仕事をするにも、あるいは仕事に必要な勉強をするにも、大切になるもののひとつが「集中力」です。集中というと、それこそ机に座って目の前の仕事や参考書など1点に向かって一心に取り組むようなことをイメージしますが、それだけではないようです。
脳の研究をさまざまな分野に生かす応用神経科学者である青砥瑞人さんは、人間には「4つの集中状態」があるといいます。それらがどういうものなのか、そして、よりよい仕事をするためにとくに重要な集中状態の高め方を教えてくれました。
■UCLAを飛び級卒業できたのは、集中力のおかげ
わたしは応用神経科学者です。最新の脳神経科学を学んで研究を続ける一方で、その知見を人の成長のために生かす仕事をしています。いまの立場に至るまでに、日本の高校を中退したあとで米国大学UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の神経科学学部を飛び級で卒業しました。
「すごく勉強ができる人なんだな」と思った人もいるかもしれませんが、わたしは決して勉強が得意だったわけではありません。そんなわたしがUCLAに入学して飛び級で卒業できたのは、集中力をうまく使いこなすことができたからに他なりません。
新しいことを学ぶときや効率よくものごとを記憶していくときなど、それぞれの場面において役立つ適切な集中状態をうまくつくり出せれば、自分が持っている以上の力を発揮することが可能になります。
もちろん、そうできるようになるまでにはたくさんの失敗を繰り返しました。そのなかで、実体験をもって集中力の使い方を学んだわけです。そして、UCLAで神経科学を学ぶうちに、実体験から身につけた集中力の使い方や失敗した経験のほとんどが、脳と神経系の働きと結びついていることがわかりました。
つまり、集中状態のつくり方や高め方には法則性があり、その仕組みを知ってやり方さえ学べば、誰でも何歳からでも集中力を育むことができるのです。ここではスペースに限りがあるためにすべてを紹介することはできませんが、その一端をみなさんにお伝えしたいと思います。
■集中力が続かないのは、「新しい学びの真っ最中」だから
まずは、みなさんがぶつかりがちな集中力をめぐる問題についての話からはじめましょう。「集中力が続かない…」—まさにそれこそ、多くの人がぶつかる問題です。
でも、集中力が続かない理由については、一概に「これだ」といえるものはありません。なぜなら、その人自身や置かれた環境、取り組んでいる課題の内容などによって、集中力が続かない理由は千差万別だからです。
過剰なストレスによって自分自身が心理的に不安定な状態になっているからかもしれないし、仕事場のWi-Fi環境がよくなくて仕事をスムーズに進められないからかもしれない。自分の心身や周囲の環境も含めた広い意味でのコンディションの不良が、集中できない状態をつくっている可能性があるのです。
ですから、しっかりと集中状態をつくるためには、それら一つひとつのコンディションをきちんと整えていくことが前提となります。
しかし、なかにはそれらのコンディションが整っているにもかかわらず集中できないというケースもあります。これは、多くの場合、いま取り組んでいることが自分にとって新しいものであるというケースです。
何度も読み返した漫画や本をもう一度読んだり、大好きな映画を観たりするといったことなら集中状態は持続します。でも、自分にとってなじみがないもの、新しいものに取り組む場合にはそうできません。それは当然のこと。新しいがゆえに、そのことに関連する記憶や情報が脳のなかにないのですから。
ここで見方を変えてみましょう。そういう理由によって集中できないということは、「いままさに新しいことを学んでいる真っ最中」というとてもいい状態なのです。そのようにポジティブにとらえれば、「集中力が続かない…」と自分を責めるようなこともなくなるでしょう。
■人間には「4つの集中状態」がある
また、集中力をうまく使いこなすには、集中状態はひとつではないことを知ることも大切です。わたしは、人間には「4つの集中状態がある」と考えています。4つの集中状態は、「外側or内側」「狭くor広く」によって4つの象限にわけられます。
【4つの集中状態】
1.入門:「外側」に「狭く」向ける集中
2.記銘:「内側」に「狭く」向ける集中
