少子高齢化が進むとともに、医療に求められる水準も上がっている日本において、医療従事者にかかる負担は大きい。それは病院で働く人たちのみならず、薬局においても変わらない。そんな薬局にICTを導入することでDXを促し、ひいては日本の医療業界を変革させようとしているのがカケハシだ。

  • 株式会社カケハシ 代表取締役CEO 中川貴史 氏

薬局体験アシスタント「Musubi」とは

カケハシは、日本の医療業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するための取り組みを行っているソフトウェアカンパニー。社名の通り、医療と患者の間をICTによって橋渡しすることを理念としている。そんな同社が2017年8月にリリースしたサービスが、新しい薬局づくりを支援するための薬局体験アシスタント「Musubi」だ。

「薬局はいま変革のタイミングを迎えています。これまでの薬局では"速く、正確に薬を渡す"ことが中心になりがちでした。しかし、2015年に厚生労働省から『患者のための薬局ビジョン』という方針が出されました、薬剤師さんは今後さらに、患者さん一人ひとりにしっかりと向き合うことが求められています。例えば、複数の薬を服用することで副作用などが発生するポリファーマシーや残薬の問題などに対し、より患者さんに踏み込み、寄り添っていく必要があるのです」

  • カケハシが提供する、薬局体験アシスタント「Musubi」

そんな薬局をICTでサポートするために、カケハシは「Musubi」を提供している。薬局が患者の情報を把握するために用いる「薬剤服用歴」(薬歴)をより管理しやすくするとともに、患者とのコミュニケーションを円滑にする仕組みを提供することで、薬局の業務改善と薬剤師の働き方改革、患者の満足度を向上させることを目指している。

画面を見せながら説明を行えるのが大きな特徴で、年齢や疾患、薬剤の種類などを踏まえてパーソナライズされた情報を見せながら、患者とコミュニケーションを取ることができる。またコミュニケーションを取りながらタップした情報はすべて記録され、薬歴の下書きとして自動保存されることも特徴だ。薬歴作成の大幅な効率化により、これまで書類に向き合っていた薬局業務が、"感情に向き合っていく業務"に変わることが期待されている。薬局の業務フローに合わせて設計されたUI・UXはグッドデザイン賞を受賞しており、内外から高く評価されている。

全国規模の導入基盤を構築

「Musubi」は薬局から支持を集めつつあり、順調に導入数を増やしている。ハードウェアに関する対応も行っており、これまでは自社で設置に関する対応を行ってきた。だが、薬局は全国に約6万店が存在しており、さらに都市のみならず、離島にも存在する。導入が進むにつれ、そういった導入支援に直接対応する負担が大きくなっていった。

「当社は基本的にオンライン対応ですが、設置の際は現場に行かなくてはなりませんでした。『Musubi』はネットと接続して利用する必要があり、薬局に設置されたオンプレミスのレセプトコンピュータと『Musubi』を接続する作業が求められるからです。そういった導入・設置に関するテクニカルサポートをスケーラブルに行える体制が必要になっていたのです」

この「Musubi」の導入基盤の構築に名乗りを上げたのがNTT東日本だ。

「NTT東日本さんと組んだ理由として、全国に質の高いサポートを提供できる人員がいること、またカバレッジと機動力が高いからでした。実は導入・設置を他の会社とトライする機会は過去にもあったのですが、実を結びませんでした。ですが、NTT東日本さんは現場にも足を運び、我々の業務フローをしっかり見ていただいた上で、現場にすべてを委ねない柔軟なオペレーションを組み上げてくれました」

薬局にはあまりICTに詳しい方がおらず、導入・設置は業者任せで「ルーターの設置場所がわからない」「ケーブルが絡み合ってどこに繋がっているかわからない」といった現場もあるという。そんな状況でも機転を利かせて、マニュアルに捕らわれない対応を行ってくれたそうだ。

医療業界にDX化を広めていく起爆剤に

こうして2021年5月17日、カケハシとNTT東日本による全国規模の迅速な「Musubi」サービス提供基盤が構築された。中川氏は「Musubi」を全国の薬局に広めることで、医療業界にはどのような影響を与えたいと考えているのだろうか。

「医療業界はIT化が遅れがちな業界であり、薬局で働く薬剤師さんの負担にもなっています。だからこそ、現場のDXが求められる分野であり、そこへいかにスムーズに新しいデジタルツールを届けられるのかが、これからの課題になるでしょう。最終的には薬局のみならず、患者のみなさんが享受する医療サービスの質や内容に関わってくると考えています。『Musubi』がそのような医療業界にDX化を広めていく起爆剤になればと思っています」

現在、薬局のシステムはオンプレミスが中心で、一足飛びにクラウドには移行できない。そんな既存の仕組みと新しい仕組みの橋渡しをしたいというのがカケハシの願いだ。一方で中川氏は、これまでの取り組みから見えてきた課題についても語ってくれた。

「カケハシはソフトウェアを起点とする企業です。ですが薬局に変革をもたらすためには、基幹系システムとのつなぎ込みといったハードウェア業務もあり、設置作業や機器の故障に関する対応など、弊社が注力するべきではない領域はたくさんあります。今後、我々が得意なソフトウェアにリソースを集中してその価値をより高めるためにも、今回の取り組みをきっかけに、パートナーシップをより深めていきたいと考えていますね」

中川氏は最後に、医療における薬局の重要性について述べる。

「薬局は地域の医療インフラのひとつであり、地域医療を支えていくうえで薬局の役割は非常に大きいといえるでしょう。とくに地方においては、薬局の数や在宅医療の距離の関係から、大都市以上に一局あたりの負担が重い状況にあります。地方の薬局の方がより強い課題を持ち、こういったICTサービスに対して積極的な動きを見せているのもこういった事情があるからでしょう。医療は全国津々浦々に広がっているのが特徴であり、だからこそ今回のNTT東日本さんとの連携は非常に心強く感じます」