マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、金融市場の近況について解説していただきます。
金融市場では、「ゴルディロックス」というユーフォリア(高揚感)が再び支配的になってきました。
ゴルディロックス相場
「ゴルディロックス」とは、もともと英国の童話にでてくる少女の名前。留守中の熊の家に入り込んだ少女の飲んだスープが、熱すぎず、冷たすぎず、ちょうど良かったという話にちなんでいます。転じて、金融引き締めが必要なほど景気が過熱しているわけでもなく、また企業利益が打撃を受けるほど景気が冷え込んでもいない状態。すなわち、株価にとって非常に良い環境であることを指します。
新型コロナの感染拡大によって世界経済に急ブレーキがかかり、昨年3月には株価が大幅に下落、いわゆる「コロナ・ショック」が発生しました。これに対して、米国のFRB(連邦準備制度理事会)をはじめ主要な中央銀行は強力な金融緩和を実施。さらに各国政府は思い切った財政出動に踏み切りました。その結果、世界経済は劇的に回復。その一方で、金融政策や財政政策のサポートは続けられたので、株価も大きく反発しました。まさにゴルディロックス相場でした。
金融政策の潮目に変化!?
今年に入ると、状況にやや変化が出てきました。一部の国でコロナの行動制限の緩和が進み、景気回復が強まる一方で、サプライチェーンの障害や原材料不足などからインフレ圧力が強まりました。FRBなどは「インフレ率の上振れは一過性」との見解を表明していますが、市場では強力な金融緩和の正常化に向けて早晩動き出すだろうとの観測が強まりました。そうした状況下で、米国の長期金利は大幅に上昇し(=長期国債の価格は大幅に下落し)、今年3月には「コロナ・ショック」前の水準に到達しました。
6月中旬には、FRBが金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場委員会)が開催されました。FRBはそれまでFOMCの声明で、「雇用と物価の目標に向けて著しく前進するまでQE(量的緩和)を続ける」と宣言しており、少なくとも23年末まで「ゼロ金利」を継続することも示唆していました。しかし、6月のFOMCでは23年末までに2回の利上げを実施する可能性が示唆されました。
マーケットの楽観とFRBの懸念
もっとも、米国の長期金利は3月末にピークをつけ、それ以降は低下傾向が続いています。7月2日に発表された6月雇用統計はさほど悪くない内容でしたが、FRBの動きを後押しするほどでもないとの理由からか、長期金利は約2カ月ぶりの水準に低下。同じ日にNYダウ株価指数は終値ベースで過去最高値を更新しました。あたかもゴルディロック相場が戻ってきたかの動きでした(※)。
(※)本稿執筆の前日8日のニューヨーク市場では長期金利が一段と低下、NYダウは一時マイナス500ドル超の大幅下落となりました。コロナ変異株の感染拡大が景気回復に水を差すとの観測が背景です。コロナを巡る状況は今後もウォッチする必要がありそうです。
ただし、6月FOMCの議事録には、FRBが金融正常化の準備に着手したと類推できる記述もあります。例えば、「大多数の参加者はインフレのリスクが上方に偏っていると判断した」、「何人かの参加者はQE縮小を開始する条件が以前の想定より早まると予想した」、「数人の参加者は利上げ開始の条件が3月時点の想定より早くに満たされるとの見通しに言及した」、などです。
マーケットの楽観は修正を迫られるか
もちろん、変異株の感染拡大などによって景気が再び減速すれば、QE(量的緩和)の縮小や「ゼロ金利」の解除など、金融政策を正常化する動きもストップするでしょう。また仮に、FRBが金融政策の正常化を進めるとしても、その前提条件は景気回復の持続やインフレ率の高止まりであり、金融市場、とりわけ株価にとって必ずしも悪い環境ではないはずです。
ただ、足もとの金融市場が金融緩和の長期化、ゴルディロック相場の継続を当然のように織り込んでいるとすれば、どこかで修正を迫られるかもしれません。