「飛ぶ鳥跡を濁さず」は、間違いで「立つ鳥跡を濁さず」が正しいと指摘される可能性のあることわざです。
本記事では「飛ぶ鳥跡を濁さず」の意味や本当に誤用表現なのかを解説します。また、「飛ぶ鳥跡を濁さず」の使い方や同じ意味をもつことわざ、英語での表現などもまとめました。
「飛ぶ鳥跡を濁さず」の意味
「飛ぶ鳥跡を濁さず」は、「とぶとりあとをにごさず」と読みます。この「跡(あと)」とは痕跡のことで、空間的な「後ろ」や、時間的な「その後」という意味の「後(あと)」ではありません。そのため、「飛ぶ鳥『後』を濁さず」としないように気を付けましょう。
「飛ぶ鳥跡を濁さず」の意味
広辞苑で「飛ぶ鳥跡を濁さず」を見ると、以下のように記載されています。
飛ぶ鳥跡を濁さず
―「立つ鳥跡を濁さず」に同じ
――(『広辞苑 第七版』)
「立つ鳥跡を濁さず」の意味を見てみましょう。
立つ鳥跡を濁さず
―立ち去る時は、跡を見苦しくないようによく始末すべきである。また、引き際はいさぎよくあるべきである。「飛ぶ鳥跡を濁さず」とも。
――(『広辞苑 第七版』)
なぜ「鳥」なのでしょうか。軒先に残されたツバメの巣の跡などを見ると、鳥が後始末をして出ていくようには見えません。
由来がくわしく述べられている辞書を見ると、この疑問も解決します。
立つ鳥跡を濁さず
― 水鳥が飛び立ったあとの水面が清く澄んだままであることからいう。
――(『明鏡ことわざ成句使い方辞典』)
つまり「立つ鳥」とは、飛び立った水鳥のことだったのです。
以上を整理すると、「飛ぶ(立つ)鳥跡を濁さず」とは、水鳥が飛び立ったあとのように、跡をきれいにしておくべきだ、という意味であることがわかります。
「飛ぶ鳥跡を濁さず」は間違いか?
「飛ぶ鳥跡を濁さず」を間違いと指摘する意見もあります。
辞書には「飛ぶ鳥跡を濁さず」の項目がある
先に挙げた広辞苑ばかりでなく、ほか辞書にも「飛ぶ鳥跡を濁さず」は掲載されています。そしていずれも、「立つ鳥跡を濁さず」と同じ意味であると書いてあります。
誤用とする辞典も
一方、辞書によっては誤用だとしているものもあります。
【誤用】「飛ぶ」には「飛び立つ」意もあるが、「飛ぶ鳥跡を濁さず」とするのは避けたい。また「立つ鳥跡を汚さず」は誤り。
――(『明鏡ことわざ成句使い方辞典』)
ここで「誤用」としてありますが、「汚さず」のように「誤り」とはっきり書かず、「避けたい」と断定はしていないことから、さまざまな考え方があることが推測できます。
「立つ鳥跡を濁さず」の「立つ」とは?
鳥であれば「立つ」より「飛ぶ」方がふさわしいのではないかと疑問を抱く人もいるかもしれません。
この「立つ」は「立ち上がる」という意味ではなく、古語で「飛び立つ」という意味の「立つ」です。鳥が「飛び立つ」という意味で使われているものに、新古今和歌集に所収されている西行法師の歌があります。
―心なき身にもあはれは知られけり鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮れ
(喜びや悲しみなどの感情をいっさい絶っている出家の自分にも、しみじみとした情趣が自然と感じられることだ。この鴫の飛び立つ水辺の秋の夕暮れの風景は)
――(『旺文社 古語辞典』)
西行法師は、秋の夕暮れ時、水鳥が飛び立つ様子を見て、しみじみとした物思いにかられる僧侶の気持ちを詠んでいます。この歌も「立つ鳥跡を濁さず」同様に、「鳥が飛び立つ」という意味で「立つ」が使われています。
「飛ぶ」は「空を飛んでいる」状態だけでなく、「木に留まっていた鳥が一斉に飛んだ」のように、「飛び立つ」意味で使うこともあります。この意味で「飛ぶ」をとらえれば、「飛ぶ鳥跡を濁さず」でも誤用とは言い切れません。
いつから使われるようになったのか
『広辞苑』には「立つ鳥跡を濁さず」が、日葡辞書(安土桃山時代に日本にやってきたポルトガル人宣教師によってまとめられ、1603年に刊行された辞書)に「タツトリモアトヲニゴサヌ」と出てくることが書かれています。つまりこのことわざは1600年ごろにはすでに使われていた表現でした。
