部下の一人ひとりをよく理解できない上司は、ダイバーシティが進んだ職場では適応できず、ましてやテレワーク環境下ではリーダーは務まらないという点について前回述べました。
個々を理解しようと思えば、頻繁に対話をすることが必要で、特に、プライベートな内容も含めた雑談が欠かせません。信頼関係を築くうえでも、仕事の話だけではなく、プライベートな話をする中で互いの考え方や価値観を理解することは重要です。
人間的なつながりが築かれやすくなるのは、仕事上の立場以外にもさまざまな立場において、充実した人生を送る個人として認められたと感じた時です。そうなるためには、お互いの個人生活について知る機会をつくる必要があります。そして、互いに一個の人間として認め合うことが不可欠なのです。
雑談が減ると離職が増える
仕事上の話をしているだけでは、一個の人間として尊重しているというメッセージにはなりません。互いの個人的な生活について知り合うことではじめて、人間的なつながりは生まれるのです。
例えば、こんなこともあります。私は仕事上、企業の管理職の方々のインタビューをすることが多くあります。仕事上のことをいろいろ聞いて、話して、1時間以上も対話を続けても、距離感はそうは縮まりません。しかし、最後に「仕事以外で何か打ち込まれていることなどはありますか?」と聞き、私生活の方へ踏み込んでみると、途端に人間的な距離感が縮まるのです。
それはほんの数分でそうなるのです。初めて会った者どうしでも、数分のプライベートな会話を交わすだけで、急速に人間的なつながりはできます。たまたま共通の趣味でもあった時には、もう古くからの友人であったかのような気持ちになることすらあります。
雑談の重要性についてはかねて言われており、雑談が減ると離職が増えるという調査結果※もあります。プラス面、マイナス面の両方を見ても、これほど重要性が高いにもかかわらず、部下と気楽な雑談ができない上司は近年増えています。それはなぜなのでしょうか。
※出典:「中途入社後活躍調査」リクルートキャリア 2019年6月調査
なぜ、気楽な雑談ができないのか
管理職の方々からよく聞く話としては、「プライベートに踏み込むと、パワハラやセクハラと受け取られかねない。だから、仕事の話に終始せざるを得ない」ということです。しかし、これらは言い訳に聞こえなくもありません。なぜなら、プライベートな話をしなければ信頼関係を築くことは難しく、それこそがハラスメントの温床となるからです。逆に、信頼関係さえ築けていれば、多少踏み込んだことを言ったとしても、ハラスメントと捉えられる可能性は低いでしょう。
ではなぜ、気楽な雑談ができないのでしょうか。基本的に「誰もが人見知りである」ということがどうやら一因のようです。よく行くコンビニの店員やフィットネスクラブのスタッフなど、顔見知りではあるけれど知り合いではないような間柄の場合はなおさらです。
シカゴ大学教授のニコラス・アプリらは論文の中でこの点を取り上げ、「他者との交流で幸福度が増すにもかかわらず、近くにいる知らない人たち同士は、日常的に無視しあう」と指摘しています。
社交的に見えるアメリカ人でも同じ悩みを持っていることに驚きますが、日本人に関して言えば、明らかにこのような傾向は強く見られます。つまり、圧倒的に人見知りの人が多いように思われるのです。
例えば、企業における管理職や次世代経営候補者へのインタビューの中でも、その点を顕著にうかがい知ることができます。自分自身について語ってもらうと、とてもそのようには見えない人も含めて、実に多くの人が自分は人見知りであると言います。それは名だたる企業の営業本部長などでもそうなのです。部下に対しても、「部下の方から話しかけられればもちろん話しますが、自分から話しかけるのは苦手です」と言ったりするのです。
職場という場においては、知らない人どうしではなく、日々顔を合わせて仕事をしている仲間ですから、見ず知らずの人に比べればはるかに話しかけやすいはずです。特に、リーダーという立場である以上、役割として割り切ったうえで、率先して雑談を仕掛けていかなければなりません。
リーダーが空気を読み過ぎてメンバーに話しかけるのをためらうようでは、メンバー間で気楽な雑談など起こるはずもありません。昨今多く目にするようになった、職場で一緒に仕事をしていても、皆がPCへ向かって、無言で働くような凍った職場をつくることになりかねないのです。
場の空気を読まずに働ける「心理的安全性」とは
近年、さまざまなところで取り上げられている「心理的安全性」も、その核は相互信頼感です。心理的安全性とは、グーグルの研究チームが発見したもので、高いパフォーマンスをあげるチームに不可欠な要素とされています。
平たく言えば、「何を言っても馬鹿にされたりしないという安心感」と言うことができます。それがあれば、場の空気を読んだりせずに、思ったことをそのまま口にすることができるのです。
テレワークの普及により、この点の重要性がますます高まりました。リアルな職場では、中途半端な信頼関係でもなんとかなっていた面がありましたが、テレワークとなり、それでは立ち行かなくなりました。
上司と部下との間、同僚どうしの間に十分な信頼関係が築けており、どんなことでも気兼ねなく言い合ったり、聞いたりできるような、心理的安全性が確保されたチームであるのならば、突然テレワークになったとしても、意思疎通に支障をきたす可能性は低いのです。
しかし、そうでない場合にはコミュニケーションは途端に困難な状況に陥ります。
信頼関係を築くうえでも、上司が部下一人ひとりを理解して適切なマネジメントを行ううえでも、手段として雑談は重要です。
上司が空気を読み過ぎることなく、気楽に雑談をすることで、相互信頼感も高まり、部下のほうでも場の空気を読まずに発言ができるような、心理的安全性が確保された職場環境が実現できるのです。
執筆者プロフィール:相原孝夫(あいはら・たかお)
人事・組織コンサルタント。株式会社HRアドバンテージ代表取締役社長。早稲田大学大学院社会科学研究科博士前期課程修了。マーサージャパン株式会社代表取締役副社長を経て現職。人材の評価・選抜・育成および組織開発に関わる企業支援を専門とする。