コロナ禍を経て、コミュニケーションのあり方が大きく変わろうとしている。さまざまなソリューションが登場する中、これらをどのように使い、どういったマインドで運用すべきなのか。IT全盛の時代に求められるコミュニケーションについて、有識者に伺っていきたい。

今回は、Amazon Web Services(AWS)の日本法人第1号の社員として2009~2016年まで活躍し、現在はパラレルマーケター/エバンジェリストとして活動している小島英揮氏のガレージオフィスを訪問した。コミュニティマーケティングの第一人者といえる小島氏が、コロナ禍を経た現在のコミュニケーションをどのように捉えているか伺ってみた。

  • パラレルマーケター/エバンジェリスト 小島秀揮氏

    パラレルマーケター/エバンジェリスト 小島英揮氏

「近くの人ともオンライン」が一番大きな変化

「新型コロナウイルスの流行を受けて、コミュニケーションはオンラインやリモートを前提とした形にシフトしています。感覚的には10年分ぐらいの変化が一気に来たと言えるでしょう。これまでは対面がメインで、オンラインはサブもしくは非常時の手段であり、どちらかといえば失礼に当たることでした。しかし、ここ1年の間に『非常時以外はオンラインで済ませるのがちゃんとした会社』という扱いになりましたよね。いわば、ゲームのルールが変わったんです」

小島氏は、この1年で起こった変化について話を始める。コロナ禍で急速に浸透したリモートワークだが、実は、前提条件となるテクノロジーの環境は過去10年ぐらいでおおよそ揃っていたという。その環境とは「デバイス」「ネットワーク」、そしてオンラインコミュニケーションの三種の神器「チャット・Web会議・SNS」だ。

「デバイス」の代表例は、すでに誰もが持ち歩くようになったスマートフォン。いまでは必要な情報も連絡先もコミュニケーションもすべてがここにある。「ネットワーク」は5Gが普及を進めているが、個人が利用するぶんには4Gでも十分な速度が実現されており、価格も大きく下がっている。

そして「チャット・Web会議・SNS」。近年はプライベートでもビジネスでもチャット利用が増加した。Web会議も「Zoom」などさまざまなサービスが登場している。そしてSNSでは「Facebook」「Twitter」などが当たり前の存在になっている。小島氏は、このSNSの普及こそ、コミュニケーションを考える上で非常に重要なポイントと話す。

「例えばビジネスミーティングで会い、そしてFacebookで繋がったとします。すると、その次に会うのが2年後でも全然違和感がないんです。SNSで繋がっていれば、その間なにをしていて、どんな人と話したか、情報が入ってくるからです。お互いの近況アップデートを負担なく、自動的にできるようにしたSNSの価値は高いと思います」

こういった十分な素地があった上で、ドンと背中を押されたのがコロナ禍。だからこそすぐに変化が起こった。「この変化は不可逆であり、もう対面(=オフライン)ファーストには戻らない」というのが小島氏の考えだ。

「これまでオンラインのコミュニケーションは"遠くの人"とやるものでしたが、コロナ禍を経て"近くの人"ともやるようになりました。コミュニケーションがオンライン・ファーストに変化したわけで、パラダイムシフトですよね」

  • 近くの人ともオンラインでコミュニケーションを行うようになったことがコロナ禍での最大の変化だという

    近くの人ともオンラインでコミュニケーションを行うようになったことがコロナ禍での最大の変化だという

コミュニティに参加して外のモノサシを持つ

コミュニケーションに大きな変化が訪れたコロナ禍。とくにビジネス面でその影響は大きい。いま、組織ではどのような問題が起こっているのだろうか。小島氏の考察を伺ってみたい。

「すでにできあがっているチームやプロジェクトは、案外うまくオンラインにシフトできていると思います。難しいのは、これから始まるプロジェクトのキックオフや、新しいメンバーのオンボーディングです。これらをオンラインでまとめるトレーニングを受けている人はほとんどおらず、まだ社内にロールモデルがいないんです。裏返すと、このスキルを掴んだ人が次のステージに行けるんでしょうね」

