバイデン政権が家計への一時給付金や失業保険上乗せなどを含むAmerican Rescue Planを実現させました。さらにはインフラ投資やミドルクラス支援を柱とする包括的な経済対策が検討されています。

そうした状況下で、コロナ絡みの企業のサプライチェーンの障害や人材確保の困難などの制約はあるものの、米国経済は今年に入っても高い成長を実現。今年4-6月期のGDP(国内総生産)はコロナ・ショック直前のピーク(19年10-12月期)を超えてきました。

  • 主要国の実質GDP

米国経済に正常化の兆し⁉

8月のミシガン大学消費者信頼感指数は約10年ぶりの水準に低下。7月の小売売上高は大幅な落ち込みをみせました。新型コロナのデルタ株の感染拡大や、一時給付金などの景気対策の効果が薄れつつあることが背景にありそうです。

もっとも、小売売上高は今年3月以降に急増していました。行動制限が旅行・宿泊や外食などのサービス消費を抑制して、小売売上高の対象となるモノの消費に向かわせていたのでしょう。足もとでは、行動制限の緩和・解除によって、モノからサービスへのシフトバックが起きている可能性があります。

  • 米小売売上高

一時金や失業保険上乗せが消費に寄与したのは事実でしょうが、一方で雇用は堅調に増加しており、このまま労働所得が順調に伸びれば、個人消費は支えられそうです。

小売売上高と異なり、7月の鉱工業生産は増加。自動車生産の急増が全体をけん引しましたが、自動車を除いても鉱工業生産は堅調でした。サプライチェーンの障害や労働者不足は引き続き制約要因になりそうですが、徐々に解消に向かうでしょう。

なお、アトランタ連銀のGDPNow(短期予測モデル)によれば、8月18日時点で7-9月期のGDPは前期比年率6.1%と予測されており、1-3月期の6.3%、4-6月期6.5%に続いて高めの成長となりそうです。

今後の注目ポイント(1) 雇用増加とペントアップ需要の発現

米国経済の回復は金融・財政政策に依存したものから、自律的なものへと変わりつつあるようにみえます。

先行きの明るい材料は、一層の雇用増加が期待できること。6月の全米求人数は2000年の統計開始以降初めて1,000万人を超えました。月間の新規採用は670万人だったので、300万人以上のポストが埋まっていない計算です。育児問題やコロナに対する懸念、手厚い失業保険など人材供給の面での制約は引き続き大きいでしょう。それでも、失業保険上乗せの終了(9月初)や学校再開(による育児の負担軽減)によって職を求める人(≒新規採用)は増えそうです。

雇用増加を背景とした所得環境の改善やコロナ禍で増加した貯蓄は、ペントアップ・ディマンド(先送りされた潜在需要)の発現に寄与しそうです。コロナ対策の行動制限により抑制されていた旅行・宿泊や、飲食、ジム利用、観戦・観劇、その他のサービスに対する消費はこれから一段と表に出てくるでしょう。

今後の注目ポイント(2) 金融・財政政策のサポートの縮小

強力な金融緩和や大型の財政出動による経済のサポートは徐々に縮小するでしょう。インフレ率が上振れするなか、中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は債券を購入する量的緩和(QE)の段階的縮小、いわゆるテーパリングの開始を検討し始めています。テーパリングは自動車のアクセルを少しずつ元に戻すイメージで、ブレーキをかけるほどではありません。それでも、テーパリングが市場金利の上昇や株安などの金融情勢の悪化につながれば、景気にブレーキがかかるかもしれません。

一方、財政政策の面では、今春の一時給付金の効果はすでになくなっているかもしれません。そして、失業保険上乗せは9月上旬に期限切れになります。バイデン政権が主導するインフラ投資や包括的な経済政策が実現するかどうか、それらが経済を活性化するかどうかは現時点では不透明です。

今後の注目ポイント(3): ワイルドカード(不確定要素)

米国経済にとって最大のリスク要因はコロナの感染状況でしょう。新規感染者数は大幅に増えていますが、重症化や死亡がある程度抑制されているため、今のところ厳しい行動制限や広範なロックダウン(都市封鎖)は回避されています。ただし、先行きは不透明であると言わざるを得ません。

政府と議会の予算交渉が行き詰まってインフラ投資や包括経済政策が実現しない可能性も無視できません。予算交渉の過程でシャットダウン(政府機能の一部停止)やデフォルト(政府債務の不履行)が起これば、金融市場が動揺して経済にも悪影響を与えそうです。

メインシナリオは緩やかな景気回復の継続だが……

以上を踏まえた上での今後の見通しは、米国の景気回復が現在のやや速すぎるペースから減速するものの、緩やかに続くというのがメインシナリオでしょう。ただし、コロナの感染状況を含めて従来以上に不確実性が大きく、かつリスクは下方向に傾いていると判断できそうです。