1人1台のコンピュータ環境を学校に導入する「GIGAスクール構想」の整備が急ピッチで進められています。当初の予定よりも大幅に前倒ししてIT機器が導入されることに期待の声が上がる一方で、「教える立場の教師がコンピュータに詳しくなかったり、公立学校の教師はもともと忙しかったりすることから、ITを有効活用した授業をする環境を構築するのが難しい」といった課題も浮かび上がっています。
そのようななか、iPadをいち早く授業に取り入れて成果を上げている全国の先生が立ち上がり、iPadを活用した授業の事例をまとめた電子書籍「あらゆる学びを創造的にデザインする:小学校編」を作成。なんと無料で公開しました。学校で導入したiPadの効果的な活用に悩む教師はもちろん、家庭のiPadを活用して子どもの創造力を高めたいと考える保護者にとっても有用な内容となっています。
「忙しい公立学校の先生に試してもらいたい」
「あらゆる学びを創造的にデザインする:小学校編」は、iPadやiPhone、MacのApple Booksアプリで閲覧できる電子書籍。先生だけでなく、誰でも無料でダウンロードして読めます。
この電子書籍は、全国10名のADE(Apple Distinguished Educator)によって作られました。ADEは、iPadをはじめとするアップルの製品やサービスを用いた先進的な教育がアップルに認められたリーダー的な存在のこと。ICT教育のエキスパートたちです。
今回のプロジェクトのリーダーを務めた岳野公人先生(滋賀大学教育学部教授)は、GIGAスクール構想でiPadが導入されたのにどのように使ってよいか分からず、有効活用できていないケースが少なからずあることを知り、何とかしたいと考えたそう。その気持ちをADEの先生が集うコミュニティに投げかけたところ、同じ考えを持つ数名の先生が「実践的な活用方法をまとめたものを一緒に作りましょう」と共感し、電子書籍の制作プロジェクトがスタートしたわけです。
今回のプロジェクトのメインターゲットとしたのが公立学校の先生。岳野先生は「私立学校の先生と比べて公立学校の先生は忙しすぎて、教育の内容をじっくり考える時間が確保できない。生徒と向き合う時間も限られてしまう。すぐに実践できる事例を豊富に用意し、忙しい先生でも試してもらいやすくした」と語ります。
さらに、岳野先生は「iPadのアプリを活用し、学びを創造的にデザインすること」「すべての実践例はシンプルに」「スピード感を持たせる」「授業を楽しく、ワクワクさせるものに」といったことを目指して制作を進めたといいます。
小学校低学年~高学年向けに用意された事例は、iPadのタッチパネルやカメラ、アプリ、通信機能をフル活用して創造的に楽しめるものばかり。例えば、自分の住んでいる町のことを他県の学校の児童にオンラインで紹介する低学年向けの「学校やまちのことを伝えよう」では、学校や街にあるものをiPadのカメラで撮影して資料集めをし、Numbersのアプリで伝えたいことリストを作成してクラス全員で共有してまとめ、FaceTimeを利用して発表会を実施するなど、とにかく実践的な内容で構成されています。
それぞれの事例には、学習活動の流れや利用するアプリ、指導上の留意点、評価すべきポイントもまとめられており、iPad活用の経験が浅い教員でもすぐに活用できるよう工夫しています。
さまざまなつながりを生み、学習に対するエネルギーが高まった
関西大学初等部教諭の金本竜一先生も、「あらゆる学びを創造的にデザインする:小学校編」の制作に携わった1人。この電子書籍でも紹介した内容をもとに、小学1年生の授業でiPadを活用していくうちに、3つの「つながり」が低学年の教育に大きな効果をもたらしたと実感したそうです。
まずは「学校と家庭のつながり」。教師と保護者の双方が多忙な昨今、このつながりが希薄になりがちですが、iPadで撮影した音読の様子を両者が見てそれぞれコメントを入れたり、家庭で取り組んだことをキーノートでまとめて教師と共有するなど、つながりが緊密になったといいます。
もう1つが「日常と遊びのつながり」。身の回りの生活の中にある言葉を見つける「かたかなビンゴをしよう」では、遊び的な感覚で語彙を高められるように工夫。金本先生は「日常生活が遊びになると、子どもはグンと成長する」と手応えを感じています。
3つめが「友達と学びのつながり」。さまざまな課題は、アップル純正アプリ「スクールワーク」で管理され、児童はクラスメートのファイルを自由に閲覧できるようになっています。自分との考えの違いが可視化され、そのことについて周りの児童と対話したり、他者の価値観を受け入れて視野を広げられると成長につながるといいます。
金本先生は、授業にiPadを導入したことで子どもが変わったことを強く実感したといいます。「学習は授業の枠だけだったのが家庭にも広がり、日常生活や他者との関わりを持ちながら学べることで、学びが孤独なものではなくなった。また、iPadを使えばいろいろな方法で表現できる点も好ましい。人前での発表が苦手な子も、アニメーションやボイスメモで表現したり、タイピングが得意ならば文章でまとめて発表できる。学習に対するエネルギーが高まったのを実感している」(金本先生)。
テクノロジーは受け身の活用にとどまらない
電子書籍で小学校高学年算数の事例を担当したのが、近畿大学附属小学校教諭の外山宏行先生。算数は知識の注入や反復の学習になりがちで、テストで終わってしまう学習ではそれ以上の活用ができないことを気にしていました。この電子書籍では、ARを用いたiPadの計測アプリで弾き出された数値は本当に正しいのかを批判的な思考を持って検証する内容や、身の回りにある線対象の図形を見つけて分析する内容など、実体験や実生活につながる学習を盛り込んでいます。
外山先生は「テクノロジーを利用した学びにネガティブなイメージを持っている教師や保護者もいる。確かに、ネットの検索だけで終わるような受動的な活用だとそうなりかねないが、本来テクノロジーは生活や社会を豊かにするもの。子どもたちがテクノロジーを能動的に活用してさまざまな意見やアイデアを発信し、興味関心を広げることで、実生活をより豊かにしていくものだと考えている」と語ります。
現在はADEとしてICT活用のリーダー的な立場にいる外山先生ですが、かつて学校にiPadが導入された際は、カメラ機能を使ったりWebサイトを見たりするぐらいにしか使わず、自身もどう活用してよいか悩んだそう。転機となったのが、授業で使う動画をiPadで作ったこと。ITに詳しくない教員でもスムーズに作れたことで、iPadのクリエイティブ性能の高さに可能性を感じ、これならば児童も授業で活用できると判断しました。
その後、家庭側の自己負担で個人所有のiPadを導入することになった際、保護者からは「ドリルのような教材をずっと機械に向かってやることになるのか」といった懸念の声が出たそう。それを払拭するため、学校側で「iPadはクリエイション&コミュニケーションのツール」とICT教育のコンセプトを定め、児童の頭の中にあるさまざまなことの表現や発信に積極的に用いるようにしています。
家庭でも実践できる有用な内容が盛りだくさん
「あらゆる学びを創造的にデザインする:小学校編」は学校の先生をターゲットに作成されたものですが、一般家庭でも実践できるコンテンツがほとんど。書籍内に埋め込まれた動画で具体的な進め方や作品例を解説している項目もあり、不慣れな人も動画を参考に進められます。子どものうちから基本的なIT活用のスキルを養っておきたい…と考えている人は、ぜひ自宅のiPadを使って試してみましょう。もっともベーシックな第8世代iPad(38,280円)でもすべてのコンテンツを活用するのには十分ですので、まだ持っていない人はこの機会に購入するのもよいでしょう。