京急電鉄の象徴といえば何かと考えたとき、音階を奏でるように発車する、通称「ドレミファインバータ」の電車を思い浮かべる人も多かっただろう。しかし機器更新にともない、今夏をもって全編成が「歌い終える」ことになった。

  • 特別貸切イベント列車「ありがとうドレミファインバータ♪」は品川駅から久里浜工場まで運行された

これに合わせ、京急電鉄は沿線の人々の思い出に残る各種イベントを実施。その一環で、7月18日に特別貸切イベント列車「ありがとうドレミファインバータ♪」が運行された。京急百貨店「COTONOWA」会員170名限定で販売されたほか、7月10日に京急蒲田駅で発売された「さよならドレミファインバータ♪ 記念乗車券」購入者のうち、抽選で選ばれた15組30名も招待された。

特別貸切イベント列車「ありがとうドレミファインバータ♪」に充当された車両は、最後まで「ドレミファインバータ」を搭載してきた1000形1033編成(8両編成)。品川駅の3番線に停車しており、泉岳寺寄りの先頭部を中心に、多くの参加者や、見学に訪れたファンらの注目を集めていた。筆者を含む報道関係者らは7号車(後ろから2両目)に着席したが、7号車はモーターを搭載していない車両のため、残念ながら音が小さく聞こえにくい。1000形1033編成では、1・4・5・8号車がモーター付き車両となっており、VVVFインバータの音をよりはっきり聞くことができる。

  • 品川駅3番線に停車中の1000形1033編成。多くのファンらに注目された

列車は9時4分に品川駅を発車した。早速、音階を奏でるようなVVVFインバータの音を鳴らしながら加速。北品川駅までは急カーブのため、ほとんど速度が出ないが、その先は通常運行の列車の合間を縫って走る。「ドレミファインバータ」の音が聞こえるように、途中の各所で停止と再加速を挟みながら、目的地の久里浜工場へと向かう。

通常の快特が停車する京急川崎駅、横浜駅、上大岡駅なども通過。金沢文庫駅で運転停車し、「ドレミファインバータ」を聞くための加減速を挟むものの、久里浜工場までドアは開かない。車内を見ていくと、幅広い世代の人が参加していたが、とくに学生と思われる参加者の一部には、録音機器を床に置き、「ドレミファインバータ」を録音していた人もいた。

通称「ドレミファインバータ」は、京急の創立100周年にあたる1998(平成10)年に登場した2100形で採用され、発車時に音階を奏でる電車として徐々に注目されてきた。2002(平成14)年に登場した新1000形(1・2次車)も「ドレミファインバータ」を搭載し、2100形とともに長く親しまれてきた。

電車を動かすモーターを制御する方式として、VVVFインバータ制御と呼ばれる方式があり、2100形・新1000形ではドイツ・シーメンス製「SIBAS32」(シーバス32)という機器が採用された。インバータの振動によって発生するノイズ(励磁音)を音階のごとく変調するように調整しており、電車が発車する際、実際に音階を奏でるように聞こえる。ちなみに、「ドレミファインバータ」と呼ばれてはいるものの、実際は「♪ファ~ソラシドレミファソ~」というように、低い「ファ」の音階から始まっている。

しかし、2008(平成16)年12月から順次、国産のVVVFインバータに更新されており、2100形・新1000形ともに「歌う電車」の編成は減少。車両そのものは現在も活躍中だが、イベント当日の時点では1033編成以外、すべて音階を奏でることはなくなっている。

「ドレミファインバータ」は京急電鉄だけでなく、かつてJR東日本のE501系にも搭載されていたが、こちらも機器更新にともない、全編成において音階を奏でることはなくなった。

車内放送による解説・進行は、京浜急行電鉄運輸営業部営業企画課の飯島学氏が担当。イベントの行程を説明しつつ、軽妙な語り口で車内を盛り上げた。放送の中で、飯島氏は「京急電鉄としましては、この電車の形式がここまで皆様に愛していただけたということは非常に光栄なことだと思っています」とコメント。放送ごとに次の放送を行う通過駅も案内されたため、その間は電車の走行音に集中することができた。