3.俯瞰:「外側」に「広く」向ける集中
4.自在:「内側」に「広く」向ける集中
1.入門
ひとつ目の「入門」は、「外側」に「狭く」向ける集中であり、一般的に集中といわれる状態です。たとえば、勉強のために参考書をじっくり読むといったことは、まさに外側に狭く向けられた集中ですね。そして、そのように外側の情報に対して狭く集中を向けることで、脳に届く情報の濃度を高めるという働きがあります。情報が届かないことには、脳はそれらを処理してなんらかのアクションを起こすということができません。そういった入り口としての役割があるために、「入門」と名づけました。
2.記銘
もちろん、入門も大切な集中状態なのですが、そのあとの「記銘」はさらに重要です。記銘とは、そのままズバリ「情報を覚え込む」こと。ただ本を読んで情報を脳に取り込んでも、脳に書き込むことなく綺麗さっぱり忘れてしまえばなんの意味もありません。ですから、「内側」に「狭く」思考する、何度も思い返すようなことで情報を引き出し、内側に取り込んだ情報を強固な記憶にしていく必要があります。
3.俯瞰
集中というと、なんらかの1点に「狭く」向けられるものだとイメージしがちだと思いますが、残りのふたつは「広く」集中する状態です。3つ目の「俯瞰」は、「外側」に「広く」向ける集中。スポーツを例に挙げると、その重要性がわかりやすいでしょう。たとえば、サッカーでもバスケットボールでも、プレーヤーはボールだけに集中しているわけではありません。ボールはもちろん、味方や敵のプレーヤーはどこにいてどう動こうとしているのかといった全体を見る必要があります。あるいは、アートに対しても俯瞰の集中が働きます。絵画を鑑賞するとき、もちろん細部に注目する場合もありますが、全体を見ることでなにかを感じることもあるはずです。
4.自在
そして、その俯瞰がひとつのきっかけとなって起きる集中状態が「自在」です。自在とは、仏教においては「あるがまま」といったことを意味し、ここでは「内側」に「広く」向けられる集中を指します。トップダウン式で意識的に集中するだけでは、目の前のことだけにとらわれた思考になってしまいます。そうではなく、まさにあるがまま、なにものにもとらわれずに脳のなかの情報が勝手に発露することこそが自在です。簡単にいえば「ひらめき」になるでしょうか。ひらめきが、たとえば創造性を発揮する際など、いろいろな場面で重要であることはいうまでもないでしょう。
■アイデア出しに威力を発揮する「俯瞰」集中のつくり方
では、どうすればそれらの集中状態をつくることができるのか。ここでは、ビジネスパーソンにとってとくに重要だと思われる、俯瞰の集中状態をつくる方法をひとつ解説します。
なにかのアイデア出しをするときに、キーワードを書き込んだたくさんの付箋をホワイトボードなどに貼り出すという手法を使っている人も多いでしょう。でも、それがただの作業になっていて、そうすれば自動的にアイデアが出るとでも思っているような人もいます。
しかし、この手法をうまく活用するには、それこそ俯瞰の集中状態をつくることが大切です。まずは、付箋にキーワードを書くにも一つひとつ心を込めて書きましょう。そうすることで強い記憶としてキーワードを脳にとどめさせることができます。
そうしたらいよいよ俯瞰の出番です。付箋の一つひとつをじっくり見るのではなく、ホワイトボードの全体を視界にとらえながら、右上から左上、左下から右上というふうに全体をいったりきたりするように眺めていきます。
そこで簡単にあきらめてはいけません。いいアイデアが浮かばないからと付箋を回収することなどもってのほか。そのときにはアイデアが浮かばなかったとしても、付箋はそのままにしておいて、その後も何度となく眺めてみてください。
すると、しっかりと心を込めてキーワードを書いたことによる一つひとつの強い記憶が結びつき、あるとき突然「あ!」とか「ん?」というふうに言葉にならない感覚的な脳の反応が得られるはずです。
その反応を大切にしてください。それはたとえば、キーワード同士のなんらかの共通性によるものかもしれません。その部分を探求していくことに、新しいことを生み出す可能性が秘められています。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人