イヤホンからケーブルが消えた日
ちょっと前までは、通勤・通学中に音楽を聴こうとすると、ポケットやカバンに入れていたイヤホンのケーブルが中で絡まっちゃってイライラ……なんてことは珍しくなかった。それが今や、左右の耳にひとつずつソラマメサイズのイヤホンを着けるだけの完全ワイヤレス方式が主流になり、さらなる多機能化が進んでいる。
かつては左右イヤホンをつなぐケーブル付きのBluetoothイヤホンと区別するため、“左右分離型”とも呼ばれていた完全ワイヤレスイヤホン。この市場を開拓したのは、スウェーデンEpickal ABから2015年末に登場した「EARIN」だろう。2015年のIFAでオンキヨーが披露し、大きな注目を集めた「W800BT」(2016年発売)も記憶に新しい。
当時、完全ワイヤレスイヤホンは先進的なガジェットみたいで単純に面白かったこともあって、耳目を集める存在だった。小さく軽くできて持ち運びやすく、イヤホンにつきものだった“ケーブル絡まり問題”を無くせるメリットもあり(都度充電しなければならない、無くしやすいといった課題も当然ありつつ)、やがて海外メーカーから完全ワイヤレス製品が雨後のタケノコのごとく登場。ERATOやOptoma/NuForceといったメーカー名を聞くと、ちょっと懐かしい気分になった……という人もいるかもしれない。
ただ、そうして市場に出回り始めた完全ワイヤレスは、Bluetoothの接続性や音質に問題があることが珍しくなかった。ソニーが2017年に投入した「WF-1000X」でさえ、発売後のソフトウェアアップデートで音切れを抑え込む手当てを施すなど、各社試行錯誤していたように思う。
その点で、Appleの初代「AirPods」(2016年発売)の耳の下に伸びるステムは確かにデザイン的なインパクトはあったが、そこにアンテナを仕込んで接続性を向上する考え方は正しかったと言えるだろう。類似のデザインは今や、他メーカーの数多くの製品に取り込まれている。
前置きが長くなったが、今回取り上げる「AVIOT」も、完全ワイヤレス市場に比較的早くから参入したブランドのひとつだ。海外発の完全ワイヤレス製品を販売代理店として取り扱ってきたバリュートレード(現:プレシードジャパン)が立ち上げた自社ブランドで、大手や老舗も含めて多数のメーカーがひしめく市場の中では異色の存在感を醸し出していた。
それというのも、AVIOTは完全ワイヤレスの新技術をいち早く製品に取り入れながら、日本人の音の好みを反映し、「日本語の曲が綺麗に聞こえる音作り」にこだわる“Japan Tuned”というコンセプトを掲げていたためだ。
今やメジャーブランドに成長し、華々しいアーティストコラボモデルにも注目が集まっているAVIOT。今回、コラボモデルを含む最新の完全ワイヤレス3機種を一挙に試す機会を得られたので、それらの実力をじっくり確かめてみた。
強すぎないマイルドANCが集中力を引き出す「TE-D01m」
AVIOT初のノイズキャンセリング(NC)搭載完全ワイヤレスイヤホン。強すぎない「マイルドANC」を備えるほか、最新コーデックaptX Adaptiveや、左右同時接続で音途切れやノイズを回避する新技術TrueWireless Mirroringをサポートするなど、1万円台前半(直販13,750円)と比較的買いやすい価格帯ながら高機能化を遂げている点にも注目だ。
一般的なNC搭載の完全ワイヤレス製品の中には、ノイズを抑え込む代わりにサウンドが変化してしまったり、NC用に複数のマイクを積むことで耳からはみ出すほど大きなサイズの製品もある。
TE-D01mでは、欧⽶⼈より⼩さな⽇本⼈の⽿の形状にフィットするサイズでありながら、独自のノウハウによって不要なノイズを低減し、音質への影響も防ぐマイルドANCを採用。NCオンにしてみると、エアコンなどの空調機器が立てる騒音や、屋外で車のタイヤが発するロードノイズなどが抑え込まれて、むやみに音量を上げなくても音楽がちゃんと聞き取れる。NCのオン/オフは右側タッチセンサーの長押しで切り替えられる。
