ファルコン9再使用の今後
現在、ファルコン9の打ち上げではブースターの再使用が当たり前となっており、民間企業や米国航空宇宙局(NASA)、国防総省なども、自分たちの衛星の打ち上げを同社に委託する際、ブースターの再使用による打ち上げを認めている。
とくにNASAは、かつては再使用はリスクがあるとし、有人宇宙飛行においては新品のブースターでのみ飛行を許可する方針だったが、その後考えをあらため、再使用機体での打ち上げを認めるようになり、今年4月の星出彰彦宇宙飛行士らを乗せたクルー・ドラゴンCrew-2の打ち上げで、実際に再使用ブースターが使われた。
マスク氏は、今年4月の会見で、「たとえば飛行機であれば、乗客を乗せる前に1、2回のテスト飛行をしてほしいと思うでしょう。ですから私たちも、1、2回の飛行を経験したブースターを有人ミッションに使うのが適切と考えています。さすがに“ライフ・リーダー(一番多く再使用している機体)”は使いたくないと思われるかもしれませんが」と述べている。
同社は以前、ブロック5のブースターは、大規模なメンテナンスなしに10回の飛行に耐えられるとしていた。ただ、飛行ごとのメンテナンスの詳細については明らかにされておらず、B1051についても、今回の飛行までに部品の交換などの改修がどの程度行われたのかはわかっていない。
また、今年2月には、シリアルナンバーB1059のブースターが、6回目の飛行で着陸に失敗(衛星の軌道投入には成功)。エンジンのまわりにあるカバーが寿命を迎えたことで穴が開き、エンジンの噴射ガスが入り込んでエンジンが壊れたことが原因とされ、再使用が可能な回数や、打ち上げごとに必要なメンテナンスなどについては、まだ模索中にあるとみられる。
マスク氏も4月の会見で、「ファルコン9のブースターがどこまで再使用に耐えられるのか試したいと考えています。ブースターが壊れるまで飛ばすことを目指しています」と述べている。
これはすなわち、いずれ打ち上げが失敗するということを意味するが、同社ではライフ・リーダーのブースターは、自社のスターリンク衛星を打ち上げるミッションでのみ使用するとしており、打ち上げが失敗しても自社が損害をこうむるだけで、他の企業や機関へ影響が出ないようにしている。
コスト100分の1への挑戦
そして、最大のポイントは、再使用によるコストダウンがどれくらいかという点である。マスク氏はたびたび、「ロケットの再使用により、打ち上げコストはいまの100分の1になる」と豪語する。
スペースXによると、ファルコン9の全コストのうち、ブースターのコストは全体の約60%、第2段が20%、打ち上げ時に衛星を保護するフェアリングが10%、そして最後の10%が推進剤や地上設備などのコストだとしている。
このうちファルコン9は、ブースターに加え、フェアリングの回収、再使用も行っており、小さいながらもコストダウンに寄与している。
だが、ブースターとフェアリングを再使用するからといって、単純に約70%のコストダウンになるわけではなく、新たに点検や部品交換などのメンテナンス費が上乗せとなる。また、第2段が使い捨てである以上、その新造コスト以上に打ち上げコストが下がることはない。
さらに、機体を回収する場合、本来打ち上げに使う推進剤を着陸用に残したり、フィンや着陸脚などを追加で装備したりする必要があるため、打ち上げ能力は前述の最大値より下がる。つまり、たとえば再使用によってコストが半減しても、打ち上げ能力も半減してしまっては意味がない。
こうした点について、マスク氏は2020年8月、「ファルコン9を回収する場合、1回の打ち上げで飛ばせるペイロード(衛星など)の質量は、回収しない場合に比べ、40%ほど少なくなる。一方、回収と改修にかかるコストは、新たに機体を製造するコストの10%以下にすぎない」と説明。「したがって、ブースターとフェアリングを2回飛行させれば、使い捨ての場合とほぼ互角になり、3回目以降では間違いなく有利だ」としている。
マスク氏はまた、この年の5月、『Aviation Week』誌のインタビューの中で、「ブースターを改修するためのコストは100万ドル」と発言。また、「ファルコン9のmarginal cost(限界費用、ロケットを1機だけ余分に製造する際にかかる費用)は、ベストケースで1500万ドル」と語っており、改修にかかるコストが新造する際の10%以下であるという主張とほぼ一致している。
また、ファルコン9はもともと大型ロケットの中でも打ち上げ能力が高く、打ち上げ能力が40%落ちても、おおよそ大半の衛星は打ち上げられる。さらに、限界費用の1500万ドルというのも相当安価であり、ファルコン9は再使用せずとも、そもそも低コストなロケットであるという点にも注目すべきである。
つまり、ファルコン9は回収によって打ち上げ能力が削がれても、その影響は小さく、さらにそもそもの製造費も安く、そのうえで少ないメンテナンス費で2回以上の再使用を可能にしたことから、実用的かつ低コストなロケットとして運用できているのである。
もっとも、これらの数字が正しいものであっても、100分の1のコストダウンはおろか、10分の1にも達していない。他国の同性能のロケットと比べるとたしかに安価ではあるものの、革命的というほどではない。
つまるところ、スペースXとマスク氏にとっての本命は、現在開発中の巨大ロケット「スターシップ/スーパー・ヘヴィ」である。スターシップは、低軌道に約100tの打ち上げ能力をもち、さらに機体全体を完全に再使用することができ、ファルコン9よりもメンテナンス性に優れ、旅客機のように運用できるロケットになるとされる。マスク氏は、そのコストについて「1回の飛行あたり200万ドル」になると語る。
現在のロケットの多くは、低軌道に多くとも20tの打ち上げ能力しかなく、1機あたり100億円ほどかかる。つまり100tを打ち上げようとするなら約500億円かかる。それと同じ量を2億円で打ち上げられると考えれば、100分の1を軽く達成することになる。
もちろんこれは、これ以上の好例がないほどの「取らぬ狸の皮算用」である。スターシップはようやく高度10kmまで上昇して着陸することに成功したところであり、また宇宙にも到達していない。スーパー・ヘヴィに至っては浮き上がってすらいない。
しかし、同社は不可能と言われていた、ファルコン9のブースターの回収、再使用を成功させ、そして同じ機体を10回飛行させることにも成功した。その実績とノウハウが、はたしてスターシップをも実現させることになるのだろうか。
参考文献
・Starlink Mission - SpaceX - Updates
・SpaceX - Falcon 9
・Capabilities and Services
・Elon Musk: SpaceX Falcon 9 rocket 'over a million dollars less' to insure
・Podcast: Interview with SpaceX’s Elon Musk | Aviation Week Network