一方「飛ぶ鳥跡を濁さず」という表現は、江戸時代の俗語を集めた「俚言集覧(りげんしゅうらん)」に記載されており、江戸時代にはすでに使用されていたことがわかります。
そのため、「立つ鳥跡を濁さず」と「飛ぶ鳥跡を濁さず」は、どちらも長らく日本で使われてきたことわざだと言えるでしょう。
「飛ぶ鳥跡を濁さず」の使い方
例文を使って「飛ぶ鳥跡を濁さず」の使い方を見ていきましょう。自分を主語にした場合と、自分以外を主語にした場合の例を挙げます。
自分を主語にした場合
自分を主語にした場合の表現として、転勤や引っ越しなどで移動する際に、これまでいた場所や仕事をきれいに片づけておこう、という文脈で使うことができます。
<例文>
- 辞令が出たから今月いっぱいで異動になるが、飛ぶ鳥跡を濁さずだ。部屋はきれいに片づけておこう。
自分以外を主語にした場合
人を褒める場合、逆に批判する場合に「飛ぶ鳥跡を濁さず」を使うことができます。
<例文>
- あの人は仕事も何もかも全部丸投げにして辞めてしまった。「飛ぶ鳥跡を濁さず」という言葉を知らないのかなあ。
「飛ぶ(立つ)鳥跡を濁さず」と同じ意味のことわざ
「飛ぶ鳥跡を濁さず」や「立つ鳥跡を濁さず」と同じ意味のことわざを紹介します。
「鷺(さぎ)は立ちての跡を濁さず」
鳥ではなく、鷺(さぎ)という鳥の名を使ったことわざです。このことわざは戦国から安土桃山時代を生きた武将である北条氏直によってまとめられた、当時のことわざを集めた『北条氏直時分諺留(ほうじょううじなおじぶんのことわざとめ)』に出てきます。
「飛ぶ(立つ)鳥跡を濁さず」と同様に、鷺の飛び立ったあとは水面が元通りに整っていることを指しています。
<例文>
- 鷺は立ちての跡を濁さずというが、彼の去り際はまさにその鷺のようだ。
「飛ぶ(立つ)鳥跡を濁さず」と反対の意味のことわざ
「飛ぶ(立つ)鳥跡を濁さず」と反対の意味を持つことわざを紹介します。
後足で砂をかける
「飛ぶ鳥跡を濁さず」と同様に、そこを離れる人の様子を表すことわざですが、「後足で砂をかける」は残った人に対してひどいことをした場合に使います。
後足(あとあし)で砂(すな)をかける
―去りぎわにさらに迷惑をかける。
――(『広辞苑 第七版』)
<例文>
- あの人の私たちに対する後足で砂をかけるようなふるまいには、みんなが腹を立てた。
「飛ぶ鳥跡を濁さず」の英語表現
「飛ぶ鳥跡を濁さず」によく似た英語のことわざや、英語表現を紹介します。
It is a foolish bird that fouls its own nest.
It is a foolish bird that fouls its own nest.はことわざのひとつで、直訳すると「自分の巣を汚すのは悪い鳥だ」です。つまり、「自分の巣はきれいにしておかなければならない」という意味をもち、「飛ぶ鳥跡を濁さず」と似た英語表現となります。
このことわざは、自分自身やグループの評判を落としたり、ためにならないことをする人を批判したりする場合に使うことができます。
<例文>
- It is a foolish bird that fouls its own nest. You should have stopped them from behaving so foolishly in our team. (自分の巣を汚すのは愚かな鳥だよ。君はこのチームでの彼らの愚かなふるまいをやめさせるべきだった)
「飛ぶ鳥跡を濁さず」を使うときは注意しよう
言葉は時を経るに従い変化を遂げています。元々は「立つ鳥跡を濁さず」として使われていた表現も、江戸時代にはすでに「飛ぶ鳥跡を濁さず」として使われており、そのひとつの例です。
今日では国語辞典に「立つ鳥跡を濁さず」だけでなく「飛ぶ鳥跡を濁さず」も併記されています。そのため、「飛ぶ鳥跡を濁さず」は誤用や間違った表現とは言い切れません。しかし、本来の言葉の意味から、誤用と考える人がいることも事実です。特に公式の場でのあいさつなどで使う場合には注意しましょう。