2015年6月の開始から間もなく6年というタイミングで、Apple Musicがリニューアルされた。その柱となるのが「空間オーディオ」のサポートと、楽曲カタログ全体が「ロスレス」および「ハイレゾ」に対応すること。iTunes Storeを含め、これまで非可逆圧縮(ロッシー)のAACのみ扱っていたところが、Apple Lossless(ALAC)を利用したロスレス/ハイレゾ配信をスタートするというのだ。
空間オーディオは再生機構が大きく異るため別の機会に譲るとして、短期連載第1回の今回は「ロスレス」と「ハイレゾ」について説明してみよう。どちらも左右2chのオーディオ信号を両耳に届けることで音に奥行きを感じさせる、長年慣れ親しんだステレオ再生を前提とするオーディオフォーマットだ。うまく使いこなし、我々の音楽体験をより豊かなものにしよう。
ロスレスのほうが音質的に有利な理由
オーディオ分野に限定していえば、ロスレスとは「含まれる音楽信号を完全なオリジナル(ビットパーフェクト)に復元できる圧縮フォーマット」をいう。一方、データ圧縮/エンコード時に一部の情報を切り捨て圧縮効率を高めているMP3やAACなどのフォーマットはロッシー(非可逆圧縮)と呼ばれ、FLACやALACなど圧縮処理は行うが情報の切り捨てを行わないロスレス(可逆圧縮)と明確に区別される。
両者が区別される理由は、データ量にはさておき「音(質)」が違うからだ。ロッシーフォーマットが一部の情報を切り捨てているとはいえ、人間の耳には聞こえないとされる部分なのだから大して影響ないのでは...という声が聞こえてきそうだが、それは違う。
たとえば、音楽CDが1枚あるとしよう。記録されているのは無圧縮のPCMデータ -- サンプリングレートは44.1kHz、量子化ビット数は16bit --、それをロスレスとロッシーそれぞれでリッピング(エンコード)する。エンコードするのは、データを圧縮しファイルサイズを小さくするためだ。そしてロスレス/ロッシーとも再生前にはPCMデータへ戻す処理(デコード)を行うが、ロスレスは再生時にオリジナルそのままのPCMデータに戻り、ロッシーは若干情報が失われた"似て非なる"PCMデータとなる。要は、エンコード/デコードに伴う情報喪失の有無が音質差として現れるということなのだが、人間の聴覚はかなり繊細なもの、聞き慣れたCDであれば違いに気付く人は少なくないはずだ。
プラシーボなのでは? と疑ってかかる前に、参加する楽器/音数が少ない、できればアコースティック楽器が主体の曲で試していただきたい。なにかの製品に付属してきたヘッドホン/イヤホンではなく、アンプやスピーカーからなるステレオセットのほうが望ましい、それも"音がいい"と評判のワイヤレスではないオーディオシステムで。高い再生能力があるオーディオシステムでないと余分な要素が入り込んでしまい、楽器や声の質感、音場の広がりといった微妙なニュアンスをうまく再現できないからだ。
そして、いちど質の違いに気付いてしまうと元に戻ることは難しい。贅沢を覚えると元の生活レベルに戻れないとはよく聞く話だが、オーディオにはその法則がピタリ当てはまる。新しいApple Musicも、まずは従来の音質(ロッシー/AAC)とロスレスを聴き比べることから始めるといいだろう。
ハイレゾのほうが音質的に有利な理由
デジタルオーディオでは、PCMデータ(≒音楽CDに収録されたデータ)が原音であり音質としてはベスト、圧縮しても完全に元通りに復元できるロスレス(FLACやALAC)がそれに準じ、数段下がってロッシー(AACやMP3)、という認識が一般的だ。なお、DSDというPCMとは別方式のデジタルオーディオフォーマットもあるが、話が複雑になるのでここでは置いておく。
そしてデータ量という観点からより有利なのが「ハイレゾ」だ。ハイレゾとはHigh Resolution、すなわち高解像度のデータを意味し、データ量が多いぶんいろいろな音の情報を伝えることができるとされる。一般的にはロスレスフォーマットでサンプリングレートが44.1kHz以上、量子化ビット数16bit以上のもの、たとえば「96kHz/24bit」や「192kHz/32bit」の楽曲データをハイレゾと総称している。
つまり、ロスレスかつ音楽CD以上のデータ量であることがハイレゾの条件となっているわけだが --「ハイレゾ」はJEITAや日本オーディオ協会により定義されているがここでは触れない --、ただデータ量が大きければいいというわけではない。カバーするサンプリングレートが大きいほうが有利な面はあるものの、むしろ重要なのは量子化ビット数(ビット深度)の部分だ。
量子化ビット数とは、アナログ信号をデジタル信号に変換(AD変換)するとき、信号の振幅を何段階で表現するかを示す値のこと。値が大きいほど音の振幅を細やかに表現し元のアナログ信号波形に近づけられる、言い換えれば解像感高く緻密な音を再生できるということになる。4bitはわずか16段階だが、8bitは256段階、16bitは65,536段階。24bitでは16,777,216段階となるから、まさに桁違いだ。
音のダイナミックレンジ(音の波形データで表現する最大/最小音の比率)は、この量子化ビット数で決まる。人間が聴覚できるダイナミックレンジは120dB程度とされるが、量子化ビット数16bitの場合は96dBほどだ。しかし、24bitの場合は144dB、32bitならば192dBの表現が可能なため、ハイレゾ音源ならば微小な音から強大な音まで余裕で扱えるということになる。
Apple Musicでロスレス/ハイレゾを聴くには
このような「ロスレス」および「ハイレゾ」音源のサポートが、今回のApple Musicにおける最大の変化だ。従来はロッシー(AAC、44.1kHz/16bit)のみ配信されていたものに、ロスレス(ALAC、44.1kHz/16bit)とハイレゾ(ALAC、サンプリングレートと量子化ビット数は曲により異なる)がくわわる形だ。
その設定方法は以下のとおり。ロッシー、ロスレス、ハイレゾの順にデータ量が増えるため、モバイル回線でハイレゾの楽曲を聴きまくろうものなら、あっという間に契約している通信プランの月上限に達してしまうため、Wi-Fiが使えるかどうかといったシチュエーションを意識しながら利用することになるだろう。データ圧縮率は曲によって異なるが、AAC/256kbpsと比較したときのデータ量はロスレスで5倍以上、ハイレゾはロスレスのさらに数倍に達することを覚悟しよう。
ロスレスの設定
「設定」→「ミュージック」→「オーディオの品質」の順に画面を開き、「ロスレスオーディオ」スイッチをオンにしよう。これで、以降Apple Musicで聴く曲は原則ロスレスでの再生となる(配信元の事情でロスレス配信が行われない場合はロッシーが適用)。
モバイル回線用の設定
「ロスレスオーディオ」スイッチをオンにすると、モバイル通信ストリーミングに「ロスレス」と「ハイレゾロスレス」の項目が追加される。前述したとおりロスレス/ハイレゾはデータ量が増えるため、自宅などWi-Fi使い放題の環境以外では安易に選択しないほうがいいだろう。実際、モバイル回線用の設定でロスレスを選択しようとすると、ダイアログが現れ警告される。
これでロスレス/ハイレゾを楽しめる...確かにiPhoneの設定上はそうなるが、オーディオは「出口」の部分が伴わないと本来のクオリティ(音質)を発揮できない。次回は、USB DACなど出口の部分にフォーカスしてみよう。