宇宙太陽光発電の課題
しかし、SSPSほど巨大で複雑な宇宙構造物は前代未聞であり、実現に向けては多くの課題がある。
SSPSの実現には、宇宙で太陽光エネルギーから電力を作り出す「発電」、その電力をマイクロ波かレーザー光に変換して伝送する「送電」、それを受電設備で受け止める「受電」といった技術が必要になる。そして、このSSPSのエネルギーを有効に利用するためには「蓄電」の技術も重要である。
しかし現時点では、それぞれの技術の性能や効率、コストなどが、まだ実現に必要な要求に達しておらず、今後の技術の進歩、技術革新が待たれるところである。
また、建設に必要な資材や装置を、どうやって宇宙空間へ輸送するかという問題もある。これまでに人類が宇宙に造った最大の建造物である国際宇宙ステーション(ISS)は420tであり、前述したSSPSの質量2万7000tに比べ、約60分の1でしかない。ロケットの打ち上げ数を増やすか、1機あたりの打ち上げ能力を上げるか、いずれにしてもいかにそれを実現するかが難しい。さらに、建設コストはそのまま発電コストに跳ね返るため、打ち上げコストを低く抑える必要もある。
さらに、それほど巨大な構造物を一度にすべて打ち上げることは不可能なため、ISSのように部品(モジュール)単位で打ち上げ、軌道上で結合させて造っていく必要がある。しかし、SSPSのパネルは1回の打ち上げで構築するサイズが数十m以上と大きく、まずそれを折りたたんで打ち上げ、宇宙空間で広げる技術が必要で、そのうえで、それらをつなぎ合わせていく技術も必要になる。 おまけに、ISSは大人用のサッカー場ほどの大きさなのに対し、SSPSはその約800倍という途方もない大きさになる。これほど大規模な宇宙構造物を、どうやって運用し、維持し、そして補修していくかも課題である。
そして、マイクロ波のビーム制御技術も大きな課題となっている。高度3万5800kmから地上の受電設備に向けてエネルギーを伝送するには、マイクロ波ビームの指向精度が0.001°という高い制御技術が必要となる。小規模な実験で原理は実証済みだが、ハードルは極めて高い。というのも、長距離のエネルギー伝送を行うには必然的に送電アンテナを大きくする必要があるが、送電アンテナは多数のパネル結合により構成されるため、重力や熱等の外乱の影響を受け、段差などの誤差が生じる。このような構造的な誤差を電気的に補正しつつ、高い指向制御精度が求められるためである。
杉田氏は「電波というのはどうしても広がってしまうという性質があります。それを絞ったままの形で、受電設備に向けて長距離を飛ばす技術が重要です。この分野はとくに私たちが力を入れて研究しているところです」と語る。
そして、電離層と呼ばれる、地球の高度60~1000kmあたりの、気体を構成する原子や分子が太陽放射や宇宙線などにより電離している領域を、マイクロ波を上手に通過させる技術も課題である。SSPSの実現のためには、1kW/m2のマイクロ波が電離層との間で相互に影響を及ぼし合わないことが条件となっているが、それを確かめるには実際に宇宙と地球を結んで実証実験を行うほかなく、現時点ではまだ技術的に可能かどうかわかっていない。
実現に向けた動きと希望
それでも研究者たちは、こうした困難をひとつずつ乗り越え、実現に向けた道筋をつけようとしている。
たとえば薄くて軽くて高効率、それでいて低コストな宇宙用太陽電池の開発は技術的に可能と考えられており、高効率のマイクロ波増幅器や送電システム、レクテナ素子なども、技術的に難しいものの将来的には可能になるとみられている。
杉田氏は「近年、地上用の高効率でコストの安い太陽電池がどんどん出てきています。電気からマイクロ波に変換する素子や、その逆にマイクロ波から電気に変換する素子も、電機メーカーさんが持っている電子技術が重要です。私たちの研究チームだけでは実現は難しいこともあり、他の分野や研究者の方々の技術の進歩に期待しています」と語る。