では、そのスキルを得るためにはどうしたら良いのだろうか。小島氏は「社外のネットワークがこれからのカギとなる」と述べる。そのために必要となるのが、外との接点を持つことだ。コミュニティに参加し、外のモノサシを持つことこそ、水平方向のコミュニケーションに欠かせない。

「オンラインが前提になってから、コミュニティに参加するハードルはすごく低くなりました。以前は実際に勉強会の場に行かなくてはなりませんでしたから、ハードルは高かったし、トラブルの可能性もありました。でもオンラインならホッピングもしやすく、たくさんのコミュニティに出入りできます。一発でドンピシャなコミュニティに入れることはそうそうありません。出会いの場は多いほうが求めているものにたどり着きやすいのです。そもそも、自分が何と出会いたいかなんて最初は無自覚ですよね。経験を通して自覚していくんです」

コミュニティは、経験の数がクオリティに繋がるという。まずは関心のあるテーマを扱うコミュニティに顔を出してみて、多様な意見を聞くことを小島氏は勧める。

  • 小島氏は多くのコミュニティに参加し外との接点を持つことを若いビジネスパーソンに奨める

    小島氏は多くのコミュニティに参加し外との接点を持つことを若いビジネスパーソンに勧める

小島氏がコミュニケーションで心がける3つのこと

コミュニティマーケティングに携わり、さまざまな人たちと交流し、顧客の拡大を実現してきた小島氏。同氏は、ビジネスコミュニケーションにおいて3つの点を心がけているという。

「1つ目は、ビジネスプロトコルを合わせることです。Amazonでは、チームによって服装がまるで異なります。例えばメーカー担当は背広にネクタイ、出版の人はトラッド寄りなんですよ。相手に合わせることでコミュニケーションを円滑にする、それがビジネスプロトコルです。私はアーティストではないので服装で主張する必要はなく、コミュニケーションを目的としていますから、昔から自分を相手のゾーンにもって行くことを意識しています」

これはオンラインでも同じで、これからは相手の画面に映る映像や聞こえる音声がビジネスプロトコルになるという。Web会議でのカメラの映像や背景、マイクの音質に気を使うことで、仕事がやりやすくなるそうだ。

「2つ目は、逆説的ですがオフライン重視の場を必ず持つことです。同じ時間で相手から得られる情報量が圧倒的に違います。コンテクストを共有したり、合意を形成したりするには、やはりオフラインの場が有効です。また、オンラインは『ひとつの会話と聞いている大勢』という形になりがちですが、オフライン複数会話が同時並行で成り立っており、他の会話にジャンプインしたりできます。ものすごく多面的な場なんですよね」

オンライン全盛の時代であっても、コミュニケーションのすべてをオンラインで行うのは非常に難しい。オンライン前提の時代であっても、要所要所で実際に対面する場を作っているという。

「3つ目は、公私混同です。知り合った方と飲みに行くことがあれば、バイクで走りに行くこともあるけれど、どこからがビジネス、ここからはプライベートという区分は自分の中にはあまりないのです。プライベートで親しい人の方がエンゲージメントは高いし、そういう人とする仕事はうまくいくんですよ。コンテクストの共有もしやすいですし」

若いビジネスパーソンほど、ビジネスとプライベートをキッチリ分けたいと考える人は多い。だが世の中はそれほどはっきりとした二面性ではできていない。友達と仕事を始めることもあるし、仕事で出会った人が生涯の友になることもある。「分けてしまうのは可能性を捨てているように思う」と小島氏は語る。

「終身雇用の時代であれば、仕事とは会社の中のやりとりがメインでした。ですが今は、自分が別の会社・業界に転職することもあれば、相手が転職してくることもある。いつ一緒に仕事をするか分からない以上、切り分ける理由がありません。もちろん、気に入らない人と繋がれと言っているわけではないんです。『ビジネスとプライベートはもっと渾然一体としていて、はっきりと分かれた2つの世界で成り立っているわけではない』ということを知ってほしいと思いますね」