「課長 島耕作」で知られる漫画家の弘兼憲史さんが、「夜の街」六本木で大成した守川敏さんを題材にした物語「六本木騎士ストーリー」を書き下ろした。なぜ守川さんの半生を漫画として描こうと思ったのか。そして守川さんの魅力とは。お二人の対談から探っていきたい。
六本木の成功者を漫画化したきっかけは"生きざま"
「六本木騎士ストーリー」は、ワインの輸入・販売や飲食店の経営・コンサルティングを行う会社、トゥエンティーワンコミュニティの代表取締役を務める守川 敏さんの半生を描いた物語だ。
六本木の高級クラブ「チックグループ」のオーナーとして六本木で成り上がり、現在は東京メトロ 六本木駅のほど近くにある21六本木ビルを所有。ビジネスパーソンとして大きな成功を収めた守川さんだが、そこには一貫した経営哲学があった。弘兼憲史さんは、そんな守川さんの生きざまに感銘を受け、執筆を決めたという。
「守川くんと私は同じ山口県岩国市出身で、しかも出身中学まで同じなんです。以前、日本酒「獺祭 (だっさい)」で知られる旭酒造 桜井博志さんの物語『「獺祭」の挑戦』を描いたところ、守川くんのストーリーも描いてみてはどうかというお話がありまして」(弘兼さん)。
「僕はそういうのが苦手で……最初は別の作者を提案されたのですが、弘兼先生を逆指名したんです。隠していたわけではないですが、普段は夜の世界で生きてきたことを表に出していませんでした。夜の部分だけを面白おかしく描かれるのはいやだったんです。そこで『尊敬している弘兼先生なら』と言ったら、二つ返事で快諾いただけました」(守川さん)。
夜の街として知られる六本木に見え隠れする反社会的勢力に屈することなく、勇気ある姿勢を取っていたことが、弘兼さんが漫画を描く直接のきっかけになったそうだ。若かりしころの守川さんのドラマティックなストーリーは、ぜひ漫画本編で楽しんでほしい。
「彼と出会ったのは20数年前、中学校のころの私の担任であり、守川くんの校長である方から紹介でした。最初は『本当に会って大丈夫だろうか?』と心配でしたね。なにせ夜の六本木での成功者ですから。ですが会ってみると実に普通で、やさしいし、気配りも上手。しかも意外なほど堅実な経営をしていて、ビジネスパーソンとしても優れていることがわかりました」(弘兼さん)。
とはいえディスコの流行から夜の街、そして近年はビジネスタウンへと時代によって激しく移り変わる六本木は、それだけで成功できるほど甘い街ではない。守川さんが成功を収めたのは、優れた経営手腕があったからだ。
「守川くんはホスピタリティがすごく高くて、人間関係をうまく構築できるタイプです。ある程度成功すると、突然偉そうにしたり強面になったりする経営者も多いと思うのですが、彼は驚くほど低姿勢です。この業界でのし上がる要素を備えていたんじゃないかなと思います」(弘兼さん)。
「僕は15~16歳のころから飲食業でアルバイトをし、大学生のころからナイトクラブで働いていたので、おもてなしは自然に身につきました。そして同時に、さまざまな栄枯盛衰も見てきました。いまでは立ち振る舞いから消えていく人、残る人が見えるようになり、自分自身もそれを反面教師としながら行動しています」(守川さん)。
小さなワイナリーの想いに答えたワイン事業
そんな守川さんが「本当に好きなことを仕事に」と2004年から始めた第2ステージがワイン事業だ。現在ではトゥエンティーワンコミュニティの柱となっており、守川さんは個々でも斬新な経営手腕を見せている。
守川さんがワイン事業を始めた当時、著名なワイナリーはすでに大手酒造や商社が契約を結んでおり、事業を始めたばかりのトゥエンティーワンコミュニティが新しく取引を行う余地はなかった。そこで守川さんが注目したのが、小さなワイン生産者だ。
「小さなワイン生産者は、大手が扱うには生産量の少なさや輸入実務の対応、ブランディングの不足といった面でデメリットが大きかったんです。ですがそのぶん、良いワインもたくさんありました。そういったワインを中心に取り扱うことにしたんです」
しかし、名前も知らないワイナリーの良さを伝えるのは容易なことではない。だが、良いものを作ってもそれが売れなければ生産者の幸せには繋がらない。絶対に世の中に知ってもらいたい、そのためにはどうしたら良いのか……。守川さんはその戦略の一環として、2009年に楽天でECサイト「ワインショップソムリエ」を立ち上げ、商品ページをしっかり作り込み、生産者を紹介。広告費をかけずにブランディングを進めていく。
「当時、すでに楽天にもいくつか著名なワインショップはありまして、後発組は非常に不利でした。ですが我々のビジネスモデルは他者とは全く異なり、生産者から直接仕入れ、消費者に直接届けるというものです」(守川さん)。
守川さんのビジネスモデルには、中間マージンを省ける、ワインの移動が少なく商品を良好な状態に保てるといったメリットとともに、在庫を抱えなければならないというデメリットがある。輸入業・問屋業をやりながら酒販業も行うというのは、新たに立ち上げるビジネスとしては非常に高リスクといえる。始めるからには一定以上の規模にまで拡大しなければ成り立たないからだ。
「だからこそやり遂げるしかないという思いで事業を進めています。スタート当時は数100本のワインしかなく、売れなければ在庫を抱え、売れたら販売力が足りなくなるの繰り返しでした。ですがいまでは100万本を超える在庫を持てるようになりました。ワインのインポーターとしては必ず日本一になりたいと思います。これはワイン事業部全体の悲願です」(守川さん)。
小さなワイナリーの商品を、すぐに利益にはならずとも輸入・販売し続けた守川さん。その活動はフランスの生産者の評判を呼び、フランスにおいては「サンテミリオン騎士団」「ボルドー ボンタン騎士団」「ブルゴーニュ利き酒騎士団」などを叙任するに至る。
「中間マージンがないから、良いワインがどこよりも安いんですよ。チリのヴィニャ・マーティといういいワイナリーのワインで『島耕作 ラベルワイン』も作ってもらいました。造り手のパスカル・マーティさんはムートン・ロートシルトも手がけた醸造家なんです」(弘兼さん)。
「島耕作 ラベルワイン」は、課長・島耕作から会長・島耕作まで役職が上がるほど良いワインになっていく企画商品で、昇進祝いのプレゼントなどに喜ばれているそうだ。
守川さんの魅力と成功を導いた経営哲学
六本木の夜(ナイト)で成功し、利き酒騎士(ナイト)としてワインを伝える守川さん。ここまでのお話でもその人間的な魅力、そしてビジネスパーソンとしての手腕は大いに伝わってきた。あらためてお二人に、守川さんの魅力と経営哲学についてお聞きしたい。
「漫画を読んでいただければわかると思いますが、やはり経営方針が"ブレない"ことでしょう。自分の利益よりも周囲の喜びを優先し、その結果として自分に利益が返ってくるというビジネスの基本をしっかりやっています。本書はビジネス書としても参考になるんじゃないかと思いますね」(弘兼さん)。
「ありがとうございます。弘兼先生は僕の中で一番に尊敬できる人であり、一生追いかけ学びたい人間力を持った方です。"ブレない"と仰っていただきましたが、これまで経営してきた中ではやはり利益に目が向いてしまったときもありました。しかし、お客様の喜び、そして取引先や生産者が成り立つ形を追求してきたときこそ、最終的には売り上げや利益に繋がり、自分も幸せになれた体感があります。これを自分の経営理念としています」(守川さん)。
2020年より続くコロナ禍によって、飲食店の経営は決して楽なものではないだろう。最後に、守川さんからコロナ禍におけるトゥエンティーワンコミュニティの対応、そして今後の展望をお聞きした。
「現在、コロナ禍によって多くの飲食店は苦境に立たされていると思います。当社でもワインフェスを計画していたのですが、2021年は中止しました。ですが、"明けない夜はない"と私は思っています。アフターコロナに向けた企画や店舗のブラッシュアップなど、今やれることはたくさんあります。例えば店舗では最新の換気システムを導入しました。これは数分間で部屋の空気を外気と入れ替えるものです。コロナ禍におけるお客様の不安を取り除く対応を進めつつ、粛々と"夜が明ける準備"をしていきたいと思います」