旧知のウェブ編集者でロスジェネ世代の氷河(仮名)が家族、マンションのローン、40歳過ぎという条件にもかかわらず突然転職。釈然としない筆者は彼をサポートした、エンワールド・ジャパンの水野歩氏を訪ねることに。
ミドル世代の転職市場の現状を教えてもらい、脳をアップデートした筆者だったが、水野氏が話す氷河の評価と、自分の持つイメージの違いに困惑するのだった……。
40を過ぎても成長したいという意欲
「話して分かったのは、受け答えが非常に丁寧なこと。自身の熱量を外に出すタイプではないですが、物事を俯瞰して冷静に分析し、最適解を導き出せる人だとも感じ取れました」
たしかに、他愛ない会話をしていても、彼が乱暴な言葉遣いをすることはなかったなーと振り返る筆者。ここで水野氏がある指摘をした。
「転職先の代表取締役社長、役員のみなさんと氷河さんが会食する場面を想像したところ、自然に溶け込んで話が盛り上がる様子がイメージできました。それで紹介しよう、と決めたのです」
その企業(つまり氷河の転職先)も、「自分たちが考えるいいもの」ではなく、ユーザーが求めるものを論理的に考え、コンテンツ制作しているそうだ。仕事への考え方も合うだろう、そう直感したと水野氏は説明した。
企業カルチャーは違うので、そこに合う、合わないは大切なこと。氷河の転職先となった企業の経営陣と直接何度も会っている水野氏から見て、そこは問題ないと思ったようだ。そして、もう一つ付け加えることがあると言う。
「40歳になっても『まだまだ成長したい』という意欲を持っていること。以前の職場を『辞めなければいけない事情』がないことも大きなポイントでした」
コンフォートゾーンを抜ける行動力
――成長意欲は分かりますが、「辞める必要がないこと」がポイントなのですか。
「コンフォートゾーンを自分から抜けられる人は、転職に成功する確率が高いのでは? と考えています。業績悪化によるリストラや評価されない、などの外的要因ではなく、『ここではもう成長できない』と考えて転職活動を始める人。もっというと、今の職場から『いてほしい』と思われている間に活動するのがよいのでは? と私は思います」
コンフォートゾーンとは言葉通り「居心地の良い場所」のこと。不安やストレスを感じず、同じことをして、同じことを話し、同じものを見るなど楽で難なく過ごせる場所を指す。逆に、不安やストレスを感じつつも、新たな知見や成長できる場所がラーニングゾーンで、氷河の場合は転職先がそうなのだろう。
「職場の居心地は良かったですよ。自分の希望を言えば、きちんと考えてくる会社でしたから」「新しいことに挑戦したかったのですよね」と、最後に会ったトンカツ屋でボソッと言った氷河の言葉を思い出した。なんてこった! それが理由だったのか……。
聞いた時は「単なる我がまま野郎かよ」と思っていた。あれは本心だったのか、氷河、申し訳ないと思いつつ、彼の行動原理を垣間見ることができた気がする。
フワフワしているようで、きちんと自身のキャリアを考えていたのだろう。筆者の目が節穴だったのだ。
外資系企業、日系企業で年収はどう変わる?