走行中に行われた囲み取材も飯島氏が対応。記者の質問に対し、飯島氏は「私自身、1998年に2100形を車掌で担当したときに、お客様から音に驚かれた覚えがあります」と乗務員時代を振り返りつつ、機器更新については「音がなくなってしまうのは非常に寂しいことですが、安全で快適な電車を走らせていくことは我々の使命でもありますので、皆様にはご理解いただきたい」と話す。最後に、「ますます我々も沿線の方々に愛していただけるような鉄道になるように、しかけ・イベント・サービスを展開していきますので、これからもご愛顧ください」と今後の抱負を語った。

  • 走行中の1000形1033編成の車内

  • 録音機器を床に置き、音を記録する参加者も

  • 親子での参加も多く、思い思いに楽しんでいた様子

金沢文庫駅では2番線に入り、乗務員交代のための運転停車が行われた。乗務員交代を終え、9時43分に発車すると、ポイント通過がないため一気に加速。「ドレミファインバータ」の個性である音階を奏でつつ、そのまま高速域に達していく力強い加速の音を聞くことができた。参加者らはその音に耳を澄まし、また録音もしていた。

堀ノ内駅、新大津駅、北久里浜駅と通過した後、列車は本線から分岐し、10時2分に久里浜工場に到着した。ここから参加者は、「ドレミファインバータ」を車内および車外から聞く体験と、車両展示会の3班に分かれ、それぞれ20分交代で行動することになった。

  • 堀ノ内駅で浦賀方面と分かれ、久里浜線へ。北久里浜駅を通過し、しばらくして久里浜工場に入る。目の前の本線上を通常運行の電車が行き交う

特別貸切イベント列車に使用された1000形1033編成は、久里浜工場内にて徐行しながら少しの距離を2往復した。加速する際、「♪ファ~ソラシドレミファソ~」の高い「ソ」の音が鳴る速度までゆっくり加速したので、車内・車外のどちらからもVVVFインバータの音を聞き取ることができた。車外では、1・4・5・8号車の床下に設置された「SIEMENS」(シーメンス)の銘板を取り付けた機器も確認できた。

車内にいた参加者たちは録音機器を床に置き、「ドレミファインバータ」の音を録音。車外にいた参加者たちはゆっくり往復する電車にカメラやマイクを向けていた。

  • 車内・車外の両方から「ドレミファインバータ」を視聴。床下機器に「SIEMENS」の銘板も

車両展示会では、留置線に5種類の車両が並んだ。左から順に600形、1000形アルミ車、1000形新造車両、1000形「イエローハッピートレイン」、1000形ステンレス車。ここで並んだ1000形の各編成は、いずれも「歌う電車」ではなかったが、それでも一般利用者が久里浜工場内で車両を撮影できる貴重な機会となった。

  • 車両展示会では、600形と4種類の1000形が並んだ。真ん中は1000形新造車両

3班に分けて行われた各イベントの終了後、休憩場所として使用された食堂では、「ドレミファインバータ」にまつわるクイズを3問出題。パネルに表示された問題に答えた人に、1000形ステンレス車のマスクケースがプレゼントされた。

一方、「ドレミファインバータ」を搭載した1000形1033編成は引き続き工場内のプラットホームに停車しており、電車のすぐ隣で記念写真を撮影しようと、参加者たちが列を作っていた。この日は非常に暑かったが、家族で記念撮影を行い、電車の横で満面の笑みを見せるこどもたちの姿が微笑ましかった。

12時15分になると、全員が1000形1033編成の車内に戻り、最後に2往復、「ドレミファインバータ」の音を聞く時間が設けられた。その後、久里浜工場を出て、12時53分に京急久里浜駅に到着。イベントは解散となった。ここまでの行程の途中、「ドレミファインバータ」の音がよく聞こえるように冷房が切られる場面も。皆それを受け入れ、静まり返った車内で「歌う電車」のフィナーレに聞き入っていた様子だった。

  • クイズに答えた人にマスクケースのプレゼント

  • 電車と一緒に記念撮影を行う参加者も多かった

  • 最後の最後まで「ドレミファインバータ」を楽しんだ

なお、「ドレミファインバータ」を搭載した1000形1033編成は、特別貸切イベント列車として運行された7月18日以降も営業運転を継続していたが、更新工事にともない7月20日をもって音階を奏でる電車としての運行を終えたとのこと。今後、「ドレミファインバータ」のサウンドを楽しめるコンテンツを検討すると京急電鉄は発表している。