雨が続く梅雨というのは、1年のなかでも過ごしにくい時期です。湿気のなかで暮らす1カ月強は、気持ちも滅入りがちに。管理栄養士で分子栄養学を専門とする篠塚明日香さんは、「中医学の世界では、湿気は『湿邪』と呼ばれ体の各所に問題をもたらすと要因と考えられています。
必要以上に水を溜め込むことは体の不調につながります」と、湿度の高い梅雨の時期の体調管理の難しさを指摘します。そんな篠塚さんに、過ごしにくい季節を健康に乗り切るための食の工夫を伺いました。
■体内の水分の排泄に影響を与える梅雨
湿度の高い梅雨の肌にまとわりつく空気は不快なものです。「なんだか体が重だるく感じる」と体の不調を訴える声も、この季節にはわたしのクライアントからも多く聞かれます。それは「体のなかに余計な水分を溜め込んでしまう」ことがもたらす不調の場合もあるようです。
成人の体は60〜65%が水分といわれており、体は常に水分を必要としています。その大部分は口を入り口とする消化管から体に入ってくるのですが、必要量を超えれば、様々な老廃物とともに尿や汗として排泄されていきます。
そして、尿や汗以外にも「不感蒸泄」という水分の排泄も人間の体は行っています。これは皮膚の表面からの蒸散や、息を吐き出すことによって水を体外に出す仕組みのこと。梅雨のように外気の湿度が高い季節は、このうちの皮膚からの蒸散が滞るため、水分が体に溜め込まれやすくなります。
体のなかに水分を溜め込まないためにできることをお伝えする前に、体内の水分について少し説明しておきましょう。消化管から体内に取り込まれた水分は、血管などを通って全身を循環します。そして、そのうちの一部は細胞の内部に入り、細胞内での化学反応などに使われます。
つまり体内の水分は、大きく細胞の内側にあるもの(細胞内液)と外側にあるもの(細胞外液)に分けることができます。
「細胞内にどれくらいの水を取り込むか」に大きく関与しているのが、カリウムやナトリウムといった物質です。カリウムは主に細胞内液に、ナトリウムは主に細胞外液に存在しているのですが、このバランスが適切に保たれると、細胞は必要とするだけの水で満たされ元気に活動することができます。
カリウムやナトリウムの濃度を調整しているのは腎臓なのですが、若者の肌などがみずみずしいのは、腎臓がよく働き体液中のカリウムやナトリウムなどを適度なバランスで保てていることも影響しています。
■むくみをもたらす「体液過剰」の改善にはカリウムが効果的
カリウムとナトリウムのバランスが崩れると問題が起こりがちです。たとえばナトリウムを必要以上に摂ってしまうと、体液のナトリウム濃度が濃くなります。すると、これを薄め適度な濃度にしようとして体は細胞外液に対し多くの水分が供給しようとします。つまり、水を体のなかに溜め込み「体液過剰」な状態をつくるということです。
これがいわゆる、「むくみ」です。体内の水分が増えると、血流が阻害され老廃物の排泄が滞り、それによってだるさを感じるようになります。細胞外液は毛細血管やリンパ管を通って体内を移動しますが、筋力が不足していたりすると、重力に負け下半身から上半身への循環がうまくできなくなることがあります。
長い時間立ち仕事をしたあと足などがむくみだるくなるのは、そうした理由の場合があります。
また、むくみを避けるために水分の摂取を抑えようとすることがありますが、あまり効果はありません。もちろん、あまりに水を飲み過ぎてもよくありませんが、カリウムやナトリウムの正しいバランスが保たれていれば、不要な水分は自然と体外に排泄されるからです。
むくみを抑えるためにぜひおすすめしたいのが、カリウムの摂取です。体液に含まれる余分なナトリウムは、腎臓で濾し取られて体外に排泄されるのですが、一部はもう一度取り込まれ、体は再利用を試みます。カリウムはこの再吸収をブロックしてくれる性質を持っていて、ナトリウムの体外への排泄を手助けし、結果的に体内に水が溜め込まれる状態を改善してくれるのです。
カリウムをおいしく摂取することができる食材としては、まずハト麦があります。古くから漢方薬にもよく使われている食材で、カリウムをよく含んでいます。お米と一緒に炊いても風味を楽しめますが、少し硬さがあるので好みが分かれるかもしれません。ハト麦茶として飲むのが手軽ですが、スープに使うのもおすすめですね。
あずきもカリウムが豊富な食材です。おすすめしたいのはあずきカレー。カレーの本場では豆を使ったカレーがたくさんありますが、あずきもよく合い、その甘さがカレーの辛さを引き立ててくれます。そのほか、かぼちゃと一緒に煮てもおいしいと思います。なお、薬膳の考え方ではあずきには体の熱を取る効果があるとされ、その点でも価値のある健康食材です。
そのほかには、きゅうり、冬瓜などのうり科の野菜やとうもろこしなどもカリウムを多く含んでいます。とうもろこしについては、本体はもちろんひげの部分をお茶にするのもよいでしょう。天日に干して乾燥させたものをそのまま煮出せばおいしくいただけます。
■体内の水分代謝を高める漢方薬・五苓散もおすすめ
体のなかの水分を適切に保つための知識として、もうひとつ紹介しておきたいのが五苓散という有名な漢方薬です。中医学では「湿邪」とも呼ばれる水が関わる体のトラブルに用いられるもので、いまはいろいろなメーカーから発売されています。
漢方薬は、生薬とよばれる自然由来の原料の調合を繰り返し、効果を確かめながらつくりあげられた薬です。西洋医学では説明がつかないけれども、効果が認められるというものも多く存在します。
五苓散は利尿作用があり、体内の余分な水分を尿として体の外に出す働きがあります。ただカリウムなどが関連する利尿作用とは異なる性質を持っていて、利尿作用を示す一方で、体が脱水状態になっているときには、体に水分を取り入れる働きもしてくれるのです。一方的に水を体外に出す薬ではなく、「体の水分を適度に保ってくれる薬」であることから安心して服用しやすい薬といえます。
また、中医学では気圧の変化が体内の水分に影響を与えていると考えられ、五苓散は低気圧性の頭痛などにも効果があるとされています。梅雨どきの頭痛などに悩まされている場合はお試しください。
五苓散の効果については西洋医学側からも注目され研究が行われており、一部ではありますがメカニズムが解明されつつあります。五苓散の成分は、人の細胞の細胞膜を構成するアクアポリンと呼ばれる細胞内への水の取り入れに関わるタンパク質に影響し、体内の水分をうまくコントロールしていることがわかってきたそうです。
カリウムの摂取と合わせ、梅雨どきの体の不調の解消のための選択肢に入れてほしいと思います。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/秋山健一郎 写真/櫻井健司