マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米予算編成の注目ポイントについて解説していただきます。


前回「マーケットが注目する米国の予算編成プロセス」では、どのようなプロセスを経て米国の予算が成立するかを概観しました。今回は今年の予算編成の注目点を考察します。バイデン大統領の長期経済政策がいつ、どのような形で実現するのか、原案通りか大幅に修正されるのか、など金融市場は大いに関心を持っているでしょう。

大型経済政策が成立するか

3月にバイデン大統領が発表したAmerican Jobs Planは、長期経済政策の第1弾です。インフラ投資、国民生活の向上、高齢者や身障者支援、製造業振興などが中心で8年間総額2.25兆ドル。所得格差の是正、対中国競争力の強化、気候変動への対応を主眼としています。50年代のインターステート・ハイウェイ(州と州を結ぶ高速道路)網の整備、60年代のアポロ計画などの宇宙開発プログラムに匹敵する野心的・包括的な長期経済政策との位置づけです。

バイデン大統領の提案に対して、野党共和党からは規模が大きすぎるとして強い反発が出ています。共和党は、道路や橋梁などのインフラ投資に絞った6,000億ドル程度の対案を提案するようです。

バイデン政権はさらに、医療、子育て、教育などを対象とした長期経済政策の第2弾を計画しています。4月28日に予定される議会の両院合同会議での大統領演説で約1兆ドルのAmerican Families Planとして発表される可能性があります。

財源はどうなるか

3月に成立したAmerican Rescue Planはコロナに対応した景気対策であり、財源はありません。つまり、景気刺激のために財政赤字の拡大もやむを得ないというものでした。しかし、American Jobs Planは長期の経済政策であり、支出の増加を相殺するための財源が必要となります。

American Jobs Planが財源として法人税率引き上げ(21%⇒28%)を想定していることも、共和党が反発する理由です。共和党の対案は財源としてインフラの利用料引き上げなどを含むようですが、詳細は不明。ただし、トランプ減税を巻き戻す法人税率引き上げには明確に反対しています。

American Jobs Planが8年間の支出増加を15年間の増税で賄うとしている点も問題でしょう。バイデン政権1期目と、再選した場合の2期目の経済政策をその後さらに7年間続く増税で手当てするのは虫が良すぎるかもしれません。

なお、長期経済政策の第2弾では、キャピタルゲイン税率の引き上げなど富裕層への増税を財源とするとの報道もあります。同プログラムは民主党左派に配慮した内容になる可能性があり、共和党の反発は一段と強まりそうです。

民主党単独か超党派か

American Rescue Planは、予算調整法案を用いて民主党議員の支持だけで成立させることができました。バイデン大統領はAmerican Jobs Planを共和党の協力を得て超党派で成立させたい意向です。バイデン大統領はある程度歩み寄る意思はあるようですが、共和党の反発が強いだけに、どこまで妥協するのか見えないところでしょう。

予算調整法案は上院でも単純過半数で可決することができます。ただし、予算調整法案は年1本に限定されており、盛り込める項目は歳入や歳出に直接影響を与えるもの、10年を超えて財政赤字を悪化させないなどの条件が付帯します。そのため、長期経済政策を全て予算調整法案で実現しようとするには無理があります。

バイデン大統領は、長期経済政策の一部を超党派で成立させ、共和党の支持を得られないものを予算調整法案の形で、複数の法案として実現を目指すようです。しかし、大統領の思惑通り事を運ぶのは相当に難しいでしょう。

タイムラインは?

民主党のペロシ下院議長は独立記念日(7月4日)までに長期経済政策の法案を下院で可決したいとの意向です。8月の夏休み入り前に上院が可決すれば、早期に成立させることができるからです。ただし、それはよほどのことがない限り不可能でしょう。現実的なタイムラインは、10月1日の2022年度開始前後に、後述するようなシャットダウン(一部の政府機関の閉鎖)やデフォルト(債務不履行)のリスクが危機バネとなって難局が打開されるシナリオでしょう。

デフォルトやシャットダウンは?

9月末までに歳出法案が整わず、かつ議会が継続予算を成立させることができなければ、シャットダウン(一部の政府機関の閉鎖)が発生する可能性があります。短期間のシャットダウンはトランプ政権でも珍しくありませんでした。ただし、一般市民は不便を強いられますが、よほど長期のものでなければ経済や金融市場に悪影響が出ることはなさそうです。

8月1日に復活するデットシーリング(連邦政府債務上限)問題も気掛かりです。過去に米政府がデフォルトしたことはありませんが、11年8月のようにデットシーリング引上げの遅れ=デフォルト(債務不履行)が意識されて金融市場が動揺したことはあります。最終的にはデフォルトは回避されるでしょうが、土壇場までもつれれば格付けの引き下げなどを通じて、米国債に売り圧力が加わる可能性はあるでしょう。

2022年度予算編成は約6カ月、あるいはそれ以上の長いプロセスです。その過程で金融市場を動揺させるイベントが起きる可能性もあり、注意は怠れません。