一人で腹落ちし、モヤモヤも解消できたが、ここでミドル世代の転職後の収入について聞いてみたくなった。あわよくば自分も! という邪な気持ちがあったのかもしれない。
「2020年にエンワールド・ジャパンが調査した、『40代の転職による年収の変化』を出したデータがあります」とある資料を紹介してくれた。
「年収の上り幅ですが、外資系企業と日系企業ではかなり差があります。この時の調査データでは、全体で見ると『上がる人』は61パーセントですが、日系企業では47パーセントに留まっています。最近の傾向では、大手の日系企業に転職すれば、横ばいか少し上がるぐらいの印象です」
なお、それ以外に年収に作用する要素として、冒頭で説明してくれたように、40代でスタートアップに挑戦する人が増えていることもあるそうだ。ストックオプションは抜きにすると年収は下がる。この辺りも影響しているのではないか、と水野氏は推測する。
「他の一般的な調査データでは、この結果よりもう少し年収が低いかもしれませんね。エージェントが介在すると、交渉テクニック等で条件面をサポートできるので、良くなることがあるでしょう(笑)」
――そう聞くと転職への関心が高まりますね(笑)。40代の転職に関して、何かアドバイスをもらえますか。
「多くの人は転職するなら、『火中の栗を拾う必要のない場所』を求めます。つまり過去の経験だけである程度の評価をされる環境です。しかし、本来40代はさまざまな経験をしているはずであり、会社の難しい課題に対して先頭に立って牽引する役割が期待されています。自ら率先して、そういった困難な状況に立ち向かおうとする方は残念ながら少数派ですが、そのような方は、経験を活かそうとされていることに加え、まだまだ成長しようとされています。難しいのは、そうした仕事へのスタンスと呼ばれるものをレジュメから読み取りづらいことです」
スペシャリスト、ゼネラリストどちらの立場で転職するにせよ、40代はそれなりのポジションで入社するが、仕事へのスタンスは自分だけでなく、所属する部署にも大きな影響を与える。だからこそ、自分のスタンス、また、新たな環境でも適切にアンラーニングできることを伝える必要がある、と水野氏は助言してくれた。
転職エージェントの見分け方
世の中には転職エージェントは複数ある。厚かましいと思いつつ、「良いエージェントの見分け方」を聞いてみた。
「実績を残しているコンサルタント(エージェント)は、紹介することに対してガツガツしていません。そうせずとも成約して成果を残せているので、必要以上に多くの求人や、転職者のためにならない転職を提案したりする必要がないのです。そういう人を見つけるのがいいかもしれません」
また、「転職希望者に会うこと」「企業を訪問すること」の両面を担当しているコンサルタントがいい気がするとも言います。優先順位が高い職種の求人票を企業は出すが、実はそれ以外の職種も経営層や人事が潜在的に求めていることが多々あるそうだ。ただ、より優先順位の高いものから進めるため、求人票にはなっていないこともよくあるのだと言う。
「企業を訪問するコンサルタントなら、表に出ていない求人に繋がる企業の経営課題を知ることができますし、企業側の『今の声』をダイレクトに拾えているので、よりベターですね」
ちなみに避けた方がいいエージェントは、「とにかくたくさん応募しましょう」と助言するタイプで、選考での書類通過が10パーセント程度の「数打てばあたる」方法を勧めるエージェントには注意が必要だと警鐘を鳴らしている。
「そうした方法だとエージェントの存在意味がありません。少なくとも40~50パーセントは書類通過できるという自信を持って、企業を紹介するのがあるべき姿だと思います」
ミドル世代が面接で求められること
良いエージェントを見つけ、企業を紹介してもらえたとしても、自分の価値が伝わらないと転職できない。最後に30~40代が自分をアピールする際のコツも聞いてみた。
「当然のことですが、『過去の実績、自身の強み、今後それをどう生かしたいか』を自分で説明できないといけません」
これはイマドキの学生なら就職活動でもやっているだろう。ミドル世代の場合、応募する企業の歴史、これからの経営戦略を調べたうえで「自分という人材」が会社や部署でどう価値を出せるかを、自分と企業のベクトルを重ねて説明できることが必要だと指摘する。
「ミドル世代では、企業側も『これくらいはできないとダメだよね』と見てきます。20代であればポテンシャル採用も期待できますが、30代半ばでは通用しません。例えば『強みは何ですか』と聞かれたとします。『私の強みは組織のマネジメントをして、売り上げ規模は10億くらいの営業部のマネジメントに強みを出せます』という回答が許されるのは20代までです」
ミドル世代では、「なぜ、それが可能なのか」を自身の過去の実績や課題解決の進め方、培った経験を根拠に説明してしかるべきだとアドバイスをくれた。
「これができないと、『根拠を出してください、とこちらから言わないといけない人物』と面接官から判断されます。自身の棚卸しが適切なら、結論だけでなく理由や要因を整理でき、きちんと回答できるでしょう。自分を俯瞰する癖を付け、経験がもたらす『具体的な自分の棚卸し』をできれば、採用企業にとってスペシャルな人材になれると思います」
「四十にして惑わず」という言葉はあるが、筆者は日々戸惑うばかりだ。氷河もそうだったのかは分からないが、彼は決断して行動した。願わくは、その決断が良い結果になればよいし、今回の話がミドル世代の転職希望者への参考にもなれば幸いだと思う。
取材協力:水野歩(みずの・あゆむ)
新卒でエン・ジャパンに入社。大阪でリーダー、神戸で支社長、東京で部長を経験。中国北京の合弁会社に副総経理(副社長)として約2年出向。2012年にエンワールド・ジャパン転籍。日系企業向けの採用支援事業部を立ち上げ、日系部門部長に就任。2020年4月に事業開発部部長に就任。