慣用句のひとつ「手をこまねく」とは、腕組みをすることで、そこから転じて「傍観する」というのが本来の意味です。しかし今では別の意味で理解する人が半数を超えています。

この記事では「手をこまねく」のもともとの意味や、現在での使われ方について解説。また「手をこまねく」の類語や英語表現も紹介します。

  • 「手をこまねく」の意味を知ろう

    「手をこまねく」には直接的な意味と慣用句としての意味の2種類があります

「手をこまねく」とは

「手をこまねく」にはどのような意味があるのでしょうか。漢字表記や語源も押さえておきましょう。

「手をこまねく」の意味

「手をこまねく」という言葉には、以下の意味があります。

手を拱(こまぬ)く
―(1)腕組みをする。また、考え込む。
 (2)手出しをせず、傍観している。
――『広辞苑 第6版』

辞書では「手を拱(こまぬ)く」の項目に記載されており、「手をこまねく」とも注記されています。そこから元々は「こまぬく」と言っていたのが、次第に「こまねく」になっていったことがわかります。

「こまねく」を漢字で書くと?

「こまねく」を漢字で書くと「拱く」です。この漢字は音読みでは「キョウ」と読み、これを使った言葉に「拱手傍観」などがあります。

拱手傍観(きょうしゅぼうかん)
―手をこまねいて何もせず、ただそばで見ていること。特に重大な事態に直面して、当然すべきことがあるのに、何もしないことを批判を込めて用いることが多い。
――『新明解四字熟語辞典』

「手をこまねく」の語源

「手をこまねく」は元々、「手をこまぬく」という言葉であり、両手を胸元で組み合わせる姿のことを指していました。そこから「腕組みをして何もしない」という意味が派生し、「傍観する」という意味で使われるようになりました。

1914年に書かれた夏目漱石の『こころ』では「拱(こまぬ)いで」とルビが打ってあるのに対し、1918年に書かれた菊池寛の『恩讐の彼方に』では「手を拱(こまね)いて」とルビが打ってあります。

ここから、大正時代には「こまぬく」と「こまねく」の両方が使われていたことがうかがえます。

―私はそうかといって手を拱(こまぬ)いでいる訳にゆきません。
――夏目漱石『こころ』

―実之助は、了海の前に手を拱(こまね)いて座ったまま、涙にむせんでいるばかりであった。
――菊池寛『恩讐の彼方に』

「手をこまねく」を違う意味で受け取る人が増えてきた

「手をこまねく」は、もともと「何もせず傍観している」という意味ですが、今では異なる意味で解釈している人が増えています。

文化庁が令和元年度に発表した「国語に関する世論調査」では、「手をこまねく」の意味を調査としたところ、「準備して待ち構える」を選んだ人の割合が、本来の意味を選んだ人を上回る結果でした。

「手をこまねく」の意味 令和元年度(%) 平成20年度(%)
(ア)何もせず傍観している 37.2 40.1
(イ)準備して待ち構える 47.4 45.6
(ア)と(イ)の両方 4.6 2.9
(ア)、(イ)とはまったく別の意味 3.3 2.0
分からない 7.5 9.4

世代別に回答の割合を示したものが以下のグラフです。

  • 「手をこまねく」の意味を知ろう

    参照:令和元年度「国語に関する世論調査」の結果の概要

この結果から、70代をのぞけば、全年代で「何もせずに傍観している」が少数派となっており、特に20代以下の世代では、大多数の人が「準備して待ち構える」の意味だと理解していることがわかります。

その理由として、「こまねく」の「まねく」を「招く」と理解し、「待ち構える」という意味となったのではないかと推測する説があります。

「手をこまねく」の本来の意味を押さえておくことは重要ですが、実際に使う場合は、相手がこの表現をどのように理解しているのか注意して使うようにしましょう。

  • 「手をこまねく」の意味を知ろう

    「手をこまねく」の「こまねく」を「招く」の意味だと誤解してを使う人が増えています

「手をこまねく」の使い方と例文

「手をこまねく」の使い方を、例文とともに見ていきます。

「腕組みをしているところ」を表す

下記の例文は、腕組みをして考え込んでいるところ、といった意味を表現する使い方です。

いい打ち手が浮かばず、碁盤を前に手をこまねいてじっと考え込んでいた。

同様の表現として、「腕をこまねく」という言葉もよく使われます。

―腕をこまねいて天井を見上げ、思索を続けていくと、おもしろいほど私の決意はまとまる。
――『私の履歴書 放浪の末、段ボールを思いつく』井上貞治郎著 青空文庫)

「傍観する」という意味で使われる場合

「傍観する」という意味で使う際には、批判的なトーンも含まれるので注意が必要です。自分も含む全体に対して注意をうながしたり、客観的に批判があったことを説明したりする場合に使うことはできますが、人に向けることはなるべく避けたい表現といえます。

<例文>

  • 手をこまねいていては、大変なことになってしまうぞ。
  • 無力な私は、手をこまねいているしかなかった。
  • 委員会に対して「手をこまねいていたのではないか」という厳しい批判が寄せられた。
  • あなたはあの時、手をこまねいていたのではないですか?
  • 「手をこまねく」の使い方と例文

    「手をこまねく」は腕組みをして考えているのか、傍観しているのか、文脈で判断が必要です

「手をこまねく」の類語・言い換え表現

「手をこまねく」と似た意味をもつ類語や言い換え表現を紹介します。

傍観(ぼうかん)

「傍観(ぼうかん)」は、「傍(そば)」でみていることを意味します。先に紹介したように「手をこまねく」という意味の「拱手傍観」という四字熟語もあります。

<例文>

  • 激しい口論だったが、これまでのいきさつを知らない私は傍観するしかなかった。
  • 傍観しているなんて、無責任ではありませんか?

座視(ざし)

「座視(ざし)」は「坐視」とも書きます。「黙ってみているだけで手出しをしないこと」を意味し、後に否定の言葉が続く場合が多い表現です。

<例文>

  • 座視するに忍びない。
  • 座視しているわけにはいかない。

手をつかねる

「手をつかねる」は「束ねる」とも書きます。「手をこまねく」と同様に「腕組みをする」と「傍観する」という両方の意味があります。

<例文>

  • 郷里の災害を伝えるニュースを、何もできず手をつかねるばかりだった。

指をくわえる

「指をくわえる」も「手をこまねく」同様、何もできずにみていることですが、「指をくわえる」には傍観しているのではなく、「うらやましい」というニュアンスがあります。「うらやましいと思いながら何もできずにいる」というのが「指をくわえる」の意味です。

<例文>

  • 同僚の成功を指をくわえて見ているしかなかった。
  • 代表が順番に選別されるのを、指をくわえて眺めていた。

「手をこまねく」の英語表現

「手をこまねく」を英語でどう表現するのか、「手をこまねく」がもつ2つの意味から紹介します。

「腕組みをしているところ」を表現する場合

「手をこまねく」の「腕組みをする」という意味に相当する表現としては、「to fold one's arms」が使えます。

<例文>

  • The policeman folded his arms and glared at us.(警官は手をこまねいて私たちをにらみつけた。)

「傍観する」を表現する場合

「手をこまねく」の「傍観する」という意味では、「to look on with folded arms」を使うことができます。「腕を組んだままみているだけ」といったイメージの表現です。

<例文>

  • While they were arguing with each other, I was just looking on with folded arms.(彼らが口論しているのを私は手をこまねいていただけだった。)
  • The situation won’t improve if you just look on with folded arms.(手をこまねいてみているだけでは事態は改善しない。)
  • 「手をこまねく」の使い方と例文

    “to look on with folded arms”を使うと「腕組みしてみているだけ」というニュアンスが強くなります

人によって「手をこまねく」の受け取り方が違うことに注意しよう

「手をこまねく」は、「腕を組む」ことと「傍観する」の2種類の意味があります。後者の意味の場合、特に傍観していることを批判する文脈で使われるケースが多いです。

しかし、近年では「準備をして待ち受けている」ことだと思っている人が半数を超え、若い年代ほどその傾向は高くなっています。

「手をこまねく」を使う際には正確な意味を押さえつつ、間違った使い方をする人も多くいることを理解して、誤解の起こらないようにしておきましょう。