個人的には耳栓ほどの強いNC効果はあまり耳になじまないこともあり、TE-D01mのマイルドANCは「これでちょうど良いんじゃない?」という印象だ。それほどうるさくないカフェなどで、騒音や店内BGMをある程度遠ざけつつ使うようなシチュエーションにピッタリだと感じた。筆者は他の人の存在感を多少感じられた方がサボれず作業に集中できるタイプなので、こういう使い方ならマイルドANCくらいの遮音性能がしっくりくる。
「音楽を聴いているときは何がなんでも外の騒音を耳に入れたくない」という強力なNCを求める向きには、マイルドANCの性能は物足りないだろう。だが「NCオンでも多少は外の音が聞こえないと不安」という人もいるはず。イヤホンのフィット具合で、パッシブなノイズ低減効果が得られるかどうかによってもNCの効き方が変わってくるので、可能であれば家電量販店などで実機を試すことをオススメする。
ちなみに、イヤホンを耳に着けたまま外の音を聞けるアンビエントマイク機能も備えており、左側タッチセンサーの長押しでオン/オフを切り替えられる。駅などでアナウンスを聞き逃さずにすむので便利な機能だ。
もうひとつ、低遅延かつ高音質なaptX Adaptiveコーデックに対応している点も見逃せない。対応するスマホとの組み合わせでは、一般的なBluetoothイヤホンより音が良く、遅延も抑えられ、さらに音が途切れにくいという3つのメリットが得られる。
aptX Adaptiveの対応端末はクアルコムのWebページで確認できるが、近年販売されているクアルコム「Snapdragon 855」以降を搭載したAndroidスマホであれば、標準でaptX Adaptiveをサポートしている可能性が高い。ミドルクラスの有名どころでは、楽天モバイルオリジナルの「Rakuten BIG」がaptX Adaptive対応機種となっている。
今回は手持ちのソニー「Xperia 10 II」と組み合わせて、aptX Adaptiveの実力をチェック。「ワイヤレスヘッドフォンディレイテスト」という、そのものズバリのネーミングを冠したアプリがGoogle Playにあり、どの程度遅延するかを目視で確認してみた。厳密に測ったわけではないが、一般的なBluetoothイヤホン(AAC対応)との組み合わせでは200ms以上の遅延はよく起こり、一方でTE-D01mの遅延は100ms前後に収まっているようだ。
「なんだ、その程度か」と思われるかもしれないが、この数値の差は実際にゲームで遊んでみると分かりやすく体感できる。FPSや音ゲーが苦手な筆者は「Smash Hit」という3Dアクションシューティングで遅延チェックするのだが、これはざっくりいうとアイテムを入手できるクリスタルや、行く手を阻むガラス状の障害物に向けて画面を連打し、メタリックなボールをひたすら投げつけて壊していくゲームだ。画面の奥へ奥へと吸い込まれるように異次元チックなステージが目まぐるしく変化し、吸い込まれるスピードもどんどん上がっていくので、すばやくクリスタルを壊してボールの数を稼ぎつつ、立ちはだかる障害物をバンバン割っていかないといけない。
ステージが進むにつれてスピーディーかつ的確な操作が求められ、画面をじっくり見るヒマもないので、ボールが当たって障害物などが割れる派手な音だけが頼り。だが、AACまで対応するワイヤレスイヤホンでは音の遅延が大きく、画面上の割れたエフェクトと音が鳴るタイミングがズレて感覚がおかしくなり、プレイしづらくてギブアップしがちだ。
その点、TE-D01mと組み合わせて遊んでみると、遅延が抑え込まれているおかげもあって、画面上のエフェクトとのズレはそこまで大きくない。もちろんスマホの内蔵スピーカーや有線イヤホンと比べればある程度は遅れるが、普通のワイヤレスイヤホンならガラスがすっかり割れて飛び散った後に“パリン”と音がするのに対して、TE-D01mではガラスが割れ始めた瞬間に破壊音が耳に届く。ゲーム下手でもストレスが軽減され、ギブアップせずにもう少しがんばる気にもなれるので、総じて遊びやすくなる。
