怒りと上手につきあうための心理トレーニング「アンガーマネジメント」の専門家であり、「アドラー心理学」を生かしたコミュニケーション指導も行っている研修講師・戸田久実さん。わたしたちにとって、コミュニケーション能力が重要だということはいうまでもありませんが、コミュニケーションで悩む人は多いものです。

自分の考えや主張を相手にどのように伝えれば円滑な人間関係を築けるのか—。とても役立つ、「アドラー流コミュニケーション術」を教えてもらいました。

■場数を踏めばコミュニケーション能力は伸ばせる

ビジネスパーソンがコミュニケーション能力を求められるのはいまにはじまったことではありません。わたしは講師として企業や官公庁で「伝わるコミュニケーション」をテーマに研修や講演を行っていますが、この仕事をはじめて20数年にわたって依頼が絶えることがないのです。

書店をちょっとのぞいてみても、コミュニケーション能力や人間関係構築力を多くの人が求めていることは明白です。そういった書籍が数え切れないほど並んでいますよね。そんなことからもわかるように、「人間にとって人間関係こそ永遠のテーマ」だと感じます。

ただ、コミュニケーション能力や人間関係構築力の重要性を認識しながらも、「コミュニケーションが苦手…」という人はたくさんいます。そういう人にはどんな特徴があるでしょうか。

挙げればきりがないのですが、「マイナス思考におちいりがち」ということがもっとも大きな特徴だと思います。「こんなことをいったら相手の機嫌を損なってしまうかもしれない…」「いってもどうせわかってもらえない…」というふうなマイナス思考が働くのです。

みなさんのまわりにも、「わたしはコミュニケーションが苦手だから」というふうにマイナス思考どころか、最初から決めつけているような人はいませんか? でも、「苦手」と「できない」はちがうものだとわたしは考えています。

車の運転だって、教習所に通ううちにコツを摑んで簡単にできるようになりますよね。英語が苦手という人も、英会話スクールで真面目にレッスンを受けていれば徐々に英語を話せるようになります。

コミュニケーションだって、それと同じ。本当に「コミュニケーション能力を伸ばしたい」「よい人間関係を築きたい」と思うのなら、コミュニケーションをとる練習をして場数を踏んでいけばいいだけの話なのです。

■「人間の悩みはすべてが対人関係の悩みである」(アドラー)

「人間にとって人間関係こそ永遠のテーマ」だと感じていると先にお伝えしました。ご存じの人もいると思いますが、同じような言葉を残しているのが、フロイト、ユングと並んで世界3大心理学者に数えられるアルフレッド・アドラーです。アドラーは「人間の悩みはすべてが対人関係の悩みである」という言葉を残しています。

そして、そのアドラーが創始した心理学が「アドラー心理学」というもの。その網羅する範囲は非常に広範に及びますが、わたしが行っているコミュニケーション指導は、アドラー心理学のなかのコミュニケーションに関する内容に、わたし自身が培ってきた経験やメソッドを組み合わせたものです。

アドラー心理学は「勇気づけの心理学」とも呼ばれています。ただ、勇気づけといっても、「勇気をもってなにかものすごいことをやってやろう!」というような大袈裟なことではありません。人はみなそれぞれに大小問わず課題を抱えています。プライベートの些細なことから、「難易度が高い仕事をどう進めようか」ということや、それこそ「苦手な人とどうコミュニケーションをとればいいのか」といったこともそうですね。

そういった課題をなんとか乗り越えようとする、克服しようとする活力を与えることが、勇気づけなのです。そしてアドラーは、勇気づけの根本にあるのが「相互信頼」「相互尊敬」「自己受容」としています。その内容は読んで字のごとし。互いに信頼し、尊敬し、そして自分を受け入れるということです。

■大前提となるのは、「相互信頼」「相互尊敬」「自己受容」

もちろん、この相互信頼、相互尊敬、自己受容はコミュニケーションにおいてもとても重要なものです。よいコミュニケーションは、互いに信頼し、尊敬し、自分を受け入れていなければはじまりませんからね。

自分が相手に伝えたいこと、わかってほしいことがまず明確であり、そのことを「わたしは自分の言葉で伝えられる」と自分を信頼して受け入れ、「伝えたならきっと相手も耳を傾けてくれる、わかってくれる」というふうに相手を信頼して尊敬する—。そうできていることが、良好なコミュニケーションの大前提となります。

一方、コミュニケーションが苦手な人にありがちなマイナス思考の人だったらどうでしょうか? 「こんなことをいったら相手が機嫌を損ねてしまうかもしれない…」「いってもどうせわかってもらえない…」と考えます。相手を信頼も尊敬もしていなければ、自分を信じることも受け入れることもできていません。これでは、他者とうまくコミュニケーションをとれなくて当然です。

そうではなく、まず第一歩として「相手に伝えたいこと、わかってほしいこと」を明確にし、自分自身できちんと把握するのです。でも、この第一歩ができない人が意外と多いようです。

■相手と自分を信頼して、具体的で素直な言葉で伝える

仕事で困っていて周囲に助けを求めたいというとき、こんな言葉から入っている人はいませんか? 「本当に駄目だったら断っていただいていいんですけど…」「無理はなさらないでほしいのですが…」といった言葉です。相手の立場を考えている感じがして、悪い言葉ではないように思えるかもしれません。

でもこの言葉は、「こういうお願いをすると機嫌を損ねちゃうかな…」とか「わたしのことを悪く思わないでほしい…」という気持ちが先に出ているものであり、相手を信頼していないからこそ出てくる言葉です。そのため、本当はどうしてほしいのかが相手には伝わりにくくなります。

この場面で本当に伝えたいことはなんでしょう? 「仕事を手伝ってほしい」とか「アドバイスをしてほしい」ということですよね。ならば、「いまの仕事で困っているので、助けてくれませんか?」と相手に素直に伝えてみませんか? 気を使い過ぎたり、へりくだり過ぎたりする遠まわしないい方をすると、かえって相手を戸惑わせることもあります。

相手に伝えたいことをきちんと把握できているかは、実際に書き出してみるのがいいと思います。若いビジネスパーソンにはあまりないことかもしれませんが、たとえば期待している部下が軽率なミスをしてしまったために叱ったとします。そのとき、本当に伝えたかったことと実際に口にした言葉をそれぞれ書き出してみてください。これが、意外にずれていることも多いのです。

たとえば、本当に伝えたかったことは「チームのためにも、なにより君自身のためにも、君には成長してほしい」「だからこそ、緊張感をもって仕事に臨んでほしい」ということだったのに、実際に口にしたのは「なにやってるんだよ」「なんでこういうことをしたかな」というふうに相手を詰める言葉だったというようなケースです。

コミュニケーションというテーマは本当に幅広いものですから、ここで紹介したものはそのほんの一端に過ぎません。ただ、何度もお伝えしているように、「相手に伝えたいこと、わかってほしいこと」を明確にして、自分自身できちんと把握することが良好なコミュニケーションをとるための第一歩です。

「自分はなにを伝えたいのか」「どんな言葉を口にしたのか」ということに対して、つねに意識を向けるところからはじめましょう。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人