女優としてはもちろん、文筆家としても活躍している室井滋。今年は女優デビュー40周年、作家デビュー30周年、絵本作家デビュー10周年のトリプルメモリアルイヤーであり、絵本作家デビューを飾った『しげちゃん』シリーズ(絵:長谷川義史)は、今年3月に発売された『しげちゃんのはつこい』で3冊目となった。
執筆にまつわる話を聞くうち、語り始めた小学校のころの思い出では、気になる男の子の家に行ったら「お母さんが人魚だった」という衝撃のエピソードが!? インタビューでも陽のパワー全開の室井だったが、さらに室井の多才さに迫ろうとすると、「私、全然、器用じゃないですよ」と意外な言葉が返ってきた。
■絵柄も「恋するしげちゃん」をリクエスト
――『しげちゃん』『しげちゃんとじりつさん』に続く、満を持しての初恋エピソードですね。
うふふ。しげちゃんは、私自身でもあるし、私に近いいろんな女の子でもあります。去年の最初の自粛期間のときに、昔のことに思いを馳せながら書きました。こういうご時世ですし、初恋の話はいつか書きたいと思っていましたので、ちょっと明るい話がいいなと思って、今回のエピソードにしました。
――今回はしげちゃんの絵柄も違います。まさに恋する乙女。
それがね、最初に長谷川さんからラフを見せてもらったときは、しげちゃんの顔が、前2作と同じようなおにぎりみたいな、じゃがいもみたいな顔だったんですよ。それで長谷川さんに、「恋してるんだよ。小学校3年生になって、恋の話だから。この顔は違うんじゃない?」と。そしたら長谷川さんが「そうや、今回女になるんやな」って。「いや、別に女になるわけじゃないけど(苦笑)、乙女になるんだから」と。そこはリクエストしました。そしたらすごくかわいくなったので、ものすごく満足してます。
――しげちゃんの成長を感じて、すごくかわいらしいです。
でしょう。表紙のスカート姿もいいでしょ。実際、わたしこんな感じだったと思う。じゃがいもじゃなかったですよ。あはは。
■気になる男の子の家に行ったら…お母さんが人魚だった
――今回の「初恋エピ」には事実も入っているのでしょうか。
私、子どものころの記憶が鮮明で、こういう出来事があったとかいうことだけじゃなく、たとえば友達のおうちの夕ご飯のときの匂いとか、いろんなことをすごくよく覚えてるんです。今回も何人かの実在の人物や出来事がモデルになっています。しげちゃんが好きになる転校生のサエちゃんも、何人もの男の子のミックスです。だからと言って、何人もの男の子を好きになったということじゃないですよ。でもいろんな子への記憶の断片から、サエちゃんというキャラクターを作っていきました。
――転校生という部分は。
関西から1シーズンだけ転校してきた男の子はいました。本で書くにはちょっとスレスレの内容だと思って設定を外しましたが、その子の家族は見世物小屋をやりながら全国を回っていたんです。ある時、「おれんち来いよ」と言われて遊びに行きまして。「父ちゃんや」って言うから見たら、お父さんがボ~! っと火を吹いてて、「母ちゃんや」という先を見たら、お母さんが「かわいそうな人魚でございますぅ」とか言って、人魚の格好してて。
――それは今では考えられませんね(笑)。
ジェンダーどころの騒ぎじゃないですよ。それで「お母さん、人魚なんだ」と思ってたんですけど、ある日その子がお休みしたので、給食のパンを持っていったら、人魚だった人が、その着ぐるみみたいなのを庭で洗濯してたんです。
――あはは。室井さんはいつも面白い人に出会いますが、こちらのエピソードもさすがですね。
これを書いたほうが面白かったかしら(笑)。でもそのあと、その子は学校に来なくなって、次の年のシーズンにまた会えるかなと思っていたのですが、今度は違うサーカス団みたいなのが来て、もう二度と会えませんでしたね。
■「もっと積極的になったほうがいいですね」と言われた子ども時代
――室井さんご自身も、しげちゃんのように真面目な学級委員タイプだったのですか?