ゲームプレイ時の話ばかりしてしまったが、サウンドもチェックしてみよう。TE-D01mに搭載しているのはチタン蒸着PUメンブレンとネオジウムマグネットを使った6mm径のダイナミック型ドライバーで、Amazon Music HDの高音質楽曲を中心に聴いていくと、ボーカルなどの中音域が特に聞きやすい印象。低域や高域を目立たせる音作りではないので聞き疲れしにくく、ずっと聞いていられるマイルドさが心地よい。「日本語の曲が綺麗に聞こえる音作り」を追求していることもあり、主にJ-POPやアニソン向きのサウンドといえそうだ。
連続再生時間はイヤホン単体で最大10時間。付属の充電ケースと組み合わせると最大50時間音楽を聴ける。ただし、NCオン時や、aptX/aptX Adaptiveコーデックを使用する場合、再⽣時間が2~3割程度短くなるそうなので、その点は気に留めておきたい。
イヤホン本体は、楕円形のボディから耳にフィットするようノズルが長く伸びるエルゴノミクスデザインを採用しており、メタリックなカラーリングと相まって上品な印象を受ける。
カラバリはコーディナルレッド、アイボリー、パールホワイト、ネイビー、ブラックの計5色で、さらにヤマダ電機限定のロイヤルブルー、ビックカメラ限定のシルバーも加えた7色展開。基本性能を充実させつつ、普段身につける“アイテム”としての価値を高めたところも人気のヒミツだろうか。
希少な2BA+1DD構成のハイブリッドTWS「TE-BD21j」
完全ワイヤレスイヤホンでは珍しい、ハイブリッド・トリプルドライバーを搭載した「TE-BD21j」。ドライバー構成は、低域用にダイナミック型ドライバー、中高域用にデュアルタイプのバランスド・アーマチュア(BA)を採用した先代「TE-BD21f」(2019年発売)と同じだが、ダイナミック型ドライバーは応答性を高めるために従来の9mmから8mm径にダウンサイズし、BAドライバもそれに合わせてチューニング。内部設計に至るまで、さらなる高音質化を図った。
ほかにも、TE-D01mと同様に、低遅延かつ高音質なaptX Adaptiveコーデックや、音途切れなどを抑える左右同時接続技術TrueWireless Mirroringをサポートするなど基本スペックを強化している。直販価格は16,280円。先代TE-BD21fが発売当初、税込で1.9万円をわずかに切る価格帯で登場したことを考えると、「こんなハイスペック製品が従来機よりも手ごろな価格で手に入るのか」と改めて驚かされる(執筆時点では、TE-BD21fは直販9,980円に値下げされている)。
イヤホン本体のデザインも若干変わり、タッチセンサーのある箇所にはタマゴ型のデザインを採用したことで、結果として指がかりが良くなっている。ちなみに装着時は、タマゴの尖った方が耳たぶ側にくるようにするのが正しいようだ。
昨今のトレンドとなっているノイズキャンセリング(NC)機能は備えていないが、耳にフィットする形状設計を採用しており、さらにイヤーピースを通常タイプからフォームタイプに付け替えることで遮音性を高められるようにした。イヤーピースはいずれもS/M/Lの3サイズが付属する。このほか、アンビエントマイク(外音取り込み)機能も備えており、左側タッチセンサーの長押しでオン/オフできる。
トリプルドライバーを積むだけあって、TE-BD21jのサウンドはレンジが広く、音の情報量の多さも半端ではない。量感ある低域が解像感の高い中高域のサウンドを支える感じで、迫力がありつつも細かな音まで聞かせてくれる。TE-D01mとはまったく異なるサウンドキャラクターで、TE-D01mをシンプルな美味しさの塩ラーメンに例えるなら、TE-BD21jはまるで背脂のうま味を活かした醤油ラーメンのように濃厚。だが決してしつこい味付けというわけではなく、アコースティックギターやピアノなどを中心としたシンプルな楽曲も結構ハマる。じっくり音楽を聴くときに使いたい、リスニング向きのサウンドといえる。
連続再生時間はイヤホン単体で最大9時間。付属の充電ケースと組み合わせると最大45時間音楽を聴ける。ただし、こちらもaptX/aptX Adaptiveコーデックを使用する場合、再⽣時間が2~3割程度短くなるとのこと。
