タイトル奪取と史上最年少三冠に王手をかけた
豊島将之叡王に藤井聡太二冠が挑戦する将棋のタイトル戦、第6期叡王戦(主催:株式会社不二家)五番勝負第3局、▲藤井二冠(1勝1敗)-△豊島叡王(1勝1敗)戦が8月9日に愛知県「か茂免」で行われました。結果は121手で藤井二冠が勝利。タイトル奪取まであと1勝としています。
藤井二冠が先手番の本局は角換わりの将棋となりました。これで本シリーズは3局続けて角換わりに。並行して戦っている王位戦も含めると、両者は5局連続で角換わりの将棋を指しています。
一方、渡辺明名人を迎え撃った棋聖戦五番勝負では、藤井二冠は1局も角換わりを採用しませんでした。藤井二冠が豊島叡王と渡辺名人というトップ棋士二人を相手に、戦い方をがらりと変えているのは興味深いところです。単に時期的な問題で、藤井二冠が有力と見ている戦型が変わったのか、それとも相手によって用いる戦型を変えているのか。いつか藤井二冠の口から語られることはあるでしょうか。
本局は角換わりの定跡形となったため、午前中から猛スピードで進行していきます。定跡が整備されている局面では時間を使わずに進めるというのが現代流です。
手順は異なるものの、本譜は過去に両者の間で指された将棋に合流しました。それは2018年12月に指された第49期新人王戦記念対局。新人王戦で優勝した藤井七段(当時)と、タイトルホルダーの豊島王位(当時)による非公式戦です。結果は藤井七段の勝利。そのときから3年も経たないうちに、両者はタイトル戦という最高の舞台で相まみえるようになりました。
前例のある進行から、先に新手を繰り出したのは豊島叡王でした。58手目に△8五歩と打ったのが新手。唯一の前例である▲藤井聡太七段-△稲葉陽八段戦では、稲葉八段は△3二金と守りの手を指していました。先に歩を捨ててから△3二金としたのが豊島叡王の工夫で、後の△8五桂を作っています。
藤井二冠はこの△8五歩をとがめる構想で指し手を進めていきます。まずは▲8四角と打って相手の桂跳ねを防ぎます。△8五歩▲同歩の交換があったからこそ生じた角打ちです。次いで▲6六桂と桂も打って、相手の銀を敵陣へと押し込めることに成功します。
ただし、形勢は全くの互角。藤井二冠は局後に「本譜▲8四角から玉頭を手厚くしてどうかなと思ったんですけど、ただ進んでみると打った角と桂の働きが弱いので、あまりうまくいっていないのかなという気がしました。その後攻め合いになって、こちらの玉もかなり怖い形が続いていたので、最後までどうか分からなかったです」と振り返っています。
豊島叡王も桂と角の協力で、藤井玉付近に馬を作ることに成功します。さらに△6六香と打って藤井玉の退路を封鎖。これで藤井玉は一歩も動けなくなってしまいました。金か飛車を渡すと一手詰という危なそうな状況です。
ところがここからの藤井二冠の指し回しが絶品でした。上記のように自玉に迫られているにも関わらず、▲3三歩~▲4五桂と反撃に出たのです。危なそうな状況が、本当に危ないのか、それとも見た目だけなのか。それを読み切る藤井二冠の卓越した終盤力が本局でも発揮されました。
豊島叡王も桂を捨て、成香を作って藤井玉に圧力をかけていきます。しかし藤井二冠は慌てません。相手の守りの銀を取った後、さらに金取りに桂を打って攻めていきます。豊島叡王が金を逃がすと一転、▲6八歩と守りに転じました。
成香を取ってしまえば自玉への脅威がなくなる上に、攻め駒として香を使えるようになります。敵陣を修復不能な状態にしてから自陣に手を戻すという、緩急自在の指し回しです。
▲6八歩を打ってからは、相手の攻めに丁寧に対応していく藤井二冠。そしてついに香を取り切り、▲2六香と打って反撃に出ます。飛車と香による縦からの攻めはあまりにも強力でした。最後は相手の馬の位置を変える歩の犠打をそつなく利かし、▲2五銀と金取りに打ったのが決め手。△4五金と桂を取った手に対して▲3四銀とすり込んで、2三の地点が受からなくなった豊島叡王を投了に追い込みました。
第2局では痛恨の逆転負けを喫した藤井二冠でしたが、本局は優位を徐々に拡大していく盤石の内容での勝利となりました。さらに注目すべきは藤井二冠の消費時間です。持ち時間を使い切った後に失着が出て敗戦となった前局の反省からか、本局では持ち時間を終盤まで残して戦いました。その結果、最終的には25分を余らせての快勝となりました。
この勝利で藤井二冠はシリーズ2勝目を挙げ、タイトル奪取に王手をかけました。また、もし叡王も獲得すれば、王位・棋聖と合わせて三冠達成。これは史上最年少記録です。
そのことを局後に問われても、藤井二冠はいつも通りの対応を見せます。「(タイトルまであと1勝と迫った第4局について)これでリーチという形になったんですけど、それは意識せずにこれまで通りの気持ちで第4局に臨めればと思っています。(最年少三冠の記録については)自分としては意識することではないのかなと思っています」と回答。どんなに勝ちを積み重ねていっても、目の前の一局一局に集中し、棋力向上を第一とする姿勢は崩れることはありません。
一方、カド番に追い込まれた豊島叡王は「気持ちを切り替えて頑張りたいと思います」と言葉少なめでした。先手番で戦える第4局を何としてでも勝利して、フルセットに持ち込みたいところです。
注目の叡王戦第4局は8月22日に愛知県「名古屋東急ホテル」で行われますが、その前の8月18、19日には、王位戦七番勝負第4局が控えています。こちらも藤井王位が2勝1敗でリード中。両者による夏の十二番勝負から目が離せません。