前回は、上司が場の空気を読み過ぎることなく、気楽な雑談をすることによって、メンバーも場の空気を読まずに思ったことをなんでも言い合える職場を実現することができるという点について述べました。

最終回である今回は、そのような職場をつくるうえでは、大きなイベント事ではなく、雑談をはじめとした些細な行為こそが重要であるという点について、改めて述べたいと思います。

  • 雑談は職場に必要?

幸福の要因は些細なこと

ハーバード大学の社会心理学教授のダニエル・ギルバートは、通常イメージされる大きな人生の出来事がいずれも幸福の要因として「外れ」ではないが、思われるほど大きな、長期的な影響は与えないと述べています。

ポジティブな出来事は実際以上に自分を幸せにするだろうと人は予想し、ネガティブな出来事はそれ以上に自分を不幸にするだろうと予測してしまうのだそうです。しかし、実際には、どれも当人が思うほど幸福感に影響しないことが判明しています。3ケ月以上にわたって影響を与えるような体験は、非常に少ないことが分かっているのです。

心理学者のエド・ディーナーの研究によれば、基本的にポジティブな経験の「頻度」は、そうした経験の「強さ」よりも、幸福度の予測材料としてはるかに優れているといいます。毎日、ささやかな良いことが十数回起こる人は、驚くほど素晴らしいことが1回だけ起こる人よりも幸せである可能性が高いのです。

幸福は無数の小さな出来事の総和。分かり切った些細なことで、たいして時間もかからないものが幸福度を高めるのです。ただし、毎日続けて成果が出てくるのを待たなければなりません。

マイクロムーブこそが重要

こうした些細な行為のことを「マイクロムーブ」と言いますが、職場の同僚との関係性なども、このマイクロムーブに左右されるということが分かっています。※

その瞬間には取るに足りないように思われるようなことが、互いの関係に確実に影響を及ぼすのです。それらがポジティブに働き、関係を近づけることもあれば、ネガティブに働き、関係を引き離すこともあります。

※出典:The Little Things That Affect Our Work Relationships,May 29,2019.

従業員どうしの関係性に配慮し、大きな交流イベントなどで何とかしようと考える傾向が企業には強いように思われますし、実施するケースもよく見かけます。しかし、こうしたエンゲージメントに関する取り組みの多くは空振りに終わり、悪い場合には逆効果にもなりかねません。

笑うことによるメリットはとても大きい

職場の状況を良くするうえでは、同僚同士の日々の声掛けなど、些細な行為こそが有効性が高いのです。雑談などによってもたらされるユーモアや笑いはさらにパワフルに好影響を生み出します。

「笑う」という行為そのものが大きなメリットを生むことはよく知られています。また、ユーモアは職場でポジティブなインパクトを持つと、多くの研究が示しています。

例えば、「ペンシルベニア⼤学ウォートンスクールやマサチューセッツ⼯科⼤学、ロンドン・ビジネス・スクールといった名だたる機関で⾏われた研究によると、クスクス笑いや⼤笑いをするたびに、ビジネス上のメリットが得られる」と、ハーバード・ビジネス・レビュー誌シニアエディターのアリソン・ビアードはその論文、"Leading with Humor"で述べています。

「笑い出すと、精神的な負荷が軽減されるだけでなく、身体的にも変化が生じる」と、米国の総合病院メイヨー・クリニックは説明しています。笑うことは、多くの酸素の吸収を促し、脳内で放出されるエンドルフィンの増加につながります。また、「循環器系を刺激し、筋弛緩を促すことで、ストレスの身体症状の軽減をもたらす」といいます。※

医学的にも明確な根拠があるのです。

※出典:The Benefits of Laughing in the Office, November 16, 2018.

職場で誰かが言ったジョークや他愛もない話に大笑いしたり、クスクス笑ったりした時、どのような気分になるのか、自身で観察してみるとよいでしょう。もちろん楽しい気分になるでしょうし、職場や職場の仲間たちへの愛着感は増すに違いありません。

また、その時に取り組んでいた業務に対しても、より前向きな気持ちで取り組めるはずです。しかし、厚生労働省の統計によれば、「同僚と仕事やプライベートの会話で笑うことがあるか?」との問いに「はい」と答えた人の数は30%に過ぎませんでした。※

※出典:「働きやすい・働きがいのある職場づくりに関する調査」厚生労働省(平成26年5月)

しかし、中にはこうしたことに精通している人がいます。例えば褒め上手なリーダーやダジャレ好きなリーダーなどです。彼らは褒めたり、感謝したり、ジョークを言ったり、何かと有効なマイクロムーブを数多く繰り出します。

柔道で言うところの、「一本」でも「技あり」でもなく、「有効」となるような小さなアドバンテージを積み重ねるのです。柔道においては、「有効」をいくつ積み重ねても「一本」にはなりませんが、職場においては「有効」の積み重ねは「一本」以上の意味があるのです。

そうした意味では、職場のムードメーカーなどはたいへんありがたい存在です。リーダー自身がムードメーカーであればそれに越したことはありませんが、そうでない場合でも、気楽な雑談ができるような環境をつくってさえいれば、ムードメーカー的な気質を持っているメンバーが有効なマイクロムーブを繰り出してくれるでしょう。

リーダーもメンバーも、些細な行為の積み重ねこそが重要であることを認識し、ほんの少しのサービス精神を発揮し、他者に働きかけることによって、職場が自分自身にとっても、はるかに居心地のよい場に変わる可能性は十分にあるのです。

執筆者プロフィール:相原孝夫(あいはら・たかお)

人事・組織コンサルタント。株式会社HRアドバンテージ代表取締役社長。早稲田大学大学院社会科学研究科博士前期課程修了。マーサージャパン株式会社代表取締役副社長を経て現職。人材の評価・選抜・育成および組織開発に関わる企業支援を専門とする。