充電ケースは従来のやや丸みを帯びた曲面的なカタチから、角を丸めた長方体に変わり、ジュラルミン外装にアルマイト加工を施して耐久性を高めている。フタをスライドしてイヤホンを取り出すデザインを継承しているが、イヤホンを収納している場所に結構深みがあり、マグネットでケースにピッタリくっつくこともあって、ケースから取り出すのに若干慣れが必要だ。
TE-BD21jの付属品の中には、左右イヤホンをつないで紛失防止に役立てられそうなストラップがあってユニーク。「イヤホンが耳から外れて落としてしまったらどうしよう」という心配が軽減されそうだ。
花澤香菜&日髙のり子ボイスが選べる!? ピエール中野×AVIOTコラボ第3弾
そしてもうひとつ、「凛として時雨」のドラマー・ピエール中野氏とコラボした「TE-BD21j-pnk」(実売約21,780円)も取り上げたい。上記のTE-BD21jをベースに、ピエール中野氏が音質・デザインを監修した機種で、同氏による独自のサウンドチューニングを施しており、「チューニングだけでここまで変わるのか」と驚くほど、ベースモデルからタイトなサウンドに変化している。イヤホン本体には、オリジナルロゴを採用したデザインと専用のカラーリングを採用しており、所有欲をそそるつくりになっている。
TE-BD21j-pnkは、操作時の音声ガイダンスを専用アプリ「AVIOT PNK CHANGER」を使って変更できるのも面白い。2019年発売の「TE-BD21f-pnk」と同様に、デフォルトではアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』の主人公・常守朱(CV:花澤香菜)のボイスが設定されているが、犯罪に関する数値(犯罪係数)を測定する銃「ドミネーター」(CV:日高のり子)のボイスも選べるのだ。
なお、2つのボイスはいつでも自由に切り替え可能だが排他仕様で、両方のボイスを同時に堪能することはできない。音声切換のアップデート作業を開始すると5~7分程度待たされるのが若干辛いところだが、気長に待つしかない。
TE-BD21j-pnkは公式ストアでは残念ながら売り切れてしまっているので、流通在庫に出会う機会がもしあれば、迷うことなく“保護”したほうが良いだろう。
用途に合わせて選ぼう。今後のワイヤレス充電対応に期待
ドライバ構成やサウンドの傾向、NC機能の有無といった、仕様の異なる3つの完全ワイヤレスイヤホンを見てきたが、普段使いで求められる機能はひととおり備わっている。
イヤホン本体はいずれもIPX4防水に対応しており、スポーツ時の汗や急な雨にも耐える仕様。また、テレワークや遠隔授業、友人とのビデオ通話などで活用できるハンズフリー通話機能を備えている。TE-D01mでは米Knowles製マイク4基、TE-BD21jは高感度MEMSマイクを採用するといったハード面の違いはあるが、cVcノイズキャンセリング機能との相乗効果でクリアな音声を追求している点は同じだ。
また、AVIOTイヤホン専用のiOS/Androidアプリ「AVIOT SOUND XXX」が用意されており、10バンドイコライザーによるサウンドカスタマイズや、タッチセンサーの操作割当変更、外音取り込みモード時の音楽の音量レベル調整が行える。GPSと連携し、イヤホンを紛失したときにどこで接続解除されたか確認することも可能だ。細かいところでは、操作時の音声ガイダンスがすべて日本語というところに、AVIOTならではのこだわりを感じる(英語への変更も可能)。
惜しむらくは、いずれも充電ケースのワイヤレス充電には対応していないこと。昨今は5,000円を切る価格帯でも、USB Type-C充電に加えてワイヤレス充電に対応する製品が出てきたが、ワイヤレス充電もできるAVIOT製品はごく少数だ。次世代のラインナップではワイヤレス充電への本格対応に期待したい。
NC付きでマイルドなサウンドが持ち味の「TE-D01m」か、それとも音楽リスニング向けにある意味“全振り”したハイブリッドタイプ「TE-BD21j」か。両機種とも1万円台の製品で、価格差は2,500円程度だが、どちらも利点があってお買い得モデルなことに違いはない。それぞれの利用スタイルに合わせて検討してみてほしい。