「WEST EXPRESS 銀河」紀南コースの運行が始まったことで話題のきのくに線(紀勢本線)だが、京阪神エリアから白浜・新宮方面へ運行される特急「くろしお」も、きのくに線の主役であることに変わりはない。JR西日本は「くろしお」にさまざまな車両を投入しており、現在は「パンダくろしお」という愛称のラッピング列車も走る。
筆者は今年7月、「WEST EXPRESS 銀河」紀南コースの報道公開が行われた後、新宮駅から御坊駅まで「くろしお26号」に乗車した。この日は「パンダくろしお Smile アドベンチャートレイン」を使用しての運行だった。
■外観も車内もパンダ、抜群のインパクト
特急「くろしお」は京都駅・新大阪駅から阪和線・きのくに線経由で運行される列車。国鉄時代から振子式の特急形電車381系を使用し、JR西日本の発足後、パノラマ型グリーン車を連結した「スーパーくろしお」も登場した。その後、振子式の特急形電車283系が投入され、「オーシャンアロー」の列車名で運行されたこともあったが、後に列車名を「くろしお」に統一している。
使用される車両もバリエーションに富んでいる。381系はすでに「くろしお」から引退したが、「オーシャンアロー」こと283系は現在も活躍中。新製投入された287系をはじめ、683系を改造した289系も使用される。287系の3編成(いずれも6両編成)が「パンダくろしお」となった。
これら3編成のうち、「パンダくろしお Smile アドベンチャートレイン」の第1編成はJR西日本の発足30周年と、「アドベンチャーワールド」(和歌山県)が2018年に開園40周年を迎えることを記念し、2017年8月から運行開始。2019年12月に1編成追加され、計2編成となった。「パンダくろしお サステナブル Smile トレイン」はSDGs(持続可能な開発目標)を意識したラッピングを施し、2020年7月に運行開始している。
「パンダくろしお」の運行スケジュールは特設サイトやTwitterで公開されており、「くろしお1・4・25・26号」は「パンダくろしお」のいずれかの編成で毎日運転される。筆者が乗車した日の「くろしお26号」は「パンダくろしお Smile アドベンチャートレイン」を使用しており、パンダの顔をイメージした車体前面はいつ見ても抜群のインパクトだった。車体側面には「アドベンチャーワールド」の動物たちが描かれ、京阪神エリアと和歌山県の各エリアを結ぶ「くろしお」と、和歌山県を代表するテーマパークである「アドベンチャーワールド」をうまく結びつけているように感じる。
車内では、各座席のカバーにパンダがデザインされ、パンダがずらりと並んでいるかのようなインパクトある内装になっていた。運行開始から4年が経過したいまでも、SNS上で話題になることがあり、「パンダくろしお」の人気の高さがうかがえる。
■白浜駅まで乗客は少なく、地元利用者の姿が目立つ
「くろしお26号」は13時29分に新宮駅を発車。筆者は自由席の2号車を利用したが、新宮駅を発車した時点で、乗客は数えるほどしかいなかった。その後、紀伊勝浦駅、太地駅、古座駅、串本駅、周参見駅の順に、きのくに線の主要駅にこまめに停車するが、乗客はなかなか増えない。海沿いを走る区間もあり、車窓風景は素晴らしいが、一方でカーブが多いために特急列車らしいスピードが出せず、もどかしい時間が続く。
「パンダくろしお」に使用される287系は、かつての381系のようにカーブを高速で走行できる振子式の車両ではない。381系と比べて乗り心地は改善されたものの、所要時間は延びている。現行の「くろしお26号」は、新宮駅から終点の新大阪駅まで約4時間20分で結ぶが、振子式の車両が活躍していた1997(平成9)年当時、同区間の所要時間は約4時間10分だった。乗車中の車内では、乗客から「よく止まるなあ」という発言も聞こえたが、しかたない面もあるように感じる。
きのくに線沿線では、道路の整備が進んでいる。大阪府内から南紀田辺ICまで阪和自動車道、南紀田辺ICからすさみ南ICまで紀勢自動車道で結ばれ、すさみ南IC~串本IC(仮称)間の「すさみ串本道路」も2025年に開業予定。Googleマップで調べた限りだが、現在、大阪駅からすさみ南ICまで車で移動した場合、約2時間30分で着くという。すさみ串本道路が完成すれば、大阪市内から串本IC(仮称)まで3時間前後で結ばれる計算になる。参考までに、「くろしお26号」は串本駅から新大阪駅まで約3時間30分、周参見駅から新大阪駅まで約3時間であり、所要時間だけを見ると分が悪い。
そうした現状を反映してか、白浜駅到着まで「くろしお26号」の車内は観光客より地元利用者のほうが目立つ印象だった。所要時間で高速道路に劣るなら、主要駅にこまめに停車し、地元利用者にとって利用しやすい列車にするのも当然といえるだろう。
■白浜駅で多数乗車、観光特急の様相に
「くろしお26号」は15時14分、関西有数の観光地である南紀白浜の玄関口、白浜駅に到着する。ここで観光を楽しんだと思われる家族など多数乗車し、車内は一気に観光特急の雰囲気に様変わりした。約半分の座席が埋まり、ようやく「くろしお」の本領発揮といった印象だった。
白浜駅を15時26分に発車した後、終点の新大阪駅まで停車駅が少なく、速度は80km/h程度になり、それまでののんびりとした走りが嘘のように感じられる。白浜駅から新大阪駅までの所要時間は2時間24分で、車ともほぼ互角の勝負になる。ちなみに現在、社会情勢に伴う運休となっている列車も含め、新宮駅発着の「くろしお」は1日あたり上下各5本しかないが、白浜駅から新大阪駅までおおむね1時間間隔となっている。
和歌山県で2番目に人口が多い田辺市の紀伊田辺駅でも多数の乗車があり、7割ほど座席が埋まった。紀伊田辺駅から和歌山駅まで複線となり、「くろしお26号」も快走。16時6分、御坊駅に到着し、ここで筆者は紀州鉄道に乗り換えるため、下車した。
特急「くろしお」は白浜駅以北の区間でおおむね1時間おきに列車が設定(社会情勢による運休は除く)されており、今後も京阪神エリアと紀南エリアを結ぶ速達列車として活躍を続けるだろう。ただし、昨今のコロナ禍に加え、すさみ串本道路の開通などにより、とくに白浜駅以南の区間において厳しい状況に追い込まれることも予想される。「WEST EXPRESS 銀河」に注目が集まる中、「くろしお」の今後にも注目したい。