また、輸送についても解決が見えつつある。近年、宇宙への輸送コストは下がりつつあり、とくに米国の宇宙企業スペースXが開発している巨大ロケット「スターシップ」は、100tの物資を200万ドル(約2億円)、すなわち1tあたり200万円で打ち上げることを目指している。SSPSの実現には1tあたり1000万円の打ち上げコストになることが必要とされており、スターシップが計画どおり完成すれば光明が見える。
こうした技術革新と並行して、技術を実証するための実験も進みつつある。たとえば、マイクロ波を使った電力の伝送技術の実験は、いきなり宇宙と地球とを結んで行うのは難しい。そこで、まず2015年に地上での実証試験が行われ、良好な結果を記録。さらに次の段階として、地上でのより長距離の伝送の実証実験や、成層圏飛行船を使った実証実験を行うことが検討されている。
また、途中段階の研究成果を別の分野で活用し、社会に還元しながら研究を進めることも考えられている。たとえば、レーザーで電力を送る技術は、空を飛ぶ無人航空機(ドローン)へのエネルギー供給に使い、長時間の滞空を可能するという応用が効く。
日の光が届かない月の永久影の中で活動する月探査車へのエネルギー伝送手段として活用するという応用も考えられる。また、マイクロ波で電力を送る技術は、成層圏飛行船への地上からの無線給電手段として活用することで、電源の常時確保が難しい成層圏プラットフォームの実現性向上に加え、ミッション(利用価値)の拡大が期待できる。
大規模な宇宙構造物を造る技術は、SSPS以外の大きな衛星や構造物にも活かせる。現在JAXAでは、そうした技術の確立も兼ねて、新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)1号機を用いた、平面アンテナの展開実験を予定している。
さらにJAXAでは、その発展として、30m級のアンテナをもつ「静止降水レーダー(GPR)」を打ち上げる構想もある。このGPR が実現すれば、SSPSのような構造物を造るための大きな一歩になるだけでなく、静止軌道からの常時・機動的な降水観測ができるようになり、台風の発生メカニズムの解明や気象予報・洪水予測の精度向上を実現できる可能がある。
こうした実証実験や、他分野も含む技術革新が順調に進んだとすれば、2050年ごろに宇宙での発電、送電、受電といった一連の技術実証ができるようになると期待されている。実用化はさらにその先となる。
ちなみに、実用化されたとしても、映画で描かれたような「全人類の未来を決める次世代エネルギー」というのは、やや誇張だという。
杉田氏は「SSPSには大きな可能性がありますが、現在地上で起こっているエネルギー問題や環境問題といったさまざまな課題を、SSPSだけで解決するというのは難しいです。地上の太陽光発電や、風力発電にもそれぞれメリットがありますから、さまざまな再生可能エネルギーと組み合わせて運用するのが現実的です」と語る。
そして「ただ、SSPSの実現のためには、低コストの輸送手段や巨大な宇宙構造物といった、他の技術の実現が前提となります。つまりSSPSを実用化するころには、他のさまざまな宇宙活動もより活発になっているはずですし、そうなっていなければなりません。SSPSも含めた、いろんな宇宙技術が大きく発展し、それらが地上でのさまざまな課題の解決に使われるような未来になればいいなと思っています」と、期待を語った。
もっとも、SSPSを造ることができるようになっても、映画のように各国や企業がその技術と利権を独占しようと醜い争いを繰り広げるようでは、なにも解決はしないだろう。
私たち人類は、SSPSという動かない太陽を造ると同時に、その技術を真に活かし、明るい未来を創るため、積極的に動かなければならない。SSPSの開発に挑む杉田氏の熱意と、そして映画の主人公たちの苦闘からは、そんなメッセージが感じられた。
参考文献
・映画『太陽は動かない』オフィシャルサイト
・宇宙太陽光発電システム(SSPS)研究|JAXA|研究開発部門
・Space-based Solar Power | ACT of ESA
・SSPS 宇宙太陽光発電システム|プロジェクト|一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構