現在テレビ東京ほかで放送中のドラマ『八月は夜のバッティングセンターで。』(毎週水曜25:10〜25:40ほか)。関水渚と仲村トオルがW主演を務める同作は、とあるバッティングセンターが舞台となる。わけあって夏休みにアルバイトをすることになった高校生・夏葉舞(関水)と、「バットのスイングだけで、その人がどんな悩みを抱えているかわかる」と豪語する謎の元プロ野球選手・伊藤智弘(仲村)が、毎回バッティングセンターに現れる悩める女性たちを、「野球論」で例えた独自の「人生論」で解決へと導いていく。
野球少年だったという仲村は、元プロ野球選手役に企画段階から大乗り気だったという。毎回野球レジェンドが出演し、これまでに岡島秀樹、山崎武司、川崎宗則、五十嵐亮太、里崎智也が登場しているが、このことに対しても感慨があったという。今回は仲村にインタビューし、作品やこれまでの野球人生について話を聞いた。
■映画の出演者たちと草野球チームも
——仲村さんも野球少年だったということですが、改めて野球の面白さってどこにあると思いますか?
僕は昭和40年生まれで、野球は今にも増して国民的エンターテイメントという時代だったので、男子は気がついたら皆がやっていたという感じでした。今回のお話をいただいて改めて思ったのは、野球ってとても優しいスポーツだ、ということです。他の球技だと一方的に攻められて負けて終ってしまうこともある。でも野球は試合に出れば必ず攻撃の機会が回ってくるし、打席に立つことができる。
僕が子供の頃、草野球で集まった子供たちに年齢差があって、まだ身体が小さくてあんまり上手じゃない子にもチャンスは巡ってきたし、諦めなければ最終回に大逆転するかもしれない、と思えた。そういうところも、野球の魅力と感じていたんじゃないかと思いました。野球というスポーツのもつ“優しさ”が、ドラマでも女性たちの背中を押して1歩前に踏み出す、そして歩き出すきっかけを与えているのではないかと思います。
——20代の頃には俳優さんたちの草野球チームを作って活躍されてたこともあるそうですね。
当時はいたるところに草野球チームがあって、俳優の先輩で自分のチームを作っている方もいらっしゃいましたし、映画の出演メンバーで即席チームが結成されて、テレビ局の草野球チームと対戦したり……。それで、僕も周りの野球好きに声をかけてチームを結成したんです。
——初戦が16対9で快勝したという噂も聞きました。
その試合は、実はあんまりよく覚えてないんです(笑)。それに、そんなにザラザラと互いに点数が入るのは双方あまり上手くないとも言えますけどね(笑)。印象に残ってるのは、友達のチームの助っ人で出た試合で、1本フェンスを越えるホームランを打ったこと。中学校の3年間は野球部だったんですが「歩いてゆっくりと1塁、2塁、3塁を回ってホームベースを踏むようなホームラン」を打ったことが1度もなかったのが心残りでした。でも、この試合で中学時代に夢見ていたホームランを打てたので、少年の頃にできなかったことを大人になってからちょっとだけ叶えられた気がして、それでとてもよく覚えているんでしょうね(笑)。
——中学の時よりも、俳優になってからの方が運動能力が上がっていたんですか?
役を演じるために必要なウエイトトレーニングや頭を使ったトレーニングを行っていたので、筋力は当時よりアップしていたのだろうと思います。中学3年のときにプロ野球選手になる夢を諦めてしまって、高校時代は部活もせず無気力に過ごしました。同世代の球児は眩しすぎてみていられませんでした。俳優になってからも何度も「野球を続ければ良かったなあ」という後悔がありました。「今更、そんなこと考えてもしょうがないのに」と思いつつも、心の中にそういう思いがよぎったことが何度もあります。
——そう思うくらい、仲村さんにとって野球というのは、大きい存在だったということでしょうか?
それは、もう。14歳の夏に「自分には野球の才能がない」と諦めてしまったとはいえ、14年間の人生のうち10年間ですから、ほぼ全人生をかけてやってきたぐらいのつもりではあったので、当時の自分としては最大の挫折でした。
——そこから俳優になられたからこそ、こういう役もできるというのは、すごいですね。
このドラマでも始球式に参加させていただきましたが、数年前に甲子園でも始球式をやらせてもらったんです。「絶対に立つことはできないだろう」と思っていた場所でボールを投げられるなんて、不思議だなあと思いました。人生どう転がっていくかわからない。今回も元プロ野球選手の役に巡り合って、毎回本当にすごいレジェンドプレイヤーたちがゲストで来てくれて、同じグラウンドに立っている。「こういうこともあるんだなあ、人生って面白いなあ」と思いましたし、「何事も諦めないで前に向かって歩き続けた方が良いんだなあ」ということを感じました。
■レジェンドゲストのアドバイスを伝えたい
——今作では毎回様々な悩みを抱える女性が出てきますが、仲村さんご自身は女性から相談を受けることはありますか?
娘が2人いるので、20数年間、彼女たちの悩みごとと格闘することに奮闘してきたところはあります。今回演じた伊藤は役柄として“頼まれたわけではないのに”首を突っ込んでいくので“昭和の時代に近所にひとりはいたようなお節介親爺”的なキャラクターだと当初は思いました。娘の悩みごとの場合、自分は親なので“お節介”ではないと思いますから「いや、そこ違うんじゃない?」「そのハードル、高いと思い込んでるだけじゃない?」みたいな感じで、自分の方から積極的にアドバイスすることもたくさんあります。
僕は娘たちに関しては責任を取らなければと思っているので、アドバイスしますが、自分のしたアドバイスの責任をとれないと思う人に、何か意見することは躊躇してしまう方です。なので伊藤は、逆を返せば見ず知らずの人の悩みやストレスに対峙できるので素晴らしいとも思います。そして本当にその人のことを考えて、オーダーメイドの話をしているから、毎回相手が前を向いて歩き出せるのではないかという気がします。
——タイトルに「バッティングセンター」と入っていますが、仲村さんご自身はバッティングセンターには行かれてるんですか?
何年も行っていないんですが、この作品に入ることになって「なんで行ってなかったんだっけ」と考えたんです。僕は2度、舞台の再演をやったことがあるんですけど、稽古場に入る前に「自分は初演のときより衰えていないだろうか」と少し恐かったんです。それが実はバッティングセンターに対する思いにも通じているんじゃないか、「あの頃の自分のように打てるだろうか」と思ってしまうから、行かなかったのではないか、と気づいたんです。以前は捉えられていたボールが打てなくなってしまったというような衰えが、自分でわかってしまうのが怖くて、それで足が向かなかったんだと。
でも、(第1話のレジェンドゲスト)岡島秀樹さんから、とてもいい言葉をいただいたんです。撮影現場で「引退して何年か経っていらっしゃいますけど、コントロールは衰えないですか?」と聞いてみたんですが、「リリースポイントが重要なので、ボールを離す場所を間違えなければ、コントロールは衰えない」とおっしゃったんです。勇気が出ました。確かに俺らは昔のような高速の球は投げられないかもしれない、パワフルなバッティングができないかもしれない。だけど、リリースポイントを忘れなければ、コントロールは衰えないらしい。これって仕事にも置き換えられて「大切なことを忘れなければ、俺たちまだまだ戦えるぞ!」と、僕ら世代の仲間たちに伝えたいと思いましたね。
■仲村トオル
1965年9月5日生まれ、東京都出身。1985年に映画『ビー・バップ・ハイスクール』でデビューし、『あぶない刑事』シリーズ、『チーム・バチスタ』シリーズなど、様々な作品で活躍する。本年はドラマ『トッカイ』『ネメシス』に出演。8月22より『密告はうたう』が放送・配信開始となるほか、同日より舞台『ケムリ研究室no.2「砂の女」』が上演予定。『日本沈没-希望のひと-』は10月より放送スタート。主演映画『愛のまなざしを』の公開を11月に控える。 スタイリスト:中川原寛(CaNN)、ヘア&メイク:宮本盛満
(C)「八月は夜のバッティングセンターで。」製作委員会