私は3年生くらいまではあまり喋らなくて、みんなが手をあげていてもそうできない子どもでした。先生からは「聞かれるとちゃんと答えられるのに、自分からは手をあげない」と通信簿に書かれたり、家庭訪問のときにも、「もっと積極的になったほうがいいですね」と言われていました。
――そうなんですね。今のような明るい性格になられたきっかけはあるのですか?
前からおとなしいだけじゃなくて、どちらなのかはっきりしないところがあったんですけどね。大きいのは両親の離婚ですね。小学校高学年で両親が離婚しまして。父と祖母と私の3人暮らしだったので、黙っていてもダメだし、もっと積極的に、しっかりしないとと。中1くらいから食事も自分で作ってましたし、その辺からしっかりしたのかもしれません。
■器用じゃなくて、見つけたことを愚直に続けているだけ
――室井さんは、エッセイも書かれて、絵本も書いて、もちろん女優業でも一線で活躍し続けていますし、声を使ったお仕事もステキです。とても多才ですが、それは好きなことから枝分かれしていった結果ですか? それとも苦手分野でも、続けていくうちにできるようになったこともありますか?
「器用ですね」とか言われるんですけど、自分では全然そうは思わないんです。たとえばエッセイを書き始めたときも、出版社に勤めている先輩がいて「お前、女優のはしくれになったんだから、何か書いてみろ」と言われて書いたものが、「いいじゃない」と言っていただいて、そこから少しずつ始まって、ず~っとず~っと書いてるんです。それ以外にね、いくつものことを、アルバイトだったら、それこそ100個とかやってたんですよ。単発含めてですけど。あて名書きとか、テープ起こしとか、たくさんやったなかでのひとつだから、ピンポイントじゃないんです。
――たまたまやってみたひとつのことで、パッと器用にうまくいったわけではないと。
じゃないんですよ。山のようにやったうちのひとつ。1個見つけたから99個のことはもうやめて、それを愚直にずっとやってるわけです。単行本や文庫本で50冊以上出してますし。絵本は長くやっていた連載をやめたときに声をかけていただいて、たくさんの方の目に留まって非常にラッキーでしたけどね。そこから楽しいなと思って、朗読のライブ(「しげちゃん一座」)をやったりと広がってはいますが、でもそんなにたくさんのことを続けているわけじゃないんです。パワフルだとか言われるのもね、作家さんとか、絵本作家さんとかにお会いすると、みなさんそれぞれにホントすごくて。私なんて全くの凡人です(笑)。
――この先の野望はありますか?
野望!? そうですね。私には子どもはいませんが、絵本を書いていると、お子さんから手紙をもらったりするんです。「僕は将来、室井滋さんと結婚したいと思っています」なんていう小学2年生とか。親御さんから、お子さんが、「しげちゃんはドリーなの?」と言っていたと伺ったりね(笑)。そういうのはすごく楽しいし、嬉しい。大きく分けて2足の草鞋を履いたと思いますが、書くことは楽しく続けたいですね。「しげちゃん一座」も海外でやれたらと言っていたこともあって。何冊かは翻訳もされているし、今は時期的に難しいけれど、「しげちゃん一座、inカナダ」とか! いいなと思いますね。
■プロフィール
室井滋
富山県出身。早稲田大学在学中にシネマ研究会に所属し、自主映画で活躍。「自主映画の女王」と呼ばれる。1981年、村上春樹原作の映画『風の歌を聴け』で劇場映画デビュー。『居酒屋ゆうれい』『のど自慢』などで多くの映画賞を受賞。2021年映画『大コメ騒動』に出演。1991年にエッセイ集『むかつくぜ!』、2011年には絵本『しげちゃん』(金の星社)を上梓。新刊絵本に『会いたくて会いたくて』。他著書多数。声優・ナレーターとしても活動し、多彩な才能で人気